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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
契と諍いと盃と の巻

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四百十八 志七郎、無残を思い見栄と面子に配慮する事

「運び出しも手伝ってくれたし、三割持ってて良いぞ。あ『豚足』は兄貴の見世でテビチ蕎麦に使うから、『手羽先』か『釣瓶落とし』の中から選んでくれや。つっても釣瓶落としに食う所なんて無ぇけどな!」


 流石に行動不能状態からは復帰した物の、未だ完全に耳鳴りが収まらない俺達は、今日の鬼斬を切り上げる事にしたのだが、ソレを見越した断狼たつろうは獲物の一部を取り分とする代わりに荷運びを持ちかけたのだ。


 俺達が図らずとも撒き餌の様な役割と成った事で、迷宮を駆けずり回って獲物を探す手間が省けたのだと言う。


 ちなみに『豚足とんそく』と言うのは『豚鬼(オーク)』の下位種に当たる物で、二足歩行では有るのだが両の手は蹄の為、道具類を扱う事は出来無い『妖怪』に分類されている。


 俺達が以前戦った『鬼亀』は四足も二足も同一種の『鬼』と扱われていたが、それは鬼亀が群れを作る魔物(モンスター)で、何方かと単独で遭遇する(ケース)は稀なのに対し、豚鬼たちは単独から数匹程度の単位で行動する為、火元国では慣例として別種とされているのだ。


 対して諸外国では何故同族下位種と見做されているのか?


 それは土着化した豚鬼を討伐する為に冒険者が巣穴を攻めると、必ずと言って良い程の確率で……被害者(・・・)が出産した豚足が共に居るからだと言う。


 他の鬼でも言える事なのだが、この世界へと現れる者の大半は『雄』で有る。


『雌』の鬼、女鬼が人の妻と成り子を為す事が出来る以上、当然の事ながら人間の女性と鬼が交われば子供が出来るのだが……女鬼が他種族との間に作った子は相手種族に近い性質を持つのに対して、雄鬼の子は母体に関わらず同種の鬼が生まれるのだと言う。


 正直言ってあまり気持ちの良い話では無いが、鬼の被害を語る上でこの性質は極めて重要な事と言えるだろう。


 無論、中には獣の如き本能のままに振る舞う様な鬼では無く、理性と知性を持ち合わせた『大鬼(上位個体)』と人の娘が恋仲に成り、双方が望んで子を為す事が無い訳では無い。


 むしろソレは我が猪河家にとっては馴染み深い話とすら言えるのだ。


 我が猪河家の家祖八戒が娶ったと言う大江山の鬼の娘は、攫った人間に産ませた鬼の娘だったのだから。


 ……幸いと言うか何というか、この火元国では豚鬼はこの地下迷宮の三層当たりでしか見られぬ比較的珍しい魔物で、尚且此処十年ばかりは迷宮で行方不明に成った女性も居ない事から、この豚足が人間から生まれたと言う事は無い筈だ。


 此方の世界に生まれて早八年、生き物を殺し食う事には慣れたし、理性と知性を持つ者を食うと言う経験は鬼亀の時に済ませたが、それでも流石に人の腹から生まれたモノを食べ物とは認識できないし……したくも無い。


「うん……此方としても貰うなら手羽先の方が有り難いかな? 豚足は土の属性が強すぎるし……」


 対して手羽先と言うのは、その名に反して翼が完全に退化した駝鳥の様な妖怪だ。


 気性の荒い肉食の鳥で、発達した脚と鋭い爪で繰り出される蹴りの一撃は鋼の鎧を纏って居ても容易にソレを貫通し、人の命を刈り取ると言われている。


 此方もまぁ……命を落とした鬼切り者を絶対に食ってないとは言い難いが、ソレを言い出せば妖怪の肉を食う事は出来ないだろう。


 なにせ大概の妖怪は肉食か若しくは雑食で、完全な草食と言うのは極めて珍しいからだ。


 今回は完全に仕留めてしまっているので、素材の剥ぎ取りと食肉用以外に有効活用の方法は無いが、雛や若い個体を捕獲する事が出来れば、ソレを調教し騎獣にする事も出来ると言う話も聞いた事が有る。


