四百四十三 志七郎、暴力に驚き腹減らす事
と、言う訳であっという間に第三層までやって来ましたー!
いや……うん……数の暴力ってエゲツないねぇ。
狭い通路なので、一度に戦えるのは精々前衛三人後衛三人の計六人が限界で、当然妖怪達も秋刀魚の様な例外を除けば、大きく上回る数で行動している事は無い。
それに対して此方の戦術は、敵が見えるや否や先頭の者が突撃し、一当てするとそのまま突破を仕掛け、その後も同様に次々と一撃だけ加えて突破していくと言う物で、前世に聞いた新撰組の『草攻剣』と言う戦法に類似している物と思えた。
先陣を切る者は当然持ち回りだったので、順番が巡ってくるまでに他家の者達の戦い方を見る余裕が有ったのだが、ソレで解った事が有る、それぞれの藩毎に大体戦い方が似通っているのだ。
風間藩の者は大柄な者が多く、その体格と腕力を活かしたパワー戦術を得意としているらしく、先陣を切る際には敵の攻撃を躱そうともせず、鎧で受け止め逆に弾き返すと言う荒業を繰り出していた。
逆に浅雀藩は何方かと言うと技巧派が多い様で、攻撃が迫れば綺麗にカウンターを合わせ、先手を取れば確実に急所を叩き切る、一撃で仕留められない時には次の者が仕留めやすい様にきっちり崩しを入れる気遣いさえ見せている。
それら二藩に比べ、仁鳥山藩の者は個々の技量は決して勝っているとは言い難い、だがその分装備の質が圧倒的に良く、結果として他藩の者に劣らぬ戦力と成っていた。
なお今までなら誘われていたであろう富田藩は、比較的小柄な者が多くその代りに身のこなしの速さと手数の多さは追従を許す物ではなかった……と言うのがお祖父様の言である。
そしてもう一つ比べて思ったのが、猪山藩の頭が悪いとしか言い様の無い無駄に高い戦闘力だ。
今回の参加者は皆若手ばかりと言う事で、然程大きな差は無いだろうと思っていたのだが、力で風間の者に勝り、技術では浅雀藩より優れ、装備こそ仁鳥山のソレに敵わずとも決して劣る物では無く……。
結果として猪山藩の者が先陣を切れば、一当てして突破すると言う戦術は成り立たず、その一太刀で打断斬る。
手加減しろよとまでは言わ無いが、それでも『戦術なにそれ美味しいの?』と言わんばかりの戦い方は一寸どうかと思うんだ。
いや一人の武人としての完成度の高さで言えば先ず間違い無く猪山藩の物達が正しいのだろうとは思うのだが、恐らくその分頭が悪い……武士と言う為政者階級の者として考えるならば赤点が付くのは間違い無いだろう……ソレが良いのか悪いのか……。
ちなみに二層の霊刀秋刀魚の群れにはその戦術は通じないとも思ったのだが、暫く休ませる事を前提に、一人が氣を通路一杯に放ち纏めて叩き落とすと言う荒業で対応していた。
コレもまた人数が居るからこそ出来る、数の暴力の一側面と言えるだろう。
兎角、完全に過剰戦力といえる状況で、道中の妖怪達は斬り倒したらそのまま打ち捨てて一気に此処まで下りてきた訳だ。
仕留めた獲物を捨てていくのは少々勿体無い気もするが、だからと言って全部拾って行けば邪魔な荷物が多く成りすぎる。
普通の鬼切り者が下層の獲物を取りに行く場合にも同様の事が有るのだろうが、そういや打ち捨てられた妖怪の死体が腐臭を放っているのも見た覚えが無い。
「腐った物は疫病の発生源にも成りかねないし、誰かが処理してるんだろうか?」
誰に言った訳でも無く、思わず考えている事が口を突いた……と言う感じでボソリと呟けば、
「そら地下迷宮にゃぁ悪食粘液が居るからのう。ありゃ見かけても手を出してはアカンぞ。まぁ狙って待つ様な事をしなけりゃ先ず遭遇する事は無いがな」
と、お祖父様が答えてくれた。
曰く、地上でくたばった鬼や妖怪は放置しても、狼や熊、烏や鼠の様な肉食獣の餌と消えるのだが、その手の動物が居ない地下では死体を放置すると何処からともなく悪食粘液と呼ばれる妖怪が湧き出しソレを食らうのだと言う。
