四百四十八 悪五郎、戦場を放り投げ英雄達の思い出を語る事
地の利が敵に有る? ならば地形をぶっ壊せば良いじゃない?
そんな格言は寡聞な俺はとんと聞き覚えが無かったが、お祖父様が取った行動はつまりはそう言う事だった。
お祖父様の咆哮と共に襲った激しい揺れは、お祖父様が比較的手加減少な目に放った『魔王咆哮剣』で迷宮の壁を薙ぎ払ったが故に発生した物だったのだ。
細長く折れ曲がった通路の続く地下迷宮では、飛び道具の最大の利点で有る遠間での攻撃と言うのは中々活かし辛い。
だが全く役に経たないかと言えば決してそんな事も無い、曲がり角を利用し待伏せし、姿が見えた時点で射撃する……と言う使い方をすれば此程凶悪な手は無いと言えるだろう。
無論、この江戸の……いや世界中の強者に番付を付けたならば、最低でも三役は堅いであろうお祖父様ならばその程度の事は屁でも無いだろうが、鎧を砕かれた者も少なくない若手連中では足手纏にも成りかねない。
そも痛手を受ける羽目に成った第八層だって十分な広さが確保出来ていたならば、ここまで多くの負傷者を出す事には成らなかった筈なのだ。
故にお祖父様は広い場所で多対多の『戦』が出来る場を整える為に、そんな無茶をしたと言う事である。
その結果、俺達の眼の前に広がっているのは広大……と言えば言い過ぎかもしれないが、ぱっと見る限りでは何処に端が有るかも解らない程の大部屋に成っていた。
と言うか破壊された壁の瓦礫も、待ち受けていた筈の隠元豆鉄砲隊の死体も見当たらないのは、ソレだけ凶悪な氣の本流に押し流されたのか、それとも蒸発するほどの圧倒的な破壊力で薙ぎ払われたのか……
兎角、只人に出来る様な真似では無い事は間違いない。
「うーっし、取り敢えず儂の仕事はコレで一段落じゃの。流石にコレだけの氣を続けてぶっ放すのは堪えるわい……。場は整えた故この階層は御主等に任せるぞ、どうやら手柄首は最下層に居るようじゃからの」
流石にここまでの大技はお祖父様でも負担に成るようで、普段の齢八十を回ったとは思えぬ張りのある肉体が二回りは萎んで歳相応の老人の姿を晒し、指差す先には数匹の南瓜とソレが呼び出す軍勢が現れ始めていた。
お祖父様が雑魚散らしをして、俺達を含めた若手連中が親玉の首を取る……と言う話だったと思うのだが、ソレは最早有名無実と化している気がするが、まぁ御祖父様だし今更なのだろう。
各藩の家臣達も『話が違う』等と騒ぎ立てる様な事は無く、覚悟を決めた顔で予備の得物を抜いたり、氣を回復する霊薬を口にしたりと、それぞれがそれぞれ戦う準備に余念が無い。
「この分だと野菜の軍勢だけで無く主も相手にせねば成らぬのは明白、此処でくたばればソレは只の犬死ぞ?」
「然り、このまま討ち死にと為れば我らは悪五郎に踊らされた愚か者と末代まで笑われようぞ」
「手柄を立ててこその武士、手柄首を上げてこその武人、生きて帰ってこその手柄、家に帰るまでが鬼切りだ、猪山の者だけに手柄を独占させて成るものか」
「逃げる奴は只の野菜だ! 逃げない奴はよく訓練された野菜だ! 本当鬼切りは地獄だぜ! フゥハハハーハァー!」
……大丈夫だよな? これ皆色々とぶっ飛び過ぎて無いか?
