四百九 志七郎、荷運び事情を知り悩むのを辞める事
気を取り直して、もう二羽仕留めた所で今日の所は鬼斬を打ち切る事にした。
「いやーしっかし七が戻って来てくれて本当に良かったな! 戦力面もそうだがソレ以上に獲物運びが楽に成ったわ」
普通の鬼斬者は狩った獲物をその場で解体し高く売れる部分や必要としている素材を選別して持ち帰るので、例えソレが俺達の様な子供でも無理な荷運びを強いられる事は無い。
だが俺達の場合は所謂『普通』とは少々事情が違う。
俺が最も欲しいのは一番安くそして一番嵩張る『肉』で、他の面子は『骨』や『毛皮』『羽毛』と言った装備の材料を必要としている。
『内臓』も新鮮な内に売り払う伝手が無ければ一文にも成らないが、我が家には『錬玉姫』とまで呼ばれる錬玉術師の智香子姉上が居るので、持ち帰らずに捨てると言う選択肢は無い……と言うか金銭的な意味ではコレが一番儲かるのだ。
つまり結果として俺達が狙う獲物はほぼ捨てる部分が無く丸っと持ち帰る事に成るのだが、並の牛よりも遥かに大きな獲物を担いで帰るのは中々骨の折れる作業である。
なにせ戦場へと来る時には使える遠駆要石も、それだけ大きな荷物を抱えては使用する事が出来ず、相応の時間を掛けて歩いて帰らなければ成らないのだ。
要石で転移出来る範囲は『装備品と手回りの品』と言われているが、以前共に仕事をしたお花ちゃんが持っていた『抱え大筒』が通る辺り、実際の可不可は少々微妙だと思う。
俺が転移する時には四煌戌もちゃんと付いてくる辺り『身に付けている物』に限られた……と言う訳でも無いのだろう。
なお制限を越えた荷物を抱えて要石を利用した場合、転移出来ないと言う事は無いのだが、荷物の一部が何処かへ消えてしまうらしいので、今の所俺達は試していない。
しかもその時に何が消えるかは法則性の様な物は確認されておらず、大事な得物が消えたとか、着物が脱げたとか、希少素材が失われた……とか色々と厄介な事例が報告されていると言う話は広く知られて居たりする。
それ故、鬼斬者の多くは安全策と言う訳か戦果を稼げた際には、自力で帰還を目指すのが一般的なのだ。
「「「おん!」」」
なお今日の得物はほぼ全て四煌戌の荷鞍に乗せているのだが、帰ってきて色々と試した結果、最大で自重の四倍程度までならば無理なく担いで長時間移動が可能だったりする。
「七が……と言うか四煌戌が居ない時は、肉だけじゃぁ無く、大半の素材を捨てる事に成りましたからねぇ。荷運びの人夫でも雇えば持ち帰れない事も無いんでしょうが、足手纏を抱えて市街まで歩くのは骨ですからねぇ」
大人数の人夫を雇って、小分けにした荷物を持たせて要石を使うという手も無い訳では無いが、要石の利用も無料という訳では無く、余程需要の有る獲物で無ければ足が出る事にも成りかねない。
結果として大型妖怪の肉やその他素材は流通数が少なく成り、相応の値が付く様に成るのだが、近場の戦場で狩れる物は兎も角、一寸遠い場所だと労力に見合う程には成らず結局は打ち捨てられる事に成るのだ。
「京の方だと江戸とは違って荷車の規制が無いそうですから、この子達ももっと楽をさせてあげられるんでしょうけれどもねぇ」
四煌の首筋を撫でながら歌がそんな事を口にする。
彼女の言に拠れば江戸州内の市街地以外の場所、特に街道なんかでは大八車や馬車なんかの荷車全般の使用が禁止されているらしい。
その理由は『抜荷』の防止だけで無く、人足仕事等の雇用減少、道や橋が痛み易く成りその再整備に費用が掛かる等、様々な理由が有るのだがその中でもやはり一番重要なのは幕府に敵対する勢力の『軍事利用』の可能性だ。
現状表立って倒幕を口にする様な者は居ない筈だが、何らかの理由で改易を食らったり、取り潰された様な家の者が、逆恨みの上で暴発する事件が絶対に無いとまでは言い切れない。
「まぁ……無い物強請りしても仕様が無いし、傷む前にさっさと帰ろうか」
『氷』の魔法で冷凍すれば、多少時間が掛かっても問題は無い様に思えるのだが、素材の中には凍らせる事で駄目に成る物も有るので、残念ながら急ぐしか無い。
「丸っと持ち帰れると解体も業者丸投げでも利益出るし楽で良いよねぇ、本当に七が帰ってきてくれて良かったよ」
……俺の帰還を喜んでくれているんだよな?
