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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
新年と旅立ち の巻

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四百五十七 志七郎、旧年を振り返り集中砲火を避ける事

 黒豆を頬張り、御屠蘇を一口……次に手を伸ばすのは雑煮の御椀、猪河家の雑煮は醤油仕立てに各種根菜と鶏肉、餅は角切りの焼餅……と、言う形式である。


 汁を一口啜り、二つ入った餅の片方を齧る。


 うん……美味い、流石は食神の加護を受けながらも驕る事無く、日々料理の腕を研鑽し続けている睦姉上が作った正月料理だ。


 だが此処三日間、御節と雑煮だけ……というのは流石に飽きて来た。


 基本、大名家だけで無く、御家人衆程度でも浪人ではない武家ならば、また商家でもある程度の稼ぎが有る家ならば、一人二人程度は最低でも奉公人を抱えている物で、日々の炊事洗濯の大半はそれらの者達が担う訳だ。


 基本彼らは盆と暮正月の年二回しか休みが無く、里帰りなんかをしようと思えば、その何方かなのである。


 猪河家うちの場合、炊事の大半は睦姉上が担うのだが、奉公人に丸投げしているような家では、その間料理をする者が居ない……なんて事もまま有る事で、その間はある程度保存が効く御節を食べるのが一般的なのだ。


 料理が武芸の一つに数えられ、男でも料理一つ出来ないのは恥とされている以上、武家ならばその辺どうとでも成る気がするんだが、まぁ所謂伝統文化と言う奴なのだろう……。


 仏教が無い筈のこの世界で『盆』とか言ってる辺り、地元発生の文化では無く異世界からやって来た者が持ち込んだ物の様な気もするが……まぁ街を歩けば高良(コーラ)や拉麺が食えるんだから今更と言えば今更か。


「兄者! 雑煮の餅が無くなっているではないか、余も食い足りぬ故もう一つ焼くが食うならばついでするが、どうする?」


 と、そんな俺の思考を遠慮無く()った切るのは、当然ながら武光の馬鹿垂れだ。


 思い返せば、昨年中は本当にこの馬鹿のお陰で、色々と退屈無く過ごす事が出来た。


 一寸連れ立って鬼切りに出れば、病気の母親の為に薬草を取りに来て、妖怪に喰われかけてる少女を見つけたり、偶々一緒に練武館へと行く機会が有れば、態々男装して稽古を受けに来た少女の袴を踏んづけ脱がし、その正体を確認する事に成ったり……。


 郊外の茶店で菓子と茶を所望すれば、丁度良く現れた高利貸しの取り立て屋に店主の孫娘が奪われそうに成り、ソレを返り討ちにした上で、御用商人経由で証文の不正を糾弾する……なんて事も有った。


 何処に行った帰りだったか忘れたが、夜道を連れ立って歩いている時に、少女を強引に拐かそうとしていた与太者を叩きのめした事も有るし、武光の財布を掏摸取ろうとした少女を捕えたなんて事も有ったなぁ。


 御祖父様から禿河の系譜に名を連ねる男児の多くは、必要以上に女性と縁が有るとは聞いていたが、何故か必ずと言って良い程に俺と一緒に居る時に限って、そう言う騒動が起こるのだ。


 まぁ奴自身が率先して騒動を起こしている……と言う訳で無く、眼の前に差し迫った事件を解決しようとした結果なので、それ自体に文句を言う筋合いは無いとは思う。


 しかしその度に必ずと言って良い程の割合で、事件に首を突っ込む発端と成った少女達が、幼いながらも恋慕の情が籠もっているとしか見えない視線を武光に向けるのだけはどうにか成らん物か……。


 いや別に妬いているとかそう言う話では無い、一対一での様子だけならば未だ子供の恋愛ごっこにしか見えず、微笑ましいとすら思える。


 けれどもそんな彼女達が複数居合わせると、見ている此方の胃が痛く成る気がするのだ……。


 武光自身は、彼女達の献身的な振る舞いが『次期将軍足る自分』に向けられていると信じて疑っていない様で、まだまだ色恋沙汰をどうこう……と言う感覚は持ち合わせていない様なので、ナニ(・・)がどうしたと言う所までは至っていないが……。


