四百六十一 志七郎、心配を諦め思い迷う事
「誠に残念ながら、短期間で新たな武芸を身に着けるのは難しいでしょうな。武光様とご自身を比べては成りませぬぞ、アレは義二郎様とは方向性は違えども、控えめに言っても才能オバケとしか言えぬ逸材で御座います故」
四煌戌に乗って行くと決めたので、騎乗で扱う武器に付いて鈴木伏虎義兄上に相談したのだが、返って来たのはそんな台詞だった。
猪山藩の武芸指南役で武芸十八般全てに秀でた義兄上から見ても、武光の才は別格らしい。
流石に身体能力こそ大人の武士には届かぬ物の、勘が良いのか何なのか、見て聴いて試してみれば然程時間を掛ける事無く『技術だけ』はあっという間に身に着けて仕舞うらしい。
自分で思った通りに身体を動かす事が出来ると言う、所謂『身体操作能力』が高い子なのだろう、稀に居るのだそう言う『天才』としか言えない者が。
でもそう言うタイプは、頭でっかちに成って咄嗟の判断に難が出るか、若しくは逆にその場凌ぎが上手く成りすぎて地味な稽古を怠る様に成るか……と大成しない場合が多いとも聞いた記憶が有る。
まぁ……そのへんも含めて伏虎義兄上が指南するならば問題は無いだろう。
最悪、まだ歳若い彼の手に負えない様な何かが有れば、父上なり先代笹葉なり老練の達人は幾らでも居るし、なにより……
「おー、随分大きく成ったなワン公共。つーか三つ首犬の背では長物は向かねぇだろ、大人しくその豆鉄砲と魔法で対応すっか、降りて戦うのが良いだろさ……下手に刀なんぞ振り回しゃ横の頭に当たるわな」
紅牙を除いて比較的人見知りする方の御鏡と翡翠を纏めてわしわしと撫で回しながら、そう言う一朗翁が居るのだ。
今年の猪山藩邸には父上に加えお祖父様に一朗翁までもが揃い、家臣団も比較的若手が少な目で中堅から古参が多目と、何処との争いを想定しているのか一寸不安に成る編成だった。
多分これは家で武光を預かる事に成ったのも、原因の一つなのでは無かろうか?
お祖父様と一朗翁が揃って居れば、大概の事は何とでも成るだろうし、江戸の事で、俺が心配する必要は何も無いと断言して間違いない。
「お前ぇさん、基本的な身体の動かし方ぁ出来てっから、槍でも薙刀でも鍬でも身に付か無ぇって事ぁ無ぇだろうが、流石に今日明日でホイよって訳にゃぁ行かねぇやな。帰って来たらしっかり仕込んでやらぁな、馬鹿息子がよ」
言いながら、四煌戌にそうした様に自身の息子である伏虎の頭を撫で様と手を伸ばす。
「撫でるならば、犬なり志七郎様なり他の物が有るでしょう。拙者ももう子供では無いのですから……って! 痛! 糞親父! 離せ! 痛いって言ってんだろうが!」
と、そう言い換えしながら、その手を払……おうとして、手首を極められ藻掻いている。
伏虎義兄上は柔術だって不得手と言う訳じゃぁ無い、ソレが碌な抵抗も出来ずにあっさりと関節を取られるとは……流石は『あの一朗』と言うべきか。
いや、もしかしたら子供の頃から事ある毎に、あー言う悪戯を仕掛けられているからこそ、武芸十八般全てに秀でていると言い切れる腕前を身に着ける事が出来たのかも知れない……。
が、普段の生活でも気を抜けば何処から悪戯が飛んでくるか解らないと言うのは、一寸……いや、大分嫌かも知れない……。
「と言う訳で、一寸京まで行く事に成ったんで、予備の弾を何時もの三倍……いや四倍の九十四発お願いします」
江戸州中では銃器類の保有と使用に制限が有り、更には使った弾丸に付いて一々申請が必要な為、予備も含めて必要以上に買う事はしないのだが、コレばかりは其処らの萬屋で手に入る物では無いので、十分な数を準備する事にした。
「京の都か……一度しか行った事は無いが、観光に行くならば良い所だぞ。拙者は二度と行くつもりは無いがな」
