四百二十九 志七郎、魔法学習を再開し叔父と成る事
大変お待たせ致しました、何とか体調も回復し更新再開でございます。
ご心配をおかけし申し訳有りません、今後共お楽しみ頂ければ幸いです。
氣を高めるのとは違う心を鎮める為、静かに深く長く息を吐く。
身体の奥深く、物理的に存在している訳では無いがソレでも確かに有ると感じられる氣の源……其処から外へと伸びる魂の繋がり。
四煌戌と俺を結ぶ古の契約に依って結ばれた縁、ソレに深く深く意識を集中する。
「古の盟約に基づきて我、猪河志七郎が命ずる……我が前方八間先を起点に半径三間の範囲に数多の水弾を振らせよ……水雨」
心臓の奥がムズ痒く成るような奇妙な感覚と、其処から流れ出す氣とは別の何かに気を取られそうに成るのを、気合でねじ伏せる。
精霊魔法の中でも攻撃に使われる魔法は段階を踏んで威力と範囲を広げていく。
まず基礎となる『弾』が有りそこから、速度と威力を増した『矢』、着弾地点から多少広がる攻撃範囲の『球』、起点を指定し一定範囲を吹き飛ばす『爆』と続いていく。
そして今俺が命じ放った無数の弾を指定範囲に降らせる『雨』はお花さんから写本を許された中では最高難易度に成る攻撃魔法だ。
とは言え此処から先が無いと言う訳では無く、ソレこそ戦争規模の大魔法なんて物も存在はしているが、その位の魔法を其処らで練習すると言う訳には当然行かず、その辺を学ぶには専門の施設を持つ魔法学会への留学が必須との事だった。
兎角、四煌戌の三つ首の一つ御鏡が咆哮を上げると共に水雨の魔法がゲリラ豪雨の様な激しい音を轟かせ、訓練場として使われている中庭の地面を泥濘みに変える。
「うん……まだまだにしてはまぁまぁね。其処まで深く集中しないと発動出来ない様じゃぁ実戦では使い物には成らないわ。もっと自然に絆を掴める様じゃないとね」
そんな評価を口にしたのは、つい先程西方大陸から戻って来たお花さんだ。
彼女は世界の中心に存在する世界樹を経由して北方大陸へと錬玉術師候補を、更に西方大陸へ魔法使い候補達を送り届けた後、一度火元国へと戻り、おミヤを連れて再び北方大陸へ……と俺が居ない間世界中を飛び回っていたらしい。
そして今回戻って来たのは、再び俺に魔法を指導する為と言うよりも、義二郎兄上の子供が無事に生まれた事を報せに来たと言うのが先に立っていた。
本来ならば出産が終わり、ある程度状況が安定した時点でおミヤはこちらへと戻ってくる筈だったのだが、瞳姉上だけで子育てをするのは無理が有る為、子供達がある程度大きく成るまでは、あちらに居る方が良いとおミヤが判断したのだと言う。
「でも、さっき見せて貰った火弾は十分実戦で使えるレベルだと思うわ。教えた期間を考えれば十分な成果だと思うわよ」
「と言うか、いい加減に俺にもその手紙を見せて下さい。そっちが気になってる状態で集中しろって方が無理でしょうよ」
何故此方に戻ってきたのか、何故おミヤが向こうに残る選択をしたのか、その詳細が記された手紙は母上の手の中に有り、俺はその概要を知らされただけで、魔法の練度を測る為、幾つもの魔法を行使させられたのだった。
瞳義姉上の出産は早産気味な上に極めて難産で、一時は母子共に危険な状態と成ったが、歴戦の産婆で有るおミヤが全力を尽くした結果、何とか無事に終わったのだそうだ。
難産の最大の理由はその子供の数、なんと瞳姉上の腹に宿った命は六つ子だったのだ。
しかもその子供達は猪山の血統ちゃんぽんの集大成とでも言うべきか、皆それぞれが全く別の妖怪の形質を継いで居るのがひと目で解る様な……そんな特徴を持って生まれて来たのだという。
