四百五十二 連合隊、追い込まれ追い込む事
「ヌァッハッハッハッハ! 往クゾ人間ドモ! コノだいこーんノ力デ貴様等ヲ駆逐シ……世界樹ヲ我ガ手ニ! 我ラガ神ノ手ニ! 然スレバ我ラガ同胞ガ只喰ワレ続ケル……コノ理不尽ノ輪カラ抜ケ出セルノダ!」
勝ち誇った笑い声を響かせる木瓜、その言葉は俺が界渡りで知ったこの世界に無数の魔物が押し寄せる理由に全く矛盾しない。
もしも界渡りの途中で人間が野菜や家畜の様に育てられ、当たり前の様に食われる世界を通っていたならば、俺だってこの世界への帰還を諦め、人間が人間らしく生きられる様、戦いに身を投じて居たかも知れない。
きっと彼らの世界の神は、世界樹を手に入れる事で彼らにとっての野菜が野菜らしく生きる世界を作ると約束しているのだろう。
しかも俺達人間は彼ら野菜から見れば、当たり前の様に同胞を食らう捕食者だ。
それを考えれば『駆逐してやる!』と憤るのは、何ら不思議な感情では無い。
だがソレはこの世界に住む俺達にとっては、ただの侵略に過ぎない……要するにこれは互いの未来を掛けた生存戦争とでも言うべき戦いなのだ。
「デカ物を相手にするときゃ足元を狙え! 膝裏を叩いてすっ転ばすんじゃ! 巻き込まれんじゃねぇぞ!」
恐らくは既に限界近くまで氣を振り絞り、身体への負担も尋常では無いであろうお祖父様が出した指示は、正々堂々とは程遠い世間に知れればセコいとかコスいなんて揶揄が飛ぶ可能性の有るものだった。
しかしこれはどんな手を使ってでも勝たなければ成らぬ戦いなのだ、卑怯とか卑劣なんて言葉は死体が呟く寝言に過ぎない。
敗北は即ち死で……ソレは己だけの問題では無い、俺達が此処で食い止めなければ、多分世界の危機……とまでは行かないだろうが、それでも少なくない被害が出るのは間違いないのだ。
「貴様等ノ様ナ脆弱ナ人間如キガ、動キ出シタだいこーんヲ倒セルワキャネェギャ!! 我ガ先祖ガ神話ノ魔物やまたのばななヲ仕留メタ神器ダガヤ! ヤレだいこーん! 蹴散ラセ!」
お祖父様の鬼気迫る号令に対抗する為か、木瓜もまた腹の底から絞り出す様な声でそう命じた。
しかし……
「ウヌ!? だいこーん? ドウシタ、何故動カヌ! 此奴等ヲ倒サネバ、我ラニ未来ハニャーノダゾ? ム! モシヤ音声認識デハ無イノカ? エート……ヌァ? 真逆全部手動? コンナOSデコレダケノ機体ヲ動カソウナンテ?!」
そんな間抜けな台詞と共に右足を上げる様な素振りを見せ、そのまますっ転んだ!
当然只の自爆では無い、お祖父様の指示に従い即座に攻撃へと移った者が居たから故の事では有るが……奴が数字の上での強さ通りの『強さ』を持つ訳では無いと言う証明だった。
「糞! 説明書ハ何処ダ? ○ぼたんデ右ぱんち? L1L2ガ左足デR1R2ガ右足? 誰ダ! コンナ煩雑ナ操作法考エタ奴!」
……これ、生身で戦った方がまだ強いんじゃないか?
