四百十 志七郎、相談し確認する事
「……歳の頃を考えれば技量は十分。あの口振りもただ強がっておるだけで、思慮の足らん愚か者と言う訳でも無し。氣の運用も儂が二、三日ありゃ叩き込む事ぁ出来るが……装備が心許ないんだわ」
帰った俺は早速、武光の初陣に付いて御祖父様に話を持ちかけた、すると返って来たのはそんな答えだった。
父親を生まれる前に亡くし母親の実家で育った武光だったが、領地を没収された事で多々抱えていた家臣達に俸禄を出し続ける事が出来なく成り、その大半に暇を出さざるを得なかったと言う。
退職金の様な物は制度化されて居ないとは言え、何の補償も無く『ほなさいなら』と言う訳には行かない。
もしも主家の錯和で職を失う事に成った浪人者とその家族が、食い詰めた結果だとしても碌でも無い事をやらかせば、当然元主家で有る有馬家の家名に傷が付く事に成る。
そんな事に成れば折角なんとか改易で放免と成ったと言うのに、結局取り潰しなんて事にも成りかねない。
故に有りと汎ゆる伝手や縁故を尽くして、放出せざるを得なかった者達に当座の資金と再就職の世話をしたのだが、決して潤沢とは言えない貯金を叩いてもなお足りず、財産の多くを売り払ってやっとソレらの始末が付いたのだと言う。
更に悪い事に大大名から中堅旗本へと家格が落ちた直後は、それまでから現在の家格に見合う所まで生活の格を落とす事が中々出来ず、その家計は赤字続きでじわじわと借財が増えていく状態だったらしい。
鬼斬りの一つでもすれば一日で返せる程度の額面でも、閉門処分が解けていない現在ではそう言う訳にも行かず、盆暮れの徴収時期に逃げる事も出来ない状態では、何時かは破綻するのを待つだけの状態だった。
そんな状態だと言う事が世間に漏れれば、やはり家名を落とす事に成るのだから、ひた隠しにするしか無い。
無論、ソレを知って放置する様な上様では無いが、当主も金を貸し付けている商家も頬被りしている状況では、敢えて調べなければ知りようが無かった。
不幸中の幸いとでも言うべきか、武光が練武志学両館に通う年頃に成った事で預け先云々の話が出て、その暮らしぶりを御庭番衆の忍術使いが調べ、現状把握に至ったのだそうだ。
そして御祖父様が上様から内密に後始末……要は有馬家の生活改善と借財返済に協力する様に要請を受けたのだと言う。
通常ならば上様の子や孫を預かる際には、それ相応の謝礼や援助がその子の親から支払われるのだが、父親は既に亡く母の実家はその状況……一応生活費は幕府側から出るにせよソレ以上の物を用意すると成れば完全に我が家からの持ち出しと言う事に成る。
幸いというか何というか、他所の家に預けられたので有ればお荷物扱いで悲惨な少年時代を過ごす事にも成った可能性も有るが『小遣いは自分で稼ぐ』のが当然の我が家で有る、武光にも同じ生活をしてもらうと言うだけで済む。
「一応上様の臍繰りから支度金代わりの一両は預かっちゃぁ居るが、買い物も碌にした事の無ぇ子供に丸っと投げ渡す訳にも行かねぇやな。得物を用意する銭も別枠で請求出来るだろうが……買った材料で拵えるのはなぁ」
俺が自分で稼ぐ様に言われた時も母上から種銭として一両貰ったが、確かに自制心が発展途上に有る子供の小遣い銭として渡すには少々多すぎる額面で有る。
刀や防具も義二郎兄上が貯めていた材料で作って貰ったし、武具の材料は自分で集めるのが習わしとは言っても、最初の装備は流石に家族が用意するのが普通だ。
「鬼亀の甲羅がまだ残っていれば良かったけれど、鎧の材料分以外は智香子姉上に提供しちゃったからなぁ……」
前に着ていた鉄大蛇の甲冑は、一歳年下だと言うのに既に俺と殆ど体格の変わらない武光にはお下がりとする事も出来ない。
「義二郎の奴も蔵に貯めてた素材は全部持って行っちまったからなぁ……。そーいや、信三郎の奴ぁ最近積極的に鬼斬りに出てたっけか、何か丁度よい素材が無いか聞いてみっかぁ」
結局は家中で材料を集めて作るしか無い、とそう言う事らしい。
「……足りない分は俺が獲りに行きますんで、早目に指示をお願いします。新年度が始まれば俺も武光も忙しく成るだろうし、出来ればその前には初陣に連れて行ってやりたい所ですしね」
