四百六十 志七郎、準備進め決を取る事
言われた物は取り敢えず全部揃えたが……本当にコレだけで旅してるのか此方の人は?
それらを小さ目の行李を二つ真田紐で結んだ『振り分け荷物』と呼ばれる一種の肩掛け鞄の様な物に入れてみるが……うん、まだ大分余裕は有る……つーかスカスカだ。
この分だと手拭いの予備に褌の予備は十分に入る余裕が有るな。
後は普段財布に入れてる分の銭だけじゃなく、幾らかの小判や豆銀なんかを此方に別けて入れて置けば良いだろうか。
……それでもやっぱり色々と足りない気がするのは、文明に毒された貧弱な現代人の感覚を引きずり過ぎて居る所為であろう。
うん、街道沿いを歩いていけば目的地に付ける今回の旅では、此方の人の基準に合わせた準備で行くと決めたのは自分なんだしな。
旅の間、四煌戌の面倒を兄上に頼んで置かないとな。前は突発で飛ばされたから、迷惑を掛けたし……
ん、まてよ? 馬を連れて京まで歩いていけるんだから、四煌戌に乗って行くのも有りなのか?
いやでも騎獣での旅は楽しすぎか?
あーでもなぁ……
馬に限らず四煌戌の様な生き物に騎乗するのは武士だけに許された事で有り、町人階級の鬼切り者には認められていない、武士の特権である。
武家の当主だけで無く子弟で有っても武士では有るので、俺が四煌戌に乗って旅をする事自体に問題は無いのだ。
ちなみに主君の居ない浪人でも一応は武士階級と看做されるので、騎乗自体を咎められる事は無いが、人より食い扶持の少ない騎獣など居らず、ソレを養えるだけの武勇が有るならば士官先が見つからないと言う事は先ず無いので、一寸現実的では無い話だったりする。
騎獣と言えば、瞳義姉上達が拾ってきた『こうもり猫』の仔猫達はどうなったのだろう?
確か瞳義姉上と望奴それに姉上達と若い方の笹葉が騎獣にする為育てている筈だが、そろそろ人が乗れる位の大きさに成っているのではなかろうか?
思い返して見れば、本当に小さな頃は屋敷の中で飼っていたのを見た記憶が有るが、ある程度大きく成ってからは別の場所に移されたらしく、その姿を見た覚えが無い。
四煌戌もある程度大きく成ってからは室内に入らない様に躾をしたが、それでも屋敷の庭で育てる事が出来たのだが……。
幼い頃から俺に従順だった四煌戌達とは違い、自由気ままな猫その物の気質を持つ大型猛獣である、騎獣とするには少々特殊な調教が必要でその技術も猫又達が伝える秘中の秘らしいので、人目に付かない何処かで飼育されているのだろう。
飛べる騎獣が居れば色々と旅が楽に成りそうだよなぁ……
とは思うが、四煌戌達だって魔法を使う事も出来るし索敵能力だって高い、この間の野菜狩りの時の様に魔法を使う際に俺の負担を引き受けてくれる様な思いやりも有る……うん不満は無い。
母上が用意してくれた鞍に袋なり行李なりを付ければ、彼らに負担を強いる事には成るだろうがもう少し荷物を増やしても問題無いかもしれない。
いや、界渡りの時に背負ってきた荷物の重さを考えれば、俺自身が持つにせよ、もっと重くても大丈夫だろう……ってそうやって荷物を増やして便利を得る理由を探すのは辞めようとついさっき決心したばかりだ。
前世の俺は、こんなに意志が弱かっただろうか?
……うん、やるべき事を後回しにして一時の楽しみを優先した結果、落ち零れと言われても仕方がない位に成績を落としたんだから、高校時代の俺の意志は決して強くは無かったかもしれない。
と言うか、四煌戌に乗っていくとなれば道中の食費は跳ね上がるだろう、幕府から旅費が出ると行ってもソレで賄える額面に収まるだろうか?