 身体が出来上がってきて、色々と致す様な年頃に成った時が怖い、正直その内刺されるのではないか? と思えてしまうのだ。


「いや、俺は餅はもう良い。と言うか、餅は一つで茶碗一杯の米を食ってるのと同じだと聞いた事が有る。余り食い過ぎると……太るぞ?」


 炭水化物の取り過ぎは肥満の元だ、まぁその分稽古だ鬼切りだと動いているし、俺達はまだまだ成長の余地は有るので、多少食い過ぎた所で問題は無いだろう……。


 ただ俺が放った言葉の流れ弾に、びくり、っと大きく身体を震わせた者が居たのは想定外だった。


 膨よかなのは裕福な証で美人の条件、とされる地方や文化、時代も有るが、少なくともこの江戸では、家安公の影響も有ってか比較的『ボン、キュ、ボン』が良いとされている。


 んーと、母上は雑煮に二つ、磯辺で二つ、きなことあんこで一つずつ。

 智香子姉上は雑煮で三つ、砂糖醤油で四つ、納豆で二つ。

 睦姉上は雑煮一つ、明太子乾酪(チーズ)で一つ、ずんだで一つ。

 らむは雑煮で二つ、牛酪(バター)醤油で二つ、ずんだで二つ。

 お忠は雑煮で一つ、綱迷で一つ……か。


 うん、睦姉上とお忠、以外は一寸食い過ぎだ、しかも智香子姉上と蕾は、更に追加で餅焼こうとしてるし……俺の言葉が刺さるのも無理は無いだろう。


「んっん……智香子、お前は嫁入り前なんですからもう一寸控えなさいな、行き遅れと呼ばれるにはまだ間が有るとは言え、未だ相手が見つかってないんですから……性格に難が有るならせめて見た目だけでも良くしておかないと……」


「あー、お(かー)さんだって結構食ってるのにずっこいの! それにあっしゃ別に結婚出来ねぇ成ら出来ねぇでも全然構わねーの。適当な所でお師匠(ししょー)みたいに旅暮らしってのも憧れるの……それに……」


 既に良い歳で多少太った所で問題無い……と、自分の事を棚に上げた母上の言葉に対して、全く反省も無ければ後悔も無さそうな智香子姉上がそう返す、どうやら彼女には俺の言葉は刺さって居ないらしい。


「どーやらあっしも、お(ねー)ちんとおンなじで、腹にゃぁ付かず乳に付くタイプっぽいから、むしろコレくらい食った方が見た目が良くなるの!」


 ……此方も武光とは別の意味で何時刺されても奇怪しくない事を曰いやがった。


「……余は女児(おなご)の気持ちに然程敏いと言う訳では無いが、流石に今のちーねぇの台詞が世の女児の大半を敵に回す類の物だと言う事は理解できるぞ……。恐れを知らぬと言うのは、まっこと恐ろしい物だのぅ」


 開き直った母上とは違い未だ付くべき所に付かないお年頃の娘達が、智香子姉上の台詞に殺気だった視線を向けたのを敏感に察知した武光は、俺の背に隠れる様に移動しぼそりとそんな事を呟いた。


「……目を合わせるな、女の争いに男が口出しすると、中立は許されず何方の味方に成るかを強要された挙げ句、味方した筈の女が相手を庇って背中から撃たれる物なんだ。嵐は静かに過ぎ去るのを待つべきだ」


 俺自身、女性をそう多く知っている訳では無いが、それでも女の争いと言う物が時に理不尽としか言い様の無い流れで無関係な者をも翻弄する台風の様な物だと実感させる様な事は前世(まえ)に何度も有った。


 男は結論を求める生き物で、女は共感を求める生き物だ……と言うのは、前世の世界では比較的よく聞いた話で、交番勤務をしていた頃にはその辺理解できず、散々面倒な事に成った記憶が薄っすらと残っている。


 こう言う状況に成ると、許嫁の元へ顔出しに出かけている仁一郎兄上が羨ましく思えた。


 まぁ空気を読む能力に欠ける彼が居たら、多分火達磨にされているだろうから居なくて良かったとも言えるのだろうが……。


 取り敢えず俺は、自分の方に飛び火しない事を祈りつつ、ただ無言で伊達巻に箸を伸ばすのだった。

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