どうも四煌戌の付属品扱いされている様な気がしてくるのだが……俺の気のせいだと思いたいのだった。
市街地では武士が走る事は禁止されているが、郊外を走るのは問題無い。
氣を放ちながら全力疾走すれば、昼を少し回った位には解体所へと辿り着く事が出来た。
「んで、七。さっきは何を考え込んでたんだ?」
荷物を業者に引き渡し、一息付いた所でぴんふがそんな話を振ってくる。
「珍しいですよねぇ戦闘中に余所事とか。何時もは手前より年下とは思えない落ち着き振りなのに」
どうやらりーちも心配していた様だ。
「注意一瞬怪我一生なんて言葉もありますし、悩み事が有るなら私達でも相談には乗りますよ? 仲間なんですから頼る時は頼って下さいまし」
俺が居ない間も花嫁修業が続いていたらしい歌は、心なしか柔らかく成った口振りで俺に話を促す。
本能型では無く思考型の戦闘スタイルの俺としては、戦闘中に考え事をすると言うのは決して珍しい事では無い。
けれどもソレは飽く迄、どう動くとか、どう仕掛けるとか……その戦いに関する事で、確かに今回の様に別の事に気を取られて、と言うのは初めての事だ。
先程は幸い防御が間に合ったから大きな怪我を負う事無く、一番効果の低い霊薬を消費した程度で済んだが、相手が兎鬼や剣鴨なんかの即死攻撃持ちが相手だったならば、取り返しの付かない事体に陥って居た可能性が無いとは言い切れない。
……と言うか、武光の父親が命を落としたのは、もろにソレだった筈だ。
「今回、猪山藩で上様の孫の養育を受け持つ事に成ってな、その子の初陣をどうしようかと考えていたんだ。勿論、俺が決める必要性は全く無い筈なんだが、一応義兄弟と言う扱いに成るらしいから、ちっとは考えて置かないと、と思ってな」
正味の所、実戦経験無しで氣を纏い、多少のブレは有れども軸の通った足運びと剣の振りを見れば、その年令の中では飛び抜けた技量を持っている事は理解出来た。
「子鬼の森なら楽勝、鼠島の浅部辺りなら初陣でも危なげ無く突破できる程度の腕は有ると思うんだが、如何せん神の加護を持つ者は騒動にも恵まれるらしいからな。初陣でイキナリ大鬼と一騎打ちをせざるを得ない状況ってのも無いとは言い切れないだろう?」
俺の実経験を踏まえ、そんな台詞を口にする、
「「「いやいやいや、初陣で大鬼と一騎打ちとか、させる奴の頭がどうかしてるから」」」
と、三人は声を揃えて我が次兄の判断を全否定した。
彼等に言わせれば俺の初陣の時の様に、自力で倒しきれない様な強大な相手とかち合ったのであれば、その存在を大きな声で触れ回りながら逃走を図るのが常道なのだそうだ。
逃げる事で臆病者扱いを受け家名を傷を付ける事に成るとそう思っていたのだが、無謀と勇敢は違う。
勝てないと判断したならば情報を持ち帰る事で、幕府が改めてソレを討伐仕切るだけの戦力を用意する事が出来、結果として被害が小さく成るのだから、勝ち目が無い相手に特攻するよりは最終的な評価は高く成るのだと言う。
勿論、だからと言って、年から年中逃げていれば、やっぱり名を落とす事に成るので、その匙加減は考えねば成らないのだろう。
「装備やら薬やら条件を整えた上で七だけでじゃ無く、俺達小僧連の皆が引率に立ちゃ先ず間違いなく事故る事は無いだろうよ。んで、猪山預かりで有る以上その坊主も自力で稼ぐ様に成らにゃ成らないんだし、遅いか早いかの違いに過ぎねぇよ」
「うん、今思い返して見れば、手前の初陣だってあの刺客に襲われる様な事さえ無けりゃ、何の問題も無かったんだし……手前達揃ってならなんとでも成るんじゃないかな?」
「……でも、私の初陣の時には、他の鬼斬者が手を貸してくれなければ、危ない状況に陥って居たのも間違いないですし、用心に用心を重ねるのも必要な事だとは思いますよ?」
三者三様の意見が出揃った所で、俺はソレらを全て飲み込み、ほんの少しだけ考え込む。
そして出した答えは……
「やっぱり御祖父様に相談するのが良さそうですね。音に聞こえし『猪山の悪意』きっとエゲツない位に安全かつ経験を積ませるに足る策略を巡らせてくれるでしょうよ」
結局の所、丸投げなのであった。




