三百九十七 志七郎、単独行動で宝掘り返す事
志学館での試験を無事終えた俺は、それから両館へ顔を出さなかった。
それよりも優先してやらねば成らぬ事が有ったからだ。
勿論ソレは前世で読み掛けのままに成っていた多々のネット小説を読む事……では無い。
読んでいない訳では無いが、流石にその為にやるべき事を蔑ろにする様な真似は前世で懲りている。
俺が今早急にやらねば成らぬのは……鬼斬りだ。
ぶっちゃけて言ってしまえば、小遣い銭が足りないのである。
原因は勿論、牛馬の如き体躯に育ってしまった四煌戌達だ。
何せ此奴等、未だ成長期が終わらぬ様子で喰いに食う。
朝晩二食で費やす肉類の量は概ね五貫と五百匁、しかも霊獣としての成長が必要な彼等は安い屑肉の寄せ集めを食わせると言う訳にも行かず、相応の質が求められる。
ソレを狩るのでは無く一般市場で買うとなると日により多少相場の差は有るにせよ、高い時には一両に届く事すらあるのだ。
俺が居ない一年間は家臣達や信三郎兄上の獲物を買い取る事で、多少なりともその額面は抑えられていた様だが、彼等が国元へ帰ってしまった以上俺自身が狩って足りない分は銭で穴埋めするしか無い。
俺が居なかった間の分は、勝手な出奔の結果と言う訳でも無く、猪河家の為、江戸に住まう者全ての為、立派に役目を果たしたが故の事と、藩の財政から……と言うか幕府からの褒美で十分に穴埋めされている。
その残りも今暫く彼等を食わせる程度には有るのだが、流石に何時までも甘えている訳にも行かないだろう。
と言う訳で、俺は一人四煌の背に跨り戦場を駆け抜けているのである。
なお今日は偶々一人なだけで、ぴんふやりーち、歌達の『鬼斬小僧連』からハブられたと言う訳では無い。
りーちは新兵器開発の為に遠方の職人を訪ねており、歌は見合いの下準備で芝居見物に強制連行され、ぴんふは鍬術の大会が有るのだそうでソレに向けて得物の調整中なのだ。
とは言え、四煌戌がこうして大き過ぎる程に育ってしまった以上、以前の様な索敵から一方的な狙撃を主火力とする戦術は難しいだろうし、新しい戦い方を考える為にもこうして俺達だけでの鬼斬りは決して悪い物では無い。
今日の戦場は江戸川鼠島、『火鼠』『鉄鼠』『小玉鼠』に『耳鼠』等など、鼠の妖怪ばかりが山程出現する場所で有る。
鼠由来の妖怪しか居ないのだが、火鼠はその名の通り火の属性を持ち、耳鼠と小玉鼠は風、鉄鼠は火+水+土の三属性複合の『石』と、四煌戌の食事を獲るには絶好の場所なのだ。
まぁ火鼠や小玉鼠は極めて貧弱で、真っ当な方法では碌な素材は得られないが、彼等が食べる分には挽肉でも構わないのだから無問題で有る。
「くぉん?」
「おふん?」
「ふぁぁぁ……」
と、一寸考え事が長すぎたらしい、四煌戌の呼びかけに気を取り戻す。
「おっと、御免よ。次の獲物はどっちだい?」
両の手で紅牙と御鏡の首を撫で、一匹だけ緊張感の無い翡翠の頭を軽く叩く。
風を宿す翡翠は三匹の中で最も索敵能力に優れるので、周囲に危険が無い左証と言えるだろうが、それでも戦場で気を抜いて余計な不意打ちなんぞ食らっては冗談では済まされない。
「「「うぉん!」」」
声を揃えて一声吼えた彼等に応える様に、俺は彼等の腹を蹴るのだった。
「鉄鼠か奚鼠辺りが見つかれば、それ一匹で十分な肉が取れるんだけどなぁ……」
此処までで仕留めたのは、火鼠を二十匹に耳鼠が八匹、小玉鼠は此方が手を出すまでも無く近くを通りかかっただけで自爆したので、その残骸を拾い集めただけだが十五匹分。
一匹頭、総重量でも二百五十匁に満たない様な小鼠ばかりでは有るが、それでもコレだけ集めれば今日の夕食と明日の朝食分は集まったと言える。
何せ此奴等、小さな物で有れば骨も肉も内臓も構わず全部食っちまうのだから、可食率を考える必要が無いのだ。
