四百六十三 志七郎、菓子食らい縁談を思う事
「では、また暫く私達と鬼切りに行く事は出来ないと言う事ですね」
「それにしても今度は帝にお呼ばれとか……本当に七の人生は乱高下激しいよなぁ」
「まぁ、手前の方も氣功銃の開発がそろそろ大詰めと言って良い所まで来てます故、暫く鬼切りを休む事に否は有りませんがね」
何時もの茶店で黄金色の菓子を茶請けに番茶を啜りながら、何時もの面子に京行きの話をした所、返って来たのがそんな台詞だった。
歌とぴんふは何方かと言えば鬼切りに積極的に出たがる方なので、一寸申し訳無いとも思うが、コレばかりは仕方が無い。
りーちも自分の為に作っていた筈の氣功銃が、思っていたよりも需要が有る事が解った様で、かなりの銭と素材を投資しているので、そちらを優先したいのだろう。
「此処最近、お母様に芝居や浄瑠璃なんかに連れ出される事が多くて……鬱憤が貯まるんですよねぇ。芝居見物自体は嫌いじゃないんですけれども、やはり身体を動かさないと」
確かソレは、正式な見合いの前に男女を遠目で合わせて、互いに興味を持つかどうか確認する……と言う縁談の手法だと、前に聞いた覚えが有る。
歌も十二歳、十五から二十歳の間が適齢期とされている此方では、そろそろ正式な婚約者が居ても決して早すぎると言う事の無い歳頃だ。
多分、彼女の母親はそのつもりで連れ出しているのだろうが、本人がソレを理解していないのか? それとも単純に相手が悪いのか?
うん、歌の場合『私が欲しければ、私を倒してみせろ』とか言いそうなタイプだとも思うんだよなぁ……となると普通の方法で縁談を進めようとするよりも、何処かの道場にでも連れ出して、これぞという男と立ち合わせる方が良いんじゃないだろうか?
ぴんふの方は、兄の清一殿が正式に仁鳥山の泉姫と結納を交わし、然程遠く無い内に祝言が執り行われれば、藩主次男として跡継ぎの予備扱いで、部屋住みの立場に留め置かれる状況から開放される。
大大名で有る野比家の直系なのだから、家臣分家を起こす事も、跡継ぎ男児の居ない家に婿養子に入る事も然程難しい話では無い筈なのだが、本人が自分の武勇で身を立てる事を望んで居る以上は、親の敷いた進路を素直に歩く質じゃないだろう。
ただ俺の目から見て、時折ぴんふが歌に向けている気の有りそうな素振りは、本気で好いた惚れたと言う様な物なのか、それとも思春期の男子が身近な女の子に向ける見境の無い欲求の類なのか、今ひとつ区別がつかないんだよなぁ。
ソレを前提にして考えるなら、自分の腕一本で身を立てたいってのも、歌の気を引く為に……とも想像は出来なくは無いが、そうだとすれば今まで散々繰り返してきた無神経としか言い様の無い言動がどうしても足を引っ張るだろう。
まぁ……馬に蹴られる趣味は無いし、二人の事は二人が解決するべき問題だ。
……京から帰ってきた時に、歌に別の婚約者が出来ていたら、その時は何か考えてやらんとなぁ。
うーん、俺がもう少し育っていれば、吉原辺りの綺麗どころの居るお見世でも奢ってやると言う選択も有るんだが、流石に一寸早すぎるだろう、上様から賜った『出入御免状』が有れば入れ無くは無いだろうが、そんな事に使うのは流石に勿体無さ過ぎる。
前世にも刑事と言う商売柄、例え恋人や夫婦で有っても仕事の話をする事は許されず、その関係で恋人に振られたとか女房を寝取られた……なんて話は決してよく有る事と言う程では無かったが、珍しいと言う程でも無かった。
部下や後輩、時には別部署の同期なんかがそんな事に成って、憂さ晴らしに『お姉ちゃんの居る飲み屋』に連れて行ってやった事も何度かは有った……うん、懐かしいは懐かしいが、俺自身その手のお店が楽しいとは思わない口だったからなぁ。