 今の所その繁殖地や卵が見つかった事は一度も無く、手羽先は『鳥』では無いのでは無いか? と言う議論も有るらしい。


 ……兎角、食材としては鳥肉の範疇で、我が家の食膳にもちょくちょく上がる食材と言えるだろう。


 江戸州内でも鶏ならば農家や家の屋敷でも飼っているが、それらは卵を取る為に飼育されている物で、食用に回されるのは廃鶏ばかりで美味くは無いし、数もそう多くは無い。


 なにせ郊外で動物を大規模に飼育しようとすれば、その肉を狙って鬼や妖怪が襲ってくるのは目に見えている話で、千田院の様な妖怪が出辛い地域でも無ければ難しいのだ。


 故に真っ当な動物の肉は基本的に『高い』のだ。


 多分、街中でやっている様な一本四文(約100円)で買える様な焼き鳥は、鶏では無く手羽先か若しくは他の鳥系妖怪の肉だろう。


「んじゃ、何時も通り素材類は俺達が貰って肉は此奴等の餌で……と言いた所だが、今日は流石に貰えねぇよなぁ……」


 と、不意に分け前を辞退する言葉を吐いたのはぴんふだった。


「ぴんふには悪いですが、手前も同意見ですわ。手前の不手際で足を引っ張った形ですからねぇ。他の皆を危険に晒した結果に成った以上、野火の名に掛けて受け取る訳にゃぁ行きませんて……」


 しおらしくソレに同調するのは当然りーち。


「それを言ったら俺だって同罪だ、りーちが撃たざるを得ない状況を作ったのは俺なんだし、お前が撃ってなけりゃ俺が撃ってたしな」


 地下で銃を使うのが愚か者の所業だとは断狼の言だが、前世まえに散々同様の経験をしてきた筈の俺も、指摘しなかった以上申し開きの余地は無い。


「今日は私も何も出来ませんでしたし……分けて貰う獲物を運んだのも大半は四煌ちゃん達ですから、流石にお肉を取り上げると言うのは違うと思うんです。なのでお肉だけ頂いて後は、鴻鵠落とし殿にお返しするのではどうでしょう?」


 そう言う歌も想定外の事とは言え……むしろだからこそ不覚を取ったこと自体を恥と感じている様で、こんな形で譲られる報酬を手にしたくは無いと考えている様だ。


(わり)ぃが、一度やるって言った以上はソレを返すって言われても俺っちは受け取らねぇぜ? 吐いた唾を飲む様な田舎(だしゃ)(くせ)ぇ真似をする様じゃぁ江戸の男じゃ無ぇかんな」


 だがソレも即座に断狼自身が切って捨てた。


 この江戸で『見栄と面子』で動いているのは武士だけでは無い、鬼切り者ならば……いや商人だろうと職人だろうと男ならば皆、舐められたら負けなのがこの国の社会なのだ。


 気っ風が良いのは粋で鯔背な伊達男の最低条件とも言える範疇で、商家や武家等の人を率いる立場じゃない限り『宵越しの銭は持たねぇぜ』が当たり前の男の在り方とされている。


 とは言え、格が上がれば相応に装備を更新しなければ成らない鬼切り者だ、完全なその日稼ぎのその日暮らしと言う訳では無いだろうが……それでも一度切った見得を引っ込めろと言うのは無理が有るだろう。


 身分の差を口にしてゴリ押しなんぞしようとすれば、下手をせずとも喧嘩……場合に依っては果し合いと言う事にも成りかねない。


「んじゃ、手前等はこの子の為の肉が欲しいって事で、肉を余計に貰って、その分素材をそちらさんに……ってのはどうでがしょ?」


 損得勘定に付いては俺達の中でも特に頭の回るりーちがそんな提案をするが、


「悪ぃが此方も素材より肉が欲しくて獲物を狩ってんだ、なにせウチは碌な稼ぎも無ぇ癖に馬鹿みたいにガキ拵えたバカ親父の所為で、腹を減らした弟達が雁首並べてやがるんだからな」


 両手の指でも余る程の弟達が居るのだと言い放ちあっさりと袖にされた。


「……じゃぁ、受け取る物は受け取った上で、別途助太刀のお礼に何か美味しい物でも包んで貰おうか。それなら俺達もそちらさんも面子が立つだろう?」


 こういう玉虫色の回答は、やはり相応に歳を重ねた大人だからこそ出せる選択だろう。


「それなら……まぁ、前言撤回って奴には成らねぇ……のか?」


 俺の提案に小首を傾げそう言う姿は、歳相応の少年の物に見えたのだった。

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