鬼や妖怪だけで無く人やソレに類する存在の死体も感知して食らうその化物は、物理攻撃が全く通じず術の類を使うか膨大な氣を叩き込む位しか倒す方法が無いのだそうだ。
しかも倒した所でなんの素材を剥ぎ取る事も出来ず、鬼切奉行所からの討伐報酬も全く出無い、しかも幾ら倒した所で格が上がる事も無い……と完全に骨折り損のくたびれ儲けにしか成らない厄介な奴らしい。
幸いと言うか何というか、出現するのは死体が消化されている間だけで、暫くすれば床や壁に染み込む様に消えて行くので、余計な手出しをしなければ何という事も無いのだそうだ。
「ただし下層で出る物には注意が必要じゃ。時折天井から殺気も無く落ちてくるからの。まぁ喰われる訳では無いがな」
悪食粘液は生きた物を喰わないので、ちょっかいを出したとしても返り討ちに有って命を奪われる……と言うことは無いと言う。
しかし考えて見て欲しい、多くの鬼切り者の身を鎧う防具や得物の材料が何なのかを。
そう大概の場合、鬼や妖怪の死体から剥ぎ取った素材を使っている。
つまり装備品は大体悪食粘液に喰われると言う事に成る訳だ。
幾ら直接命を奪われる事は無いと言った所で、戦場の奥深くで裸に剥かれる様な事に成れば……まぁ、長くは無いだろうし、運良く脱出出来たとしても経済的に打撃を受ける事は間違いない。
お祖父様の言う通り、下層では天井に気を払って歩く必要が有るだろう。
「ふむ……疑っていた訳では無いが、どうやら本当の様じゃのう。三層に降りてから此方、気配すら無いわ。そろそろ春野菜が出回る時期じゃから良かったものの、もちっと寒い時期なら町民の食膳が酷い事に成っとったろうのぅ」
と、三層から四層への順路を進んでいくと、ふいにお祖父様がそんな事を言いだした。
南の方の藩であれば真冬でも野菜が取れなくは無いが、足の早い物は流石に地元以外に売られる事は無い。
ある程度保存の効く物は江戸に運び込まれる事も有るようだが、そう言うものは当然江戸州内でも栽培されており、わざわざ持ち込まれるのは上様への献上品位だろう。
多くは漬物や干物の様な保存食に加工された野菜を……と言う事に成るのだが、世界が違うとは言え食に煩いと言う性質に変わりの無い火元人、時には新鮮な野菜を口にしたいと思う事も有る、そんな時に重宝されるのが地下迷宮産の野菜だ。
とは言え、妖怪野菜は普通の農作物と比べて基本的に高い。
そりゃぁ命懸けで手に入れる品なのだから、ある程度の値段が付かなければ誰も態々取りに来る事も無いだろう。
味で旬の物には敵わないが、それでも季節問わず何時でも欲しい物が手に入る……と考えれば銭に糸目を付けず出す者が全く居ない訳では無い。
それに畑産の野菜は基本的に下肥を使う関係から火を通さず食えばほぼ確実に中るので、生野菜が食べたければ妖怪野菜一択と言う事に成る。
なお此処新宿地下迷宮では無いが、豚カツには付き物の『玉菜の千切り』の為に狩られる『飛び玉菜』は、霊刀秋刀魚が単独行動しているのと同程度の雑魚具合にも関わらず一匹四百文が相場だと言うのだから、生野菜の貴重さがよく分かると言う物だ。
そういや此方でサラダとか食った記憶が無いな、いや冷やした赤茄子を齧ったり、胡瓜に味噌を付けて……ってのは有ったな。
アレは礼子姉上が下肥を使わず育てた『清浄野菜』だと言われた事を朧気ながら思い出す。
うん……この戦いが終わったら綱寒と玉菜の迷姉酢のサラダ食べるんだ……一寸高くたってその分稼げば良いし、なんだったら自力で材料を取りに行ったって良い。
そんな事を考え微妙に腹の虫が騒ぎ出すのを感じ、俺は自身の緊張感の無さに思わず苦笑するのだった。




