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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
契と諍いと盃と の巻

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四百二十三『無題』

 高々と大上段に構えた得物に全身に流れる莫大な氣が流れ込んでいく。


 決して筋肉質とは言えない、むしろか細いと表現して間違いの無い細腕ながら、そこから全力で繰り出される一撃に耐えられるのは、余程強大な――それこそ父上が倒して来た中でも上から数えた方が早い様な化物くらいだろう。


 普通ならばそれだけ莫大な氣功を練り込めば、身体から漏れ出した割合からすればほんの僅かな分に過ぎない物でも、本能的な恐怖を呼び起こし劣情を抱くよりも前に腰を抜かすのだが、父上が徹底して制御を教え込んだ事も有り毛微塵程の漏れも無い。


 その為、氣功を高める際の独特な呼吸と共に上下に揺れる肉感的な双丘は、男ならばきっと誰しもが灯火に誘われる羽虫の如く惹き付けられる様な魅力を放ち、こうして見守る俺以外の有象無象までもが不埒な視線を向けている。


大根おおね(しゅう)術奥義! 爆砕天地返し!」


 だがそれも振り上げた両腕を振り下ろすまでの事だった、刃金の切っ先が硬い大地へと割り入り一瞬の沈黙の後、丸で巨大な蚯蚓ミミズが暴れた様に罅割れ、膨らみ……そして爆ぜた。


 その広さは大凡一町歩(約10,000㎡)、打ち据えられた大地の中へと流れ込んだ膨大な氣は、地中を暴れ回り邪魔な岩や切り株を喰らい、間欠泉の如く天高く吹き出し、巻き込んだ全てを粉々に破砕していく。


 そして弾け飛ばされた大地の欠片は、大瀑布の如き轟音を立てて降り落ちてきた。


 完全に制御されたその一撃は、土の一欠片、砂の一粒すらも外へと飛ばす事は無く、見事な『畑』を築き上げる。


「うむ! 見事……いや、美事也! 流石は猪山の姫君よ、ほんの数日で我が奥義を修めるとは! われ天蓬てんほう大明神だいみょうじん剛鬣ごうりょうの名に於いて皆伝を授けるものである!」


 この猪山に住まう神で有る天蓬大明神は農と武を司る神で、大根流鍬術を猪山に住む者達に教えた神でも有る。


 全方位が戦場と言っても過言ではない様な山に囲まれた盆地で有るこの猪山では、講武の気風が強く最下層の水呑百姓ですら男児(おのご)であれば何らかの武芸を学ぶのが常なのだ。


 そんな土地の神が教える流派に門弟が集まらぬ訳も無く、またこの地に生まれた者ならば無料(ただ)で習えると言う事も有って、領民の大半が彼の神の弟子と言って過言ではない。


 とは言え、流石に直接天蓬様から教えを授かる事が出来るのは極々一部の限られた者だけだ。


 幸い俺は藩の武芸指南役の家に生まれた事も有り、直接指導を賜る事が出来、代替わりする直掩に皆伝を受けたが、それでも一撃で耕せるのは一反(約1,000㎡)が精々で、その軽く十倍の規模で放てる我が婚約者は本当に規格外としか言い様が無い。


「それにしてもあの威力であれば、北の大陸に住む巌竜(いわおりゅう)ですら一撃で仕留める事が出来るやも知れぬ……ほんに女人として家庭に入り田畑を耕す事を望んでいるのが勿体無いのぅ」


 この火元国でリュウと言えば、大地その物で有る火竜列島その物か、竜頭島に住む『嶄龍帝 焔烙』を指すのだが、外つ国では『竜』と言うのは妖怪の区分の一つに過ぎないと言う。


 その中でも表皮の硬さと生命力の高さでは、群を抜いているのがその巌竜で、優れた冒険者とやらでもソレを倒しきれるのは極々僅かな者だけらしい。


 彼女は『鍬』を農の為の神聖な物と心に決めているそうで、ソレを武として振るう心算は無いとの事だったが、やはり主武器としてる薙刀を扱う時とは氣の乗りが全く違う辺り、その適正は鍬が上なのだろう。


 ……それにしても、


「天蓬様、良いんですか? こんな所で油売っていて。今は信三郎様が元服の試練を受けている筈では?」


 今のは自主練習で有って、別段皆伝の試験とかそう言う事では無かった筈なのだが、なぜこの神様は唐突に姿を表したのだろう。


「そりゃぁ……儂だって男じゃもん。野郎と二人っきりで居るより、バインバインのお姉ちゃんを見物する方が楽しいに決まってるじゃん! あ、此処に居る儂は分霊で本体はちゃんと山に居るよ? 流石におっぱいに惹かれて仕事放ったらかしにはしませんよ?」


 俺の問に視線を反らしながらそう言う姿は厳粛なる神のソレでは無く、完全に世俗の欲に染まった助平親父のソレにしか見えなかった。




 猪山藩は石高を不当に少なく申告している、そう言う話は江戸ではよく言われている話だが、この地に一度でも来た事が有る者ならばソレが根も葉もない噂だとは口が裂けても言わないだろう。