その内訳は『狐耳の娘』『犬耳の娘』『猫耳の娘』『狸耳の娘』『蛙目の娘』に『岩の様な肌の男の子』と、普通の『人間』が一人も生まれなかったのだ。
北方大陸には山人や獣人も多く住み、ソレらと人間のハーフと言うのも決して珍しい事では無いらしいが、流石に一度の出産で此程バラエティに富んだ亜人種が生まれてくる様な事は無い。
そんな状況では下手な使用人を雇えば変な噂を呼び、余計な騒動に発展する可能性も有る為、おミヤが一肌脱ぐと言い出したのだそうだ。
碌に言葉の通じない異邦の地で初めての子育て……ソレもあからさまに超常の血を引く子供六人を、瞳義姉上一人で育てろと言うのは流石に無理難題にも程が有る訳で……。
彼女が此方に戻らない事については母上も異存は無く、恐らくは国許の父上も文句は無いだろう。
「まぁ此方で彼女が出張らないと成らない様な出産が有るなら、私が迎えに行くなり猫の裏道を通って来るなり、いくらでも方法は有るわ。ただ猪山の事を知らない向こうの人達から見ればアレは悪魔の呪いと勘違いされかねないのよ」
北方大陸に出現する『悪魔』に分類される魔物の雄淫魔は女性に取り憑き、その腹に不特定多数の『精』を入れ、両親とは似ても似つかない……時には種族さえ違う『取り替え子』を産ませるのだと言う。
そうして生まれた子の多くは普通に育つのだが、稀とは言え大きな事件を起こす『悪魔の子』と成る事も有り、取り替え子は周辺から迫害とまでは言わずとも、警戒される事に成るのだそうだ。
「此方でも鬼の血を引く子が暴れる様な事は偶に有るけれど、普通の人間が咎を犯す方が余程多い話なんだけどねぇ……。まぁ子供達が船旅に耐えられる程度に育ったなら直ぐにでも此方へ戻るそうだし、おミヤが居れば問題は無いでしょう」
手紙を畳みながら、ため息と共にそう言ったのは母上である。
その表情は初孫の顔を早く見たいと言う期待と、無事を願う不安の半々といった感じだ。
「義二郎君の義手も順調に素材が集まってるみたいで、子供達とお嫁さんだけ先に帰すって事には成らなそうよ、余計な機能を追加しなければ……だけどね」
苦笑しながらそう言うお花さんが此方へと出発する前には、子供を優しく抱き上げる事が出来る程度には、繊細な動作が出来る物が出来ており、全力戦闘を考えず普通の生活をするには十分な物だったそうだ。
だが戦闘狂の気が有る義二郎兄上の事、その程度で満足する筈も無く、戦闘用に妙な機能を内蔵した様な、超高性能義手を作る様な事も言っていたらしい。
錬玉術を応用した義肢師の作るソレは機械式の物では無く、魔物の素材をふんだんに使った有機的な物らしいのだが、其処に何を仕込むと言うのか……。
「義二郎の事だ、どうせ脇腹の浪漫回路がとか訳の解らぬ論理で、阿呆の様な物を拵えて来るのだろう……殴った相手が爆発するとかその程度なら驚かんぞ俺は……」
仁一郎兄上も口では驚かない等と言っては居るが、その口ぶりは何方かと言えば自分に言い聞かせているかの様にも思える。
行動力に富み、時に斜め上の事をやらかす義二郎兄上に最も被害を被ってきたのは当然父上や母上なのだが、ソレを間近で見てきた仁一郎兄上も彼の想像も付かない突拍子の無さは十分以上に理解しているのだ。
「あ、そうそう。義二郎君から手紙とは別に志七郎君と睦ちゃんへ伝言貰ってたんだわ。海の鮪は美味かった、多分妖触鮪も美味いだろうから、帰ったら食える様に研究しておいてくれ……って」
……また一つ、地下迷宮二層に挑む理由が増えたのだった。