何時ぞやの世界で目にした、ドラム缶を積み重ねた様なロボットよりもぎこちない動きで、立ち上がろうとする大根を見て、俺はそんな感想を抱かざるを得ないのだった……。
「え? あれ……氣が練れる?」
魔法と氣を併用出来ない事で大根への攻撃に参加出来なかった俺は、不意に術を維持する負担が無くなった事に気がついた。
一瞬、魔法を維持し続ける事に俺が慣れたのかと思ったが……そうではない。
俺が使っていた、いや……使わせていた連鎖雷撃はその名の通り『雷』属性、即ち『火』と『風』の複合だ。
そして四煌戌は火の紅牙、風の翡翠、水の御鏡、そしてそれらを纏める土の身体で構成されている。
そう……御鏡と胴体は魔法を構成するのにその能力を使っていないのだ。
普段彼等は身体の制御を三つ首の合議で動いている訳だが、だからと言って一人でソレが出来ないと言う訳では無い。
故に紅牙と翡翠が今まで以上に魔法の負担を引き受け、御鏡が身体を制御する事も可能だと言う事なのだろう。
これは俺が命じた事では無い、俺が前線に参加できる様に彼等自身で考え実行した事なのだ。
これがお花さんが言ってた霊獣との絆……
胸の奥、氣が湧き出てくる場所に掛かっていた負担が軽くなり、普段程自由にでは無いが氣を纏う事に意識を向ける余裕が出来た。
この状態では細かな制御が必要な『技』を使う事は出来そうに無いが、ただ全力で斬鉄を叩き付ける事は可能だろう。
「四煌! そのまま雑魚を散らせ! 俺は……突っ込む!」
そう判断し、礼を言うより先にそう命じる、帰ったらたっぷりの肉を用意してねぎらってやろう、そう考えて。
「うぉん!」
俺の気持ちが伝わったのだろう、御鏡は千切れんばかりに尻尾を振り回し一声上げた。
コレで周りの雑魚を抑えるのは四煌戌と他の家臣達に任せても問題無いだろう。
では大根の方はどうだ? 拙い動きながら一度は立ち上がった物の、やはりその後の動きは鈍く入れ代わり立ち代わり仕掛けている者達への反撃は出来ていない。
だがそれでも除々に操縦にも慣れて来たのか、少しずつでは有るが動きが良くなって居る。
今の所はまだまだ機体性能に振り回され気味で、技と呼べる様な動きには成っておらず、被害らしい被害は出ていないが、可能な限り早い内に仕留めねば成らない事に変わりは無い。
なにせその巨大さ故の重量はただそれだけで凶悪な武器なのだ、万が一にでも直撃などすれば防具もヘッタクレも無く潰れたトマトが出来上がるのは想像に難く無い……潰れた赤茄子姫なら周りを見るまでも無く既に量産済みでは有るが。
俺が持っている分の『即死さえしなければ何とかなる霊薬』はまだ少しは残っているが、その名の通り過剰ダメージに依る即死には何の意味も無い。
やらねば成らない殺し合いである以上、此方だけが全く無傷で終わると決まっている訳では無いが、それでも可能な限り被害無く勝ちたいと思うのは当然だろう。
その為に今の俺に出来るのは、あの大根の弱点を見抜き一撃で叩き壊す事だ。
いや……完全に破壊出来なくても良い、何らかの形で無力化出来ればソレで良い。
お祖父様がさっき言った通り、巨体を潰すならば足元だろうか?
だがソレは既に前線の者達が試みている。
腕か? 駄目だ。相手は機械の類にも親しい物、腕一本もぎ取った所で攻撃力を削ぐ事は出来るだろうが、ソレで仕留める事は出来ないだろう。
頭? 違う。たかがメインカメラがやられただけで沈む様では格闘大会にすら使えない。
氣で動いている以上は、人間の心臓の様に氣を生み出す機関――発動機とでも言うべき物が何処かに有るのだろうが、外側から見てそれがある場所を見抜くのは無理が有るし、普通は一番装甲が厚い部分の奥だろうから、やはり現実的では無い。
「何処か……装甲が薄くて、致命的な部分……!? 有った!」
木瓜が乗っているであろう操縦席に繋がっていると思しき窓、そこを打ち抜き操縦者を倒せばソレで蹴りが付く!
最悪中身を潰せなくても、ソコに穴が開けば誰かが後詰で止めを指してくれるだろう。
問題は狙って飛ぶには、氣の制御が甘い事だが……
「七、手前が投げます。貴方は攻撃に全力を注いでください!」
と、両手を丸で排球でもするかの様に手を組んだりーちが解決してくれる。
圧倒的な数に囲まれて尚、前後左右何処を見ても仲間が居るのだ、やってやれない事は無い。
「大きいので足を止めてやる! 殺れ七! 大根流鍬術奥義! 爆砕天地返しぃぃぃいいい!」
そんな叫びと共に大根の足元に鍬が叩きこまれるのと同時に、俺は全力で跳ばされたのだった。