「これだけ広い場所で戦えるのなら、いつもの銃を持ってくれば良かったですねぇ。試作型は今一つ連射速度に不安がありますし……」
「私も弓を持ってくれば良かったですね、流石に皆と一緒に切り込むには私では体格が足りないですし……」
「乱戦じゃぁ大根流は使い辛いんだよなぁ、一撃で広範囲を吹っ飛ばすのが売りだから……」
諦めの境地故か螺子が一本飛んだ様子を見せている若手連中とは違い、小僧連の皆は比較的落ち着いているが、状況と装備的に考えて此処が俺を含めた子供達の活躍の場には成り得ないと言う判断を下したからだろう。
鬨の声を上げ突っ込んでいく侍達、俺達はただ静かに見送るしか無かったのだった。
「……と言うか、これだけ派手にぶっ壊して大丈夫なのか? この上辺りは鬼切り者を当て込んだ市と宿しか無いとは言え、仮にも江戸市街の一角ぞ? 崩れ落ちる様な事に為れば惨事どころの騒ぎじゃぁ無いのではないか?」
元来第九層に出現する『人斬り人参』に『悩混菠薐草』『暴れ芽花野菜』の三種を加えた野菜連合軍と、四藩連合隊の戦いはその見た目のシュールさを無視すれば、激戦と言う言葉が何よりもしっくり来る。
にも関わらず、そんな疑問を口にしたのは、当然と言うか何というか相も変わらず己の道を行く武光である。
とは言え、確かに江戸市中に化物が出現しない様、ソレを封じ込める場所である地下迷宮を破壊する様な真似をして問題には成らないのだろうか?
武光の言う通り地盤沈下なんて事にでもなれば、大妖が地上に出る程とは言わずとも、少なくない損害が出るのも間違いない事実である。
しかも大々的な広報戦術を打った上での突入前である以上、どんな言い訳をしようと猪山藩猪河家が非難の対象と成るのは避けられないだろう。
「心配せずとも大丈夫じゃ、地下迷宮の壁ってのは幾らぶっ壊しても、放って置けばその内悪食粘液が寄って来て固まって勝手に直るからの」
と、経験者は語ると言う風なお祖父様に拠れば、この手の壁粉砕は初めての事では無く、迷宮に依っては壁を破壊しなければ入れない所に大量の宝箱が湧く……なんて場所も有るらしい。
勿論、生半可な攻撃で破壊する事など出来はしないのだが、ソレ専用の鶴嘴が宝箱から出る事が有り、結構な価格で取引されているのだそうだ。
なお、お祖父様放った魔王咆哮剣は当然壁を破壊するのに特化した技と言う訳では無く、単純に生半可では無いと言うだけだ。
以前その技を放った時には、その一撃が世界樹に測定値限界超過を叩き出し、大規模な世界改変の原因と成ったと言うのだから、そりゃ生半可な筈が無い。
ちなみにその世界改変でお祖父様の技が弱体化したとかそう言う話では無く、記録として残る数字の最大値が大幅に引き上げられたのだそうだが、未だにそれ以上の数字が観測された事は無いらしい。
それでもなお武勇の二つ名よりも悪辣な策略家としての名の方が広く伝わっていると言うのだから、そりゃぁ『魔王』呼ばわりもされますわ……。
「とは言え、儂が世界最強の男って訳じゃぁ無いぞ。上様のお供で世界樹へと行った時に手合わせした数多の英雄達は間違い無く上手じゃったからの」
氣功回復薬を少しずつ飲みながら話す若い頃の武勇伝。
火元国の中に限れば文武双方で並ぶ者は居ても、超える者は居ないと言い切れるが、ソレが世界樹の神々に招聘された世界中の英雄達……となると両手の指で数え切れる程では有るが、絶対に勝てるとは言い切れない者も居るのだそうだ。
「懐かしいのぅ、剣王エルリック……格闘王ロバート……山人の英雄ウルリッヒ、獣人の勇者チンク・ザ・ラビット……皆どうして居るかのぅ。歳も歳じゃからなぁ何人が今でも生きて居るのか……」
お祖父様が火元国を出たのは後にも先にもその一度きりだったとの事だが、その旅路は極めて濃密な物でその思い出を語るだけで、長編小説の連載が出来る程らしい。
それでも世界が広いと思わせるには十分で、武勇で名を立てようとしているぴんふや、何方かと言えば武に傾倒している歌、それに武光もがまだ見ぬ英雄達に目を輝かせその話に耳を傾けていた。
「さて、思い出話に耳を傾けるのは仕舞いじゃ。そろそろ前の方が片付きそうじゃからの。下に降りりゃまず間違い無く首魁と主を纏めて相手取る羽目に成るじゃろの。儂が若手連中を率いて主と取り巻きは何とかする、じゃから胡瓜の方はお主達で仕留めよ」
好々爺の顔から再び戦人の顔へと戻り、そんな台詞を口にする。
己の失態は己で雪げ……とそう言っているのだ。
思わぬ機会を与えられた事に、俺達は一度顔を見合わせ、それから決意を秘めた目で互いを見遣り、強く頷きあうのだった。




