四百五十四 志七郎、聞き流し妄想に震える事
「それにしても、敵の首領格は何だったのだろうな。アレならば生身で戦った方が余程強かっただろうに、先日出会った時には余も死を覚悟した程の相手だぞ? 真逆、たった一撃で首を取る事が出来るとは……」
大根を食らい甘酒を飲み宴も酣と成った頃、武光がボソリとそんな言葉を呟いた。
彼としては、最悪刺し違える覚悟で飛び込んだ訳で、俺が切り開いた所にごっつぁんゴールご馳走様でした、を決め込む心積もりは全く無かったらしい。
確かに三層で出会った時に纏っていた覇気は雑魚の物では無く、あの時の武光が一対一で戦えば、勝てるかどうかギリギリの相手だったと言える。
とは言え単体での戦闘力だけで見るならば、主格を除けば新宿地下迷宮に出現する妖怪の中でも最強と言って差し支えない『暴れ芽花野菜』と比べ、数段劣る程度で俺が一人だったならばあの場で仕留める事は不可能では無かった筈だ。
飽く迄、厄介なのはその統率種としての能力……つまりは数の暴力なのだ、ソレを活かす事をせず、使い熟す事も出来ない圧倒的な個の力に頼った時点で奴は戦う前から負けていたのだろう。
問題は群の頭として、多少なりとも戦術戦略眼を持っていて然るべき名前持ちが何故あんな間抜けな死に様を晒す事に成ったかという事だろう。
「そりゃぁ彼奴が若い化物だったからじゃろの。御主等、胡瓜が育つ所を見た事が無いのか? いや胡瓜だけではない、大概の植物は先ず花が先、実が育つ内に花が落ちる物じゃ。御主等が見た時には頭に花が咲いておったんじゃろ? なら当然若輩の者と言う事じゃ」
鬼や妖怪には時を経る事で除々に成長、進化していくモノと、生まれた瞬間からある程度のチカラを持つモノが居るのだと言う。
前者は強くなる過程で様々な経験を積むが故に種族として愚かなモノでも決して侮る事は出来無いのだが、後者の場合その身に宿すチカラに対して経験が圧倒的に足りず、時に己のチカラに振り回される様なモノも居るのだ、とお祖父様は語る。
言われてみれば、最初に出会った時も無駄に余裕綽々で俺達を見逃したり、想定外の事体が目の前に迫った時に酷く取り乱したり……と、修羅場を一つ二つ潜った事が有れば絶対やらない間違いを奴は幾つも犯していた。
それら全ては『若さ故の過ち』だとそう言い、それから続けて
「戦での失敗は即ち死じゃ、運良く生き残っても二度と治らぬ傷を負う事も有る。己の手抜かりで己が傷付くだけならば自業自得という物じゃが、己の過失で隣の者を失うのはキツイどころの話ではないぞ?」
と、普段の好々爺とした笑みでも、策を巡らす時の腹黒い笑みでも無い、幾つもの悲劇を見てきた賢老の顔でそう言い放つ。
「特に猪山の若い衆は、身体だけで無く頭の方もきっちり鍛える事を覚えよ。とは言え書を読み解った積りに成っておるのが一番悪手じゃ、生兵法は大怪我の元と言う言葉も有るからの。解ったか? 武光よ」
尚武の気質が行き過ぎて『脳筋馬鹿』と言っても強ち間違いでは無い猪山の若い衆とて、国元で書を読む機会が無いと言う訳では無く、特に兵法や軍学を欠片も知らないと言う者は一人も居ない。
それでも猪山は何処に行くにせよ戦場を突破するか、極めて厳しい山道を通らねば成らないと言うその土地柄、江戸住まいの者達よりも圧倒的に武勇が必要となる為、どうしても文より武を……と成ってしまう。
が、その分、頻繁に鬼切へと出る事にも成るので、若手とは言え其処まで、致命的な経験不足の者は居ない筈だ。
それでもあえて猪山の者と言及したのは、他所の藩の者達を直接叱りつける様な真似は、幾らお祖父様でも角が立つからだろう。
そして厳密に言えば武光は猪山の者……とは言い難いのだが、懐の内に入れた以上は最早身内だと、態々そう名指ししたのはそう言いたかったからに違いない。
とは言え、どうやら武光は生まれ持った技能――神の加護は持たない物の、文武共に人より少ない努力で身に着ける事ができる性質の様だから、実力と経験が見合わないと言う事に成りやすいのも間違い無く、台詞に込められた心配もまた事実なのだろう。
