四百五十 志七郎失策を打ち打開策を放つ事
お祖父様の掌から打ち出された極限まで圧縮された氣の塊は、触れるものを打ち砕き、弾き飛ばし、叩き潰し、道を切り拓いて行く。
「ぬぅぅぅうううぉぉぉおおお! りぁぁぁあああ!」
とは言え然程時間を置かずの大技二連発は流石にお祖父様でもキツイらしく、口の端から微かにこぼれ落ちる一筋の鮮血を俺は確かに見た。
……考えてみれば無理も無い、人一人が限界まで氣を振り絞った後には氣脈痛と呼ばれる激痛が全身を蝕む事が有るのだ。
ましてやお祖父様は、肌を晒す事で大気中に漂う氣の元とでも言うべきものを取り入れ、更に高濃度アルコールを摂取しソレを氣に変換すると言う荒業で、唯でさえ莫大な自身の氣を数倍まで膨れ上がらせた直後である、当然身体に負担が掛からない訳が無い。
しかも思い返せば八層でも、身体に負担が掛かる故に多用出来ないと言う技を何度か使っていたのだ、お祖父様も此処まで決して後ろに構えて楽をして来ただけ……と言う訳では無かったのだ。
「りーち、ぴんふ、歌……武光! 斬り込むぞ、覚悟を決めろ!」
身体を張らず役に立っていなかったと言えるのは、むしろ俺達の方である。
「剣は……不慣れですが、足手纏いには成りません」
いくら『鬼切小僧連』等と通り名で呼ばれる程に鬼切を繰り返したとは言っても所詮は子供、今回の討伐行に付いてきたのも若手先輩達の活躍を見せ、その鼻っ柱をへし折って置こう、と言うのが建前だったりするのだが……。
「おう! 誰に向かって言ってんだ! 俺は何時で行けらぁな!」
正直な話、銃器を使う事が出来ないりーちを除けば、俺達小僧連はそこらの若手より余程戦えると言う自信が有る……増長では無い、俺がこの世界を離れている間にも彼らは彼らで濃密な経験を積んできたのだ。
「お野菜を刻むならば任せて下さい、コレでも大分料理の腕も上がったんですよ」
故に態々俺が檄を飛ばす必要は無かった。
「余が先陣を切る! 皆の者! 背中は任せるぞ! 余が手柄を上げた暁にはきっちり報いる故安心して戦うのだ! 兄者! 行くぞ!」
ただ一人、碌な経験を持たない武光ですらもが、俺に言われるまでも無く腹を括り、覚悟を秘めた視線を大根へと向けてそう吠え、
「当代将軍禿河光輝が孫、猪山藩預かり、禿河武光! 推して参る!」
お祖父様が魂を削って切り拓いた道を、誰よりも速く駆け出すのだった。
刀、手裏剣、鎖分銅に短弓、その他にも氣功を交えた体術に吹き矢や投銭まで使って、圧倒的な手数で武光は先陣を進んで行く。
群の奥に支援妖術を扱う赤茄子を見つければソレを矢で居抜き、近場の味方に忍玉蜀黍が近づけば鎖分銅で縛り上げ、指揮官の南瓜大王を見つければ前衛の隙間を手裏剣と吹き矢でその動きを牽制する。
当然その間も襲いかかってくる胡瓜戦士や甘藷侍に対しては、短弓から一瞬手を放し居合一線叩き切ると、未だ空中に有る弓を取り直す……という
いや……奇怪しいだろう、なんで実戦経験なんて禄に無い癖に、即座に武器を切り替えて戦えるんだ?
しかもその判断に迷いは無く、武器を切り替える所作に淀みも無い。
俺の記憶が確かならば武光は、神の加護等と呼ばれる『生まれながらの技能』を持っていなかった筈だ。
という事は彼が扱っている全ての武器武芸は、コレまでの努力に依る物で間違いない。
必要以上の装備は行動の邪魔に成るからと、持ってくる武器は厳選していてコレなのだから、身体が出来上がって来れば手を付けられない事に成るだろう。
きっと彼は習い学んだ端からソレを超高速で身に付けていく、云わば究極の秀才とでも言うべき才能の持ち主なのだ。
と、考えれば、恐らくあの複数の武器を状況に応じて切り替える戦い方は、断狼義兄上から習い覚えた物を自分なりに昇華した結果の物だろうか?
しかも気が付けば何時の間に召喚詠唱を済ませたのか、兜の上には黒江が座り手が回らぬ方向の相手に水弾や風弾の魔法を放っている。
あれだけの物理戦闘と平行して魔法まで扱うとは……もしかして武光の奴は俺より精霊魔法を使いこなしてるのでは無かろうか?