問題は此奴等の撃破報奨は火鼠が一文、耳鼠が二文と極めて安く、小玉鼠に至っては勝手に自爆するだけなので一銭足りとも此方には入らない。
毎日狩りだけに出ると言う訳にも行かない以上、ある程度は稼いで置かなければ何処かで詰む事にも成り兼ねないのだが、此処は大物が狩れなければ実入りが酷く少なく成る場所の様だ。
ちなみに火鼠はその名の通り全身に火を纏った鼠で、その皮を集めて拵えた皮衣は決して焼ける事の無い耐火防具で、一着作る分量の皮を集める事が出来れば一財産と成る。
耳鼠は兎の様な長い耳と風を掴む尾で空を飛ぶ妖怪で、尾の毛で編んだ布はどんな風にも靡かぬ風絶ちの衣の材料として重用され、自爆を免れた小玉鼠の毛皮はその逆で大風を起こす術具『芭蕉扇』の重要な材料の一つだ。
氷の下に潜むという大鼠の奚鼠の毛皮は優れた防寒具や質の高い太鼓の材料として人気の素材では有るが、この鼠島でも中々見かける事の無いレア妖怪で、一匹仕留めれば千斤の肉が手に入るのだから、此処で一番狙いたい相手と言える。
そして此処の首領格言っても差し支えが無いのが鉄鼠で、石の甲殻と鋼の牙を持つと言う大鼠は、他の鼠妖怪達を意のまま操り、時に人里に大進行すら仕掛ける極めて危険な妖怪だ。
食い手こそ奚鼠に劣る物の武具の素材としての価値は決して劣らず、また危険度が高い分討伐報酬もお高めなので、獲物としてはやっぱり狙いたい部類で有る。
まぁ、そんな大物がホイホイ出て来る訳も無く、今の所雑魚狩りに終始しているのだが……
では何故、中々実入りを見込むのが難しいで有ろうこの戦場を選んだのか?
それは……
「おおん!」
「わふ」
「うぉん!」
丁度何かを見つけたらしい、四煌戌が咆哮を上げたたので、
「お? 有ったのか? よし! 其処掘れ!」
即座に許可を下すと、
「「「わん! わん!」」」
嬉しそうな声を上げて駆け出していった先で穴を掘る。
「「「あおーん!!!」」」
そうして出て来たのは漆塗りの木箱……と言うか和風宝箱。
此処には誰が埋めた物なのか、定期的にこうした宝箱が現れるのだ。
とは言っても地上を無作為に歩いて居ても見つかる物でも無く、だからと言って其処らを適当に掘った所で出て来る物でも無い。
狩猟犬や忍豚なんかの優れた嗅覚を持つ生き物が的確な訓練を受けて、初めて見つけられる様な代物なのだ。
他の戦場で見つかる事が無い訳では無いらしいが、此処での発見頻度は江戸州では飛び抜けて居るのである。
しかも嬉しい事に此処の宝箱は罠が掛かってる事は殆ど無く、鍵が掛かっている事も少ないし掛かっていても簡単な南京錠程度で、一寸鍵開け何かを齧った事が有れば十分に開けられる程度の物なのだ。
今日発見したのはコレで三つ目だが、一つ目も二つ目にも罠も鍵も掛かって居らず、ただ掘り出すだけで中身が手に入った。
まぁ、その分大収穫と言える程高価な物が入っているのは極めて稀らしいが……
それでも『(恐らく)銀の地金』に『(多分)水晶の六角柱』と売ればそれなりの額面に成りそうな物が見つかってる辺り、今日の俺はかなりついているのだろう。
開けた箱自体もそれなりの価値が有りそうな物なのだが、丸で根が生えている彼の様に持ち上げる事は出来ず、一寸目を離せばいつの間にか消えているのだから、きっとこの宝箱自体が一種の妖怪なのかもしれない。
兎角この箱の中身を取ったとしても、誰かから盗んだと思い悩む必要は無いのは間違い無く、こうして開ける時のワクワク感は中々に堪らない物が有る。
「さて……時間的に今日はコレで最後に成りそうだし、大当たりだと……ってなんじゃこりゃ!」
ゆっくりと蓋を持ち上げ、中を覗き込み思わずそんな声を上げてしまった。
何せ中には、荒縄でぐるぐる巻きに縛られた子供が胎児の様に身体を丸めたまま収まって居たのだから……。