「たぁ言え、若造が未熟なのは仕様が無い事じゃ。儂やその他先達が手を貸せる範囲で転けた成らば、此度の様に手を貸してやる事も出来る。若い内は多少痛い目を見るのも修行の内じゃ。痛くなければ覚えませぬ……とは誰の言葉じゃったかの?」
爺婆っ子は三文安い……そんな言葉も有るが、ソレは子の養育に責任の無い祖父母は何かしらに付けて孫を甘やかすからだ、とそう言われているが、少なくともこのお祖父様は前世の曽祖父同様、甘やかしは人を駄目にすると骨身に染みて理解しているのだろう。
更には自身の子や孫だけで無く、友好藩とは言え他所の若者達の成長にも言及する辺り、世に言われている様な悪意だけとは程遠い誠の賢者の一人なのだと、俺は改めて彼に対する尊敬の念を抱かざるを得ないのだった。
……そう言えば樹護操機って結局なんなのだろう? お祖父様が弁舌を奮っている中、ふとそんな疑問が鎌首をもたげる。
いや、話を聞いて無いと言う訳では無い、お祖父様の言う事は至極もっともな話だとは思っているのだ。
ただ……俺は中身を含めて考えれば決して若手とは言えない、そんな意識がどうしても拭えないのである。
流石にお祖父様程何十手も先を読み解く智慧は無いが、仮にも組織の中で長の付く役職を担った事も有れば、荒事の経験だって決して不足はして居ない。
そんな意識が根底に有るので、自分が未だ十にも成らぬお子様ボディの持ち主だと言うのに『若い者は大変だな、頑張れ若人』なんて他人気分でおでんを突付いて居たのだ。
兎角、あの大根の部品を態々大社の使いが、有償とは言え押収しに来たのだから、樹護操機というのが『神様案件』なのは容易に想像が付く。
取り敢えず書庫で読んだ様々な本や、世界有数の冒険者に智香子姉上の師匠など、知識の宝庫とでも言うべき所や人から見聞きした覚えが無い以上は、知る人ぞ知ると言う物か、若しくは極めて常識的な事柄なのだろう。
しかしお祖父様があの大根を見てそう言ったのだから、あれ同様この世界には似つかわしくない『ロボット』の類の可能性は容易に想像が付く。
なんせ世界を管理する世界樹が存在し、神仙の手にかかれば携帯端末の様な挙動を見せる鬼切手形なんて物も有るのだ、其処にロボットが加わった所で奇怪しいとまでは言えないだろう。
と成れば、恐らくは神々が世界樹を護るために使っているロボット兵器と言うのが妥当な所ではなかろうか?
それを扱うのが神様方だけで、一般に出回らぬ物だと言うのであれば、態々皆が言及しないのにも説明がつくし、今回ソレに繋がりかねない技術の塊が接収されたのにも頷ける。
本当ならば大根を丸ごと持って行かれた可能性も有るのだろうが、重要部品以外は皆の腹に収まり、消えて無くなる成らば問題は無いと考えられたのでは無いだろうか?
そう考えると、買取額として出された二千両と言うとんでもない額面にも説明が付く。
万が一にも外部に漏らす事の出来ない秘匿技術の類似品なのだ、前世での軍事兵器なんかの値段と、その隠蔽に支払うのだと考えれば決して破格とまでは言えないだろう。
あれ? ……其処まで考えると更にヤバイ可能性も出て来るぞ?
確か火元国の神々と世界樹の神々は、決して一枚板とは言えない……
以前会った事の有る火元の国の神の長だと言う浅間様は、俺をこの世界に送り込んだ『死神さん』に纏わる事で中央の神々に対して隔意の様な物を持っていた筈だ。
もしも樹護操機が本当に世界樹を護る為だけに存在する物だとして、ソレが火元国の神々が中央に逆らえない鍵の一つだとしたならば、今回俺達が提出した部品を解析し、中央に反旗を翻す切っ掛けに成る様な事も有るのではないだろうか?
そうなると一寸洒落に成らないなと思い、否々全ては俺の想像に過ぎないし、その存在を知っているお祖父様がそんな乱世の引き金を引く様な事に何の文句も言わず諾々と従う訳が無い、と考え直す。
……どちらにせよ、お祖父様からは一度詳しい話を聞いた方が精神衛生上良いだろうな。
そんな事を考えながら口にした甘酒は、先程までとは比べ物にならない程、味が薄く感じられたのだった。