「向こうで何か珍しい物が手に入れば土産に持ってくる、前に向こうへ行った兄上達の話だと、諸外国の物を扱う大きな見世が有るらしいしな」
京の土産と言えば生八ツ橋だと思うのだが、此方でも同じなんだろうか? 生物は流石に此方まで持って帰って来る間に悪く成りそうだし、焼き菓子の方の八ツ橋が有れば買ってきても良いかも知れない。
そんな事を考えつつ黄金色の菓子も食べ終わり、茶のお代わりを注文するのだった。
「長旅の可能性が有るなら、智香子姉上に携帯用の調合道具も借りるかな」
自動印籠の中に残った薬剤を確認し、足りない分の補充を頼もうと智香子姉上の離れに向かう途中、俺はそんな事を思い付き呟いた。
流石に智香子姉上の様に錬玉術を修めたとまでは言わないが、ちょくちょく手伝わされたりした事で、比較的簡単な幾つかの霊薬を作る事は出来る様に成っていたのだ。
とは言え、同じ材料を使った同じ名称の霊薬でも、俺が作った物と姉上が作った物では効果も味も全然違うので、普段は姉上の作った物を使っている。
殆どが日帰り、長くても数日程度の鬼切りで有れば、足りなく成れば姉上に作って貰うだけで良いが、何時戻れるかも解らない旅路では、何処に腕の立つ薬師が居るかも解らなければ、下手をすれば何の効果も無い偽薬を売りつけられる様な事もあり得るのだ。
と成れば、拙くとも確実に作る事が出来る幾つかの霊薬は、材料を現地調達して作る事が出来る方が安全と言えるだろう。
「と言う訳で、出来ればで良いのですが、使ってない道具が有れば貸してもらえませんか?」
そう行って俺が訪ねた時、丁度調合作業も一段落したタイミングだった様で、
「んーと、野外用の調剤具は消耗品だし予備は常に用意してあるから、分けてあげるのは構わねーの。んでも、ちゃんと銭は貰うの。決して使い捨て出来る程安い物って訳じゃーねーからの」
あっさりとそう応えながら、棚から行平鍋一つをぽんっと此方に投げて寄越す。
その中には確か、小さな乳鉢やまな板、小包丁など調合に必要な最低限の道具が綺麗に収まる様に成っている物だった筈だ。
とは言え、
「刃物が入っている物を投げるな! 危ないだろ!!」
普段は姉として礼を尽くす事を忘れる事は無いが流石にコレは酷すぎだ、俺は思わずそう怒鳴り返す。
「丸っと収まっとる奴だし大丈夫なの、つーかその程度で中身が出る様な作りじゃねぇの」
言われて見れば受け止めた鍋は蓋がズレてすら居ない、どうやら鍋の蓋はただ乗せているだけでは無くねじ込み式にキッチリ閉まる様に成っているらしい。
いつも智香子姉上は物の大きさも重さも無視出来る、この火元国では極めて稀有な術具『入万巾着』からソレを取り出すので気が付かなかったが、出先で使う前提で作られたコレは紐などで身体に括り付けて持ち運べる様に出来ている物のようだ。
うん、構造的には向こうで買った纏めて持ち運べるステンレス製の調理器具セットと変わらないと言えば変わらないのか……。
「いや、だとしても投げたら駄目でしょう。どんな道でも道具を大切にしない者は大成しないってのが常識だろうに」
「ぬー、そりゃ確かにそーなの。幾ら消耗品っても道具は道具、大事に使わなきゃ駄目なのね。うん、お姉ちゃん一寸反省」
「まぁ……解ってくれれば良いんだけどな。お代幾らですか?」
「うん、今回はお姉ちゃんが悪かったから、奢っておくの。上手く使ってちゃんと無事に帰って来ないと駄目なのよ?」
人好きのする笑みを浮かべ、そう言って俺の鼻を軽く突く智香子姉上。
……決して気遣いが出来ない訳では無いのに、何故この人は見合いの席でもちゃんとしないのだろう。