徒歩よりは旅日数を縮める事は出来るかもしれないが、果たして釣り合うかどうか……。
魔法を使うだけならば、必要に応じて召喚するだけでも構わない訳だし、場合に依っては四煌戌に手紙を持たせて送還する事で江戸と連絡を取る事も出来る訳で……。
乗っていくのと、此方に残していく利点と不利益をもう少し考える必要が有りそうだ。
下手の考え休むに似たり……自分だけで結論が出ないなら、聞いてみるのも手か?
「おーい、紅牙ー、御鏡ー、翡翠ー」
そう思った俺は、部屋の窓を開けその下に寝そべる四煌戌に声を掛けた。
「ばう!」
「くぅん?」
「ふぁ……」
三者三様の声を上げ此方を見る四煌戌、本当に大きく成ったなぁ……腹這いに寝そべったままでも部屋の中に居る俺と目線の高さが然程変わらない。
一つの身体を共有していると言うのに三首それぞれ性格が違うのは、今までの行動や反応で解って居たが、よくよく見てみれば顔立ちにもその差が出て来た様に思える。
火の属性を司る紅牙はその勇猛果敢さを示す様に何処か精悍さを感じさせ、水の属性を司る御鏡は何方かと言えば大人しい性格を反映した彼の様に柔和な顔立ちに見え、風属性の翡翠は暖気な気質が正面に出過ぎている様で何処か間の抜けた表情を見せる事が多い。
いや翡翠だけを卑下するつもりは無いんだ、俺から見れば三頭とも可愛い事に変わりは無い。
……のだが、此奴だけは俺が声を掛けても欠伸をしたり、狸寝入りを決め込んだりする事が有り、素直に美点だけを褒めると言う気持ちに成り辛いのだ。
風の属性が持つイメージ通り、自由気ままな性質の所為も有るのだろうが……まぁこの間の戦いの時の様に、やるべき時はきっちりやってくれるので、差別を付けるつもりは無いが……。
「近い内に遠出する事に成るんだが、お前達はどうする? 付いて来るか? それとも此方で召喚されるのを待つか?」
普通の犬だって完全にでは無くとも人の言葉を理解するように成るのだ、霊獣としても猟犬としてもキッチリ躾られた彼らは、複雑な命令でもちゃんと実行する事が出来るのだから、喋る事こそ出来ない物の此方の言ってる事は完全に解っていると言う事だろう。
だからこそ、本人達の意見を求めた、血気盛んな紅牙は当然居残りを望みはしない事は解っていたが、内気な御鏡や面倒臭がりな翡翠は残る事を選択するかもしれないとも思ったのだ。
「うぉん! うぉんうぉん!! わおーん!!!」
「わふ? くぅん……おん!」
「はふぅ~……わん」
けれども返ってきた返答は三者三様では有るが、その声からも魂の繋がりから感じる物も、否定的な物では無かった。
三頭共に温度差は有れども、俺と一緒に来たいと言っている事が間違い無く感じられたのだ。
問題が有るとすれば、多分馬用の飼葉ならば道中の宿場の何処でも買う事が出来るだろうが、四煌戌達の腹を満たすだけの肉類が常に手に入るかどうかは解らないと言う事だろうか?
いや馬に限らず様々騎獣に乗る者が居るのがこの世界だ、多分銭さえ払えるなら全く手に入らないと言う事は無い筈だ。
最悪高くて手が出ないと言う様な状況ならば、近場の戦場を探して狩りをすると言う手も無くはない。
何処の戦場でも食材に成る鬼や妖怪が必ず出ると言う訳では無いが、人の口には合わぬ物でも彼らならば食えない事も無い……という事は比較的よく有る事だ。
まぁ俺としては出来るだけ、そう言う物は喰わせたくは無いが……。
どうしようも無い状況ならば、仕方がない事も有るだろう。
「道中は、数日食えないなんて事もあり得るし、場合に依っては不味い物でも無理やり食わなけりゃ成らんなんて状況もあり得る、それでも一緒に来るか?」
そんな厳しい可能性を考え、念押しのつもりでそう言うと……
「ばう!」
「わん!」
「くぅ~ん……」
決意の籠もった元気な声で応えた二頭に対して、歯切れの悪い声を漏らしながら視線を逸らした一頭が居た……残念ながら彼らの行動は多数決が基本らしいので一緒に来るのは決定事項のようだった。