言いながら、後から自分の在庫も確認して置こうと、そう思うのだった。
「そんで蔵をひっくり返して荷物の整理ってな訳かぃ。解っちゃいると思うが、他所の子供に悪魔の素材を回す様な真似をするんじゃねぇぜ? 彼奴等ぁお前さんを気に入ったから自分の一部をよこしたんだからな?」
義二郎兄上の荷物が無くなった事で大分寂しく成った素材蔵の一角、俺の物が纏められている辺りを確認していると、荷物の隙間で寝ていた沙蘭も発掘してしまった。
俺を家まで連れ帰った謝礼を受け取った後、姿が見えないなと思っていたのだが、此処を塒に江戸市中を観光して回って居たらしい。
今の所まだ市街地の外までは行って居ないらしいが、それでも此方へ来てからの短い時間で市中の見世や街並みの多くを見て回ったと言う。
「流石に弁えるさ。最初から強力過ぎる物を持たせて装備に頼る事を覚えてしまえば、先の成長に悪影響が出る……てのは此方じゃぁ常識の範疇だからな」
素材を買って装備を作る事があまり良い事とされて居ないのはその辺が理由なのだ。
初期装備として向いているとされて居るのは、そう簡単に壊れない物ながら必要以上の耐性や防御力を持たない物……と言われている。
義二郎兄上に貰った鎧に使われていた『鉄大蛇の鱗』と言うのは正にその通りの物で、鉄と同程度の強度が有りながら厚すぎず重すぎもしない、最初の装備としては上等の素材だった。
属性的には『水』と『土』の複合で有る『毒』を持っているが、耐性と呼ぶに少々弱すぎる為、ほぼ無属性と言える。
なので在庫が有れば最適と言える素材だったのだが、可食部が少ない為四煌戌の食事には適さず、俺達『小僧連』が獲物として狙った事の無い妖怪だった。
「んー。甲冑系を作るには丁度良い素材は無いけれど、牙狼の毛皮で革鎧を仕立てる事は出来そうだな。刃牙狼の毛皮もある程度有るし、急所部分をコレで強化すれば最初期には十分な防御力になりそうだ」
腰に佩いた刀の素材を得る為に仁一郎兄上と狩ってきた時の物だが、その時には鬼亀の甲羅が十分に有ったので、コレを防具にする事はしなかった。
売ってしまっても良かったのだが、また身体が大きく成って改めて鎧を作る事も有るだろうと残して置いたのだ。
兄上達の言に依るならば、手に入れた素材は置き場所が無いとか銭が足りないとかそう言う切羽詰まった理由がない限り、鎧一領分は残しておくのが一般的なのだと言う。
成長期の体格変化もそうだが、鬼斬りの最中に致命的な一撃を食らって鎧が駄目に成る事も、稀とは言えども無い事では無い。
そんな時に素材が一切無いとなると、自由市場で中古品を探すか、質屋で質流れ品を仕入れる事に成る訳だ。
買った素材で装備を仕立てるのですら恥とされる世の中で、中古装備なぞ身に付けていると成ると、家名に傷が付くのは間違いない。
その手の物は武士では無く、町人階級の鬼斬者が買い求める市場なのだ。
まぁ真の銀の鎖帷子の様に、鬼や妖怪の素材では無い鉱物装備は買うしか無いのでその範疇では無い。
なので最悪普通の鉄や鋼の装備品と言う手も有るのだが、敵の妖氣や使い手の氣に負けてあまり長くは保たず結果として割高に成る為、武士の装備としては真の銀や真の金が例外と言う事に成る。
「とは言え、加工できる職人が居ない様な素材を出しても意味無いわなぁ。んー取り敢えず俺の持ってる素材で使えそうなのは牙狼の皮くらい……か」
防具はソレで良いとして、武器は信三郎兄上に期待するしか無いか……そう思った時だった。
「刀の材料にするってんなら、儂の爪でも持っていくか? お前さん所の大化け猫程じゃぁ無いにせよ、儂だってそこそこの歳を経た妖怪だ。まぁ悪く無い程度の物は出来るんじゃね?」
沙蘭がそんな台詞を口にしたのだ。
言われて見れば武器の素材は刃金に混ぜて使う物、余程上位の武器を作るならば兎も角、初陣の子供が使う程度で有れば、其程多くの割合を必要とはしない。
「……うん、良いかも知れない」
ただ問題が有るとすれば、沙蘭の妖怪としての格が初陣の子供が持つ物としては、高すぎる可能性が有る事位だった。




