四百三十七 志七郎、手持ち無沙汰を感じ戦果に慄く事
「なぁ七……これ俺達居る必要有るのか?」
新宿地下迷宮に入って暫く順調に歩を進め、数匹の豚足を武光が見事討ち取った頃、俺と共に後方を警戒していたぴんふがそんな事を呟いた。
「何言ってんだ、初陣の付き添いなんて万が一の事が無けりゃ何もしないのが最上の結果に決まってるだろ」
今までに関わった初陣を思い返して見れば、俺の時は義二郎兄上は最後まで手を出す事は無く、りーちの時も余計な横槍が無ければ俺の出番は無かった筈で、歌の時のやり方は初陣としては少々問題が有ったと思えなくもない。
素質が内政型に偏っていて技量に不安が有るとか、そう言う相手ならば付き添いの者が出張って形式的な初陣にすると言う事もあり得るだろうが、その後も継続的に鬼切りを為す前提で考えるならば、本人に経験を積ませる為にも手を出すべきでは無いのだろう。
「と言うか、手を出す余地が無いって言うのが本当の所じゃ無いですか? 外なら兎も角、地下なら下手しなくても手前等より上手なんじゃぁ……」
最近、やっと刀での実戦に慣れて来たばかりのりーちが引きつった笑みでそんな弱音を吐く。
「まぁ、私やりーちは何方かと言えば遠間での戦いが本領ですから……」
弓、槍、刀と遠近問わずの歌も、何方かと言えば遠距離戦の方が得意だそうで、主武器で有る弓が使え無い地下迷宮での戦闘は苦手なのだそうだ。
とは言え二人とも、乱戦にさえならなければ一層に出る敵を相手に遅れを取る事は無い。
にも関わらず、俺達全体を指して武光達の方が上手だと言わしめるのは偏に彼ら三人の戦力がこの地下迷宮と言う地形と極めて高い水準で噛み合ってしまっている事だろう。
「武様、右手間の通路より二匹の足音がします。左奥二番目の通路からも一匹……、先行し奥側を受け持ちます」
幼くとも忍びの者として修行を積んだ忠は優れた感覚の持ち主で、恐らくこの場に居る誰よりも高い索敵能力を有する。
更には壁や天井を縦横無尽に飛び回り、手裏剣やら術やら圧倒的な手数で敵を封殺しに掛かるその戦闘方式は、この狭い地下では間違い無く頼りに成るだろう。
敢えて問題点を上げるとすれば、術も含めて今の段階では火力に欠ける為、数で押されると危ないかもしれないと言う事だが、彼女の索敵能力が有ればそう言った状況に陥る可能性は極めて低い。
「んだら、手前の一匹はオラの獲物だぁな。武様、援護さすっけぇ安心して飛び込んでくんろ」
次に蕾だが、取り回しの良い短弓を得物とする彼女もまた、此処では大きな戦力で有る。
間合いこそりーちが普段使いしている狙撃銃に劣るものの、その命中精度と速射性は極めて高く、今日も既に豚足一匹、手羽先二匹の目を射抜く事でたった一射で仕留めていた。
「お忠、手前のを始末したら直ぐに駆けつける故、無理はするな。お蕾も無理に目貫きを狙わずとも良いぞ、足止めさえしてくれれば余が仕留めるからな」
そして彼らの主将を務める武光は、此処暫くお祖父様の指導を受けた結果、極めて安定した氣功を用い、主火力としてバッサバッサと言う表現がしっくり来る様な感じで、次々と獲物を仕留め続けていた。
……と言うか、狩る速度が早すぎて、四煌戌の背中に括り付けるのもソロソロ限界が近づいている気がする。
恐らくは桂殿も武光だけが戦うと言う前提として此処を勧めてくれたのだろう。
正直たった二人追加しただけで、此程短い時間で此処までの戦果を叩き出すとは、誰も想像していなかった筈だ。
少々早いとは思うが、鬼切りは銭を稼ぐ手段な訳で、収入の大部分を占める素材を放置すると言うのでは本末転倒と言う物だろう。
「おーい、お前等、そろそろ獲物の回収も限界近いからなー。もう一当てしたら一旦帰るぞー」
