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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
東街道中戌鞍記 上 の巻

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四百七十二 志七郎、不寝番を買って出て覚悟に腹括る事

 夕食の後は既に眠た気なお子様は当然、疲れの見えた旭とお豆の方も早々に休ませる事にした。


 当初は未だ子供の俺に寝ずの番を押し付ける事に難色を示して居た旭だったが、実際疲れが溜まっていたのだろう、然程もしない内に襖の向こうからでも聞こえる様な寝息を立て初めたのだから、相当疲れて居たのだろう。


 その間、俺は脇差を抱く様にして廊下に座って番をするのだが、ソレを見世の人間に咎められる様な事は無い。


 前世まえの日本とは比べれば、決して治安が良いとは言えないこの火元国、当然この見世にも用心棒の一人や二人は居るのだが、時と場所に依ってはその用心棒が見世と結託し、客から身包みを剥ぐ様な真似をする事が有るのだ。


 勿論、そんな真似をした事が表沙汰と成らば、二度と商売なんぞ出来ないのは当たり前の事なのだが、死人に口無しと言う事か一度や二度の犯行で発覚するのは稀な話なのだと言う。


 とは言え、そう言う事が起こるのは宿場とも呼べない様な小さな集落の、ボロい木賃宿の癖に旅籠並の宿賃を要求する場所……と相場は決まっているのだそうだが。


 兎角、そんな不心得な商売をする者が全く居ないと言う訳でも無い為、宿に泊まる際に寝ずの番を立てる事自体は決して珍しい事では無いのだ。


 まぁ、四煌戌達にも周辺警戒はお願いしてあるし、ソレが可能な様に彼らが今夜泊まる騎獣専用の厩にも一寸した細工はしておいた。


 騎獣は種族ごとに相性が有る為、複数を同じ厩に繋ぐ様な事はせず、一頭毎に場所が割り当てられ、其処から勝手に出ていったりしない様に、房の奥に繋いで入り口の横木もしっかり閉める事に成っているのだが、今日は()(ちら)も見せかけだけにしたのだ。


 勿論、何の理由も無く好き勝手出歩いては成らない事はキッチリ言い聞かせて有る、ただ問題は真正面からの押し込みでは無く、もっと頭の悪い方法を取られた場合に備えての事である。


 うん、俺の杞憂で終われば良いんだがね……。


「ふぁ……っと、いかんいかん。もちっと気を入れないとな、何の為の寝ずの番だよ」


 思わず漏れた欠伸を噛み殺し、軽く頭を振って眠気を飛ばす。


 日が落ちて然程も経っていない時間帯とは言え、日が昇ると共に起き日が沈むと共に寝床に入る、そんな生活が当たり前のこの世界、普段ならば向こうから持ってきたノートPCで読んでた小説に嵌まり込む様な事が無ければ、とっくに寝ている時間なのだ。


 ……来るなら早く来てくれ。


 いや、夜通し張り込みとか経験無い訳じゃぁ無いが、相手を見張るのと、何処からくるのか解らない相手を待つのでは、ストレスの種類が違う様に感じるんだ。


 コレは刑事課の仕事じゃぁ無い……警護課のやる事だろう……。


 ちなみにこうして廊下で座り番をしているのは俺だけだ、この見世は値段相応に評判が良い様だ。


 うん、暇だ……いかんいかん! その油断が死を招くんだ……。


 と、俺は今一度頭を振り、抱えた刀を強く抱きしめ、瞑想でもする様に心を落ち着け、何もないのが最善、何か有っても何とかするのが次善……と静かに備えるのだった。




「あおぉぉぉおおおん! ぅおん!」

「ばう! ばうばう! ばばうばう!」

「わんわんお! わんわんお!」


 遅くは明け方も近く成って来た頃合い、俺がついうとうとと船を漕いでしまった頃だった。


 外から激しく吠える三つの声に、跳ね起きた俺はおっとり刀で見世の外へと駆け出した。


 どうやら四煌戌の声に起こされたのは俺だけでは無く、見世の用心棒らしい浪人風の男も一人刀を手に見世の戸板を蹴り空けて飛び出していく。


 声の元は宿の横手に有る厩では無く、もっと裏手の方だ!