 公称一万石と言うのも領民の人口から逆算した物で有り、実際の耕作面積は軽くその三倍を超える。


 なにせ田畑を耕す百姓の大半が大根流をある程度修めた者達なのだ、この季節にはあちら此方からドッカンパッカンと、畑から聞こえる物とは思えぬ轟音が響き続けるのだ。


 しかもこの地に住む者の大半はその身に何らかの化物の血を宿し、武士じゃ無くとも氣を宿すのが当たり前と言う土地柄で、農作業の中でも重労働の一つで有る『耕す』と言う作業が苦に成ら無いのだから、他所から見れば『巫山戯るな』と言いたく成るだろう。


 とは言え、出来た作物を狙い田畑を食い荒らす化物との戦いが日常で有る事も考慮に入れれば、決して良い事だけとも言い切れない筈だ。


「おーい、鈴木さん家の若旦那ぁ。お裾分け持ってきただぁ! オラん()の畑で取れた鬼熊だぁよ!」


 ……鬼熊が人里に現れる様な事が有れば、余所の土地ならば史書に記される位の大事に成る、いや……鬼熊と言う妖怪で無くとも、普通の熊でも大惨事だろう。


 にも関わらず、この地では其処らの百姓ですらも、肉が手に入る良い機会と喜び勇んで鍬を得物に狩り倒すのが日常の出来事なのである。


「おー、何時も済まんな田吾作」


 家から然程離れていない斜面に住む彼は、我が藩に無数に居る大根流門弟の中でも上から数えた方が早い程の高段者の一人で、畑を耕すよりも鬼切りで身を立てた方が稼げるだろう男だ。


「んにゃ、江戸から戻った土産に魚の干物さたっぷりもろたし、そのお返しも兼ねてるだ、気にせんでくんろ」


 にも関わらず、畑仕事を優先しているのは、『武勇が有るのは当たり前、田畑の実りこそが尊い』と言う、大根流の教えに依る所が大きいだろう。


 それにこの地では銭を稼いでも使い所が無いと言うのも、また間違いのない事実だ。


 一応、悟能屋を始めとした商家が領内に無い訳では無いが、基本領内で手に入る物成らば領民同士の助け合いと言うか物々交換で概ね賄う事は出来、外から持ち込まれる物は危険な道中の輸送費込みで極めて割高に成る。


 勿論、塩や海魚等、外からの品を買わねば手に入らない物も有るが、生活必需品と言える様な物には藩主の政策として補助が出ている為、目玉が飛び出る様な価格に成る事は無い。


 そんな訳で大銭を積んで贅沢しようとしてもたかが知れており、豪遊しようと思うなら農作業を確りと頑張って、十二分に出来た作物で腹いっぱいに食う方が余程良い……と考えるのが此処の土地柄なのだ。


 それでも今日の田吾作の様に畑を守る為の迎撃で手に入る素材を売り払うだけで、数年も貯めれば浅雀の藩都辺りに遠征し遊郭遊びをしたり、そこで遊女を見受けし女房を連れ帰ったりする銭は十分貯まるので、我が藩は全体的に裕福と言えるだろう。


 と言うか、身請けでもしなければ、他所から人間(・・)の嫁入り等極めて稀な話と言う事に成る。


「そういや田吾作、この間言ってた遊女の身請け話どうなった? 祝言上げるなら祝の一つでも用意してやらないと成らんからな、ご近所さんとして……」


 猪山の娘は丈夫で働き者で子供も出来やすいと引く手数多なのに対して、ど田舎な上にある程度以上の戦闘力を有する地元民ならば兎も角、外の一般的な娘さんでは越える事の難しい山に囲まれた此処は、殆ど牢獄と変わらない。


 そんな場所に好き好んで嫁入りしたいと言う娘さんは早々居ないのだ、遊女達だって身請けされる相手を選ぶ権利は有る。


「なぁに言ってるだぁよ……そりゃもう三年も前の話じゃねぇだか……身請け何か出来るならとっくの昔にオラ所帯持ちに成ってるだ……。顔か! 顔だか!? そんなにオラは不細工だかぁ!?」


 色々と心に溜まっている物が有ったのだろう、そう吠える田吾作。


 彼の名誉の為にも言って置くが彼は決して不細工などでは無い、江戸住みならば間違い無く数少ない女性を勝ち取る事が出来る勝ち組に成っていた筈だ。


 だが俺はソレを決して口にする事はしない、彼ほどの実力者が一人減れば、それだけで税収への打撃は決して少なくない。


「いや、お前は決して不細工なんかじゃない、相手の見る目が無かっただけだ。そーだ! 母上に縁談の宛が無いか相談してみよう! そうしよう! お前ほどの実力者ならば絶対に良い縁が有るはずだ!」


 藩主への忠誠とご近所さんとの友情の板挟みに苦しみながら、俺はそうまくし立てる事しか出来ないのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] >水呑百姓ですら男児であれば何らかの武芸を学ぶ  水呑み百姓って貧しくて水しか呑めないような百姓の事だと思うんですが警察官だと違うのかな? 戦中の軍人みたいに「国を思う心があれば食事など必…
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