一の二の三……と注文した弾丸を数え確認しながら、桂殿がそう吐き捨てる。
弾丸の取扱は鬼切り奉行所の仕事で有る……とは言え本来桂殿は売店仕事をする様な役職ではないのだが、偶々担当者が便所に行ってる間代わって留守番を務めていた所に、俺がやって来たと言う事らしい。
「……何か向こうに嫌な思い出でも?」
苦虫を噛み潰した様な表情を見せた桂殿に俺はそう問いかけた、何というか聞けと言ってる様に見えたのだ。
「京の連中はいけ好かん、花のお江戸で生まれ育った拙者等を丸でお上りさんの様に扱った上に、我々が江戸から来たと言ったら皆口を揃えて何と言ったと思う!?」
あー……うん、何と無く想像が付く。前世の京都でも似たような風説は有ったしな……。
「田舎から遥々ようお越しやす~♪ だぞ! 天下の禿河様の御膝下たるこの江戸を! 世界にも類を見ない百万都市を指して田舎呼ばわりしよったのだ! 自分達の土地も碌に守れぬ惰弱の分際で!!」
だと思った……。
聞けば京の都には定住する武士は居らず、基本的に鬼切り者も町人階級の者達が大半なのだと言う。
ソレは彼の地が高貴な公家衆の住む土地で、粗野で乱暴な野蛮人である武士が住む事など許されない……と言う者達が少なからず居るからなのだそうだ。
とは言え、それなりの広さを結界で覆うとなれば、其処から弾かれた鬼や妖怪が出現する戦場はどうしても近場に出来てしまう。
そう言う場所で定期的に鬼切りを行い、間引く者が居なければ何時かは化物が溢れ、巨大化した群れが都市部に押し寄せる事に成るし、そうした戦場で狩られる肉が無ければ、食の事情は極めて劣悪な状態に成ってしまう。
故に鬼切り者は絶対に必要なのだが、武に依って立つ者達を蔑む文化圏と言える京周辺では、町人階級の鬼切り者ですら蔑視の対象に成るのだそうだ。
無論公家衆にも陰陽寮の術師達の様に、相応の戦力を持つ者達が居ない訳では無い。
……と言うか、公家の大半は何らかの術を嗜む術師なのだが、大半の者は鬼切りよりも土地を護る結界を張る為の術具作りだったり、様々占いを交えて暦を作ったりと言った仕事をしているのだそうだ。
と成ると、当然突発的に湧いた強力な大鬼が出たりすると、名のある鬼切り者を招聘し討伐の依頼を出すのだが、偶々丁度よい鬼切り者が居らず、鬼切り奉行所からの指名で桂殿が行ったのだと言う。
その際に表面的には極めて丁寧な扱いを受けたのだが、その裏側に卑しむ視線が透けて見える為、その恭しい態度が却って慇懃無礼な物にしか見えなかったらしい。
いや、まぁ……名目上とは言え、禿河幕府の上に京の帝が鎮座するのだ、その御膝下に住む者達が京を『都』として誇るのは理解出来ない話では無い……が、只の客ならば兎も角、救援として呼んだ者にすら、そう思わせるのはどうなのだろう。
そう言う雰囲気が蔓延しているので有れば、俺を見世物扱いで呼び出すような事をするのも、当然なのかも知れない。
「ああそうだ、鬼斬童子よ。向こうの連中が『ぶぶ漬けでもどうどすか?』とか言い出したならば、絶対に食いたいなどと言ってはならんぞ。ソレは『そろそろ飯の支度をするから帰れ』と言っているのだからな。全く……京の連中は迂遠で面倒臭い」
うん、その話は前世の世界でも有ったが、確かソレは落語が元ネタの嘘話だと聞いた覚えが有るんだが……此方では本当に有る話なのか?
でもこの人、面白いからと実の妹の性別隠すとか普通にやる人だからなぁ……
「はぁ……まぁ……気を付けます、はい……」
話半分に聞いておくべきか、それとも信じて置くべきか、今ひとつ迷いながら、俺はそう返事を返し、目的の物を受け取り家路につくのだった。