そんな事を考えながらでも俺は刀を振り抜き胡瓜戦士を叩き斬り、逆の手に持った拳銃で茄子弓兵を撃ち抜く。
他の者達だって黙ってみている訳では無い、最前線に上がった事で他人を巻き込む可能性が消え、ぴんふは思う存分大技を放ち野菜を纏めて地面に鋤き込んでいるし、歌も槍と刀を上手く切り替えながら中近の間合いに入る野菜を切り刻んで進む。
一段劣るとは言え、りーちだって単体戦闘力ではこの迷宮最強格の存在である『暴れ花芽野菜』を相手にしても、流石に鎧袖一触とまでは言わずとも、決して負ける事無く数合の後には倒している。
後に続く若手達に限界近くまで疲労してる者も居るだろうに、誰しも一歩も引かず前へ前へとお祖父様が切り拓いた『道』を更に深く広く押し広げていく。
だが……
「何をちんたらやっとるか! この戯け者共が! 敵中での戦闘心得その一! 雑魚に構わず頭を潰せ! とろとろやっとったらその樹護操機モドキが動き出すぞ! そうなりゃ被害無しってな訳にゃぁ行かねぇなぁ、手前ぇらの足りない頭でも分かるじゃろが!!」
氣を絞り尽くし、年相応の皺だらけの老人の姿に成って尚、手にした大小を振り回し、後方に居ながらも己の身は己で守ると言うふうな戦いぶりを見せていたお祖父様に、俺達の戦い方が間違っていると指摘された。
現にその言葉の通り、俺達はお祖父様が作った『道』を半ば程まで進んでは居たが、その先は数えるのも馬鹿らしい程の野菜が押し寄せ再び塞いで居る。
「え!? あ!」
先頭に立った武光が眼の前に立った敵や仲間を狙う敵を仕留める為に足を止めてしまったが故に、他の者達も皆眼の前の敵の排除に動いてしまったのがこの失策の原因だろう。
勿論ソレは武光だけの責任では無い、皆が皆ただ只管に前へ、と言う意思を持たず漫然と戦った結果に過ぎない。
だがだからと言って、悔やんで居た所で事体は悪化するだけだろう。
流石のお祖父様もあの規模の大技をもう一発と言うのも難しいのは考えるまでも無い。
と成れば、同規模の広範囲攻撃を為し得るのは……恐らく俺だけだ。
「俺が纏めて吹っ飛ばす! そうしたら今度こそアレを止めるんだ! 誰が倒してもソイツだけの手柄じゃない! 皆でアレを倒すんだ!」
そう叫びを上げれば、何をするのか察したらしいぴんふとりーち、そして歌が俺を守る位置でそれぞれの武器を構え直す。
「古の盟約に基づきて、我、猪河志七郎が命ずる! 四煌戌よ我が言葉に導かれ、現れ出よ!」
この世界を離れている間に大きく育った四煌戌は、その体格に合わせて召喚の為に必要な魂の力もまた大きく成っていた。
魂力自体は三十路半ばを経験した俺であれば何ら問題は無い、だがそれでも未だ成長途中の身体には大きな負担が有るのだ。
四煌戌の身体が俺の直ぐ側で実体化するに連れて、心臓を握られる様な痛みが走るが、きっとソレは今のお祖父様に比べれば些細な物の筈である。
「「「うぉぉぉおおおーん」」」
「古の盟約に基づきて、我、猪河志七郎が命ずる! 赤の焔、翠の風、二つの精霊力一つに束ね銀の雷を成せ!」
紅牙、翡翠、御鏡が綺麗に揃った遠吠えを響かせ完全に現界したのを確認した俺は、即座に雷属性魔法を詠唱し始める。
放つのは雷属性特有攻撃魔法『連鎖雷撃』だ。
魔法の難易度としてはお花さんに実践レベルに有ると言われた『火玉』より少し上で、今の俺が単独戦闘で放つには無防備を晒す時間が致命的に成りかねない物である。
だがこの魔法は一度放てば、四煌戌達が敵と認識する相手が居る限り、延々と続けて攻撃をし続ける、今の『対軍』とでも言える状況にはピッタリの魔法の筈だ。
そして詠唱の際に方向性を示して置けば、先ずあの大根への道を開くと言う効果をもたせる事も可能だろう。
そんな今の俺にとっては十分『大魔法』と呼べるものが使えるのも、詠唱の隙をカバーしてくれると信じて居るからだ。
「……撃ち放て雷光! 穿け雷撃! 連鎖雷撃!」
文字通り稲光が走り、野菜の焼ける美味しい臭いが漂い始めるのを感じながら、俺達は再び大根を目指して走り始めるのだった。