 用心棒もソレに気がついたのだろう、一瞬咎める様な視線を此方に向けるが、即座に今はソレをどうこう言っている時では無いと気がついたらしく、顎で俺が先に行く様に指示をだす。


 四煌戌に騒ぎを起こさせて用心棒が先に行った所を俺が背中から襲う……そんな手口もあり得る以上、ソレはまぁ当然の判断だろう。


 小さく首肯し駆け出したその先には、ただ四煌戌達だけが居た。


「お客さんとこの犬の夜鳴きですかぃ? 勘弁してくんねぇかなぁ……此方も仕事たぁ言え……ねぇ」


 と、その場の状況を見て、面倒臭そうに尻を掻きながらそう言い放つ用心棒。


 だが、そんな訳が無い、


「ウチのは猟犬としての躾はしてますんでね、無駄吠えする様な事ぁ無いんですよ……」


 俺が近づいたのを見て三つの真ん中、紅牙が何かを言いたげに建物の外柱の一つに鼻を寄せた。


 ぱっと見る限り、微かに濡れている様には見えるが、ソレ以外に変わった様子は無い。


 手を伸ばし触ってみればヌルリとした嫌な感触……、コレは油か?


「何処かの馬鹿が付け火でもしようとしたみたいだな、それに気がついたウチのが吠え掛かった事で慌てて逃げ出した……って線だろうな」


「おいおい、付け火たぁ穏やかじゃねぇな。んな事やらかしゃ、軽くて打ち首獄門、下手しなくても一族郎党丸っと皆殺しの……最悪中の最悪の罪じゃねぇか」


 木と紙で出来た火元国の家屋は良く燃える、家と家の間に田畑が広がる田舎の農村成らば兎も角、此処の様な宿場町等の建物が密集した場所で放火なんぞやらかせば、その一軒だけでは済まず街全体が丸っと焼け落ちるなんて事にも成りかねない。


 と成れば当然、悪意の放火は人を一人二人殺める事よりもずっと重い罪とされている。


 ましてやソレが御家騒動の類が原因で……とも成れば狙った側も狙われた側も一族郎党纏めて成敗、なんて事にも成りかねない圧倒的な悪手だ。


 ……これは思った以上に厄介な事に首を突っ込んだかも知れない。


 恐らく黒幕の『七浪 正雪』本人は、其処までやれとまでは命令を出してない筈だ。


 万が一にも他所の藩の領地で、しかも東街道と言う火元国の大動脈とも言える街道沿いの宿場に火を掛けた事が表沙汰に成れば、折角乗取った螺延藩門川家も御家取り潰しは免れない。


 余程先の見えない馬鹿でも無ければ、絶対に手を出さない悪手その物なのだ。


 にも関わらず付け火未遂(それ)をしたと言う事は、多分現場の独断なのだろう。


 前世まえにも、上の方は事を大きくしない様に一生懸命手打ちの準備を進めているにも関わらず、現場の鉄砲玉(チンピラ)が先走って()っちまった事で、血で血を洗う大抗争に発展した……なんてのは何度も目にした事が有る。


 多分、上からは『何としてでも子供(がき)を殺せ』とでも言われているのだろう、螺延藩内で有ればソレこそ付け火でも何でも、権力さえ握っていれば揉み消す事も無理ではない。


 だが、藩境を越えてしまえばそんな工作の手は切れてしまう。


 にも関わらず、馬鹿共が平気で付け火(放火)なんて無茶な真似をするのは、恐らくは『子供を殺せば後は上が何とでもしてくれる』と、其処で思考停止する程度の頭しか持たない連中なのだろう。


 しかし不味い事に成った。


 此処に用心棒が居る以上この事は見世にも、この辺の治安を預かる役人にも話が行くのは間違いない。


 万が一下手人(犯人)が役人の手で捕まり、連中がその背景を吐く様な事に成れば、折角無事に子供を守ったとしても、連座の罪で丸っと藩毎処罰される……なんて事にも成りかねない。


「何処の馬鹿かは知らねぇが、此処は武士見藩田地阿(たじあ)家の御領地だ。其処で火付けなんぞやらかしゃ、お上が動かぬ訳が無ぇ。坊主安心しな、三日もしない内に晒し首だろーよ」


 ……うん、マジでそうなると良くて螺延藩と武士見藩の合戦……いや領界を接していないのだから直接の戦争には成らないかも知れないが、幕府から螺延藩に何らかの処罰が下るのは間違いない。


 そうなってしまえば、折角守る意味が失われてしまう。


「四煌戌、臭いを辿れるか?」


「うぉん」

「くぅん」

「あふぁ」


 と、なればやる事は一つ……下手人を叩き切って『死人に口無し』とするしか無いだろう。


 鬼や妖怪はもう数えるのも馬鹿らしい程の数を叩き斬って来た、吉原での妖刀使いの一件で人を殺める事だってした。


 相手は無関係な人も泊まっている旅籠に火を掛ける様な、見境無い悪党なんだ、斬る事を迷う理由は……無い。


「四煌、行け!」


 歯を食いしばり、殺める覚悟を今一度意識しながら、俺は四煌戌の背に飛び乗るのだった。

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