故に次の獲物へと向かって駆け出す彼らの背中にそう言葉を掛けた。
「「「はーい」」」
帰ってきた返事はまぁ、歳相応の子供の物だった。
取り敢えず、一寸早いが昼飯前の戦果は豚足八匹に手羽先十二匹、つるべ落としが五体と、初陣としては大戦果と呼ぶに相応しい物であった。
買い取り価格は解体費用なんかを差し引いて、豚足が一匹辺り一貫少々、手羽先は大体その半分位と成る事が多い。
その日に依って多少変動は有るので、必ずしもその額面と断言する事は出来ないが、概算としてはコレまでの分だけでも十六貫文=四両程度にはなるだろう。
加えて鬼切り奉行所からも討伐報奨が出るが、此方はまぁ素材収入と比べれば誤差程度の、文字通り子供の小遣い銭程度の額に収まる筈だ。
はっきり言って子供が半日で稼ぐ額では無いのは間違い無いが、一歩間違えれば命を落としかねない危険の有る仕事だと考えれば、妥当と言えなくもないだろう。
「んー、オラの輝騎も喚べばもちっと持って帰れるだが、もう帰ぇるだか?」
蕾の契約した輝一角獣は、四煌戌と然程変わらぬ体格の四足獣なので、同様に荷運びも可能では有るだろう。
だが契約したばかりでは意思疎通も未だまだで、その身だけならばまだしも余計な荷物を大量に背負わせていては、突発的な事体に対応するのは難しい筈だ。
「武様! 上!」
と、実際、帰還の道中にも天井からはつるべ落としが降ってくる。
奴はその場にずっと待機し、下を通り掛かった時に降ってくる……と言う訳では無いらしく、忠や四煌戌の索敵に引っかかる事無く行き成り出現するのだ。
けれども出現してから落下するまでに多少の時間差が有るので、乱戦の中で割り込まれる様な事が無ければ、そうそう攻撃を食らう物では無い。
「おう! 解ぁってる!」
実際、落ちてきたソレを武光はあっさり小さく後方へと飛び退る事で回避し、唐竹割りの一撃で仕留めていた。
つるべ落としは食える部分も無ければ、武具に加工できる素材も取れない完全なハズレ妖怪だが、襲ってくる以上倒さずにすり抜けると言う訳にも行かないのだ。
その分と言う訳か、一層に出現する妖怪の中では一段高い討伐報奨が設定されているが、やっぱりソレだけでは昼飯代に成るか成らないか微妙な所で有る。
「お? なんか出たぞ?」
叩き切ったつるべ落としを除けて、そのまま出口へと歩を進め様としたその時だった。
つるべ落としの残骸がボフン!! と煙を上げて消え、代わりに漆塗りの大きな木箱が出現したのだ。
それは鼠島で俺が狙っていた獲物『妖怪 宝箱』であった。
江戸州内ではあの場所に埋まっている事が多いのだが、他の戦場で見つからないと言う訳では無い。
極めて珍しい事象では有るが、化物を撃破した際にもこうして素材の代わりに出現することが有るのだ。
しかし鼠島のソレは罠も無ければ鍵も掛かっていない事が多いのに対して、化物撃破の際に出現した物は注意しなければ成らないと、以前聞いた覚えが有る。
幸いこの場にはそれらに対応出来る人材が居るので、彼女に任せれば良い臨時収入に成るだろう。
罠や鍵開けは斥候系であれば必須技能と言える、一般的にその範疇に有ると考えられている忍者は当然その手の訓練を積んでいるのだ。
「おっし! 何、入ってっかなー?」
……問題はソレを理解していない愚か者が居たと言う事だった。
「ちょ! 馬鹿! やめろ!」
せめて鍵が掛かって居たならばこの後の不幸は無かった筈だ……武光の馬鹿が開いた宝箱の中から光が溢れ出し……そして……
『おおっと! テレポーター』
そんな声が、何処かから聞こえた気がしたのと同時に、上下左右すらも喪失する様な浮遊感に包まれたのだった。




