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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
帰りて諸々のお片付け の巻

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三百九十六『無題』

「此処までの道中お疲れさんでおじゃった! 帰りの弁当と証文を受け取った者から解散でおじゃる。賃銀はそれぞれの口入れ屋から支払われる故、証文を決して無くすで無いぞ!」


 京の都へと繋がる街道を大白虎の関を越えるまで、氣を纏う武士ならば半日も有れば付く道のりを丸々三日も掛けて進んで来たのは、我が猪山藩の権威を示す為、多くの(やっこ)を引き連れて行列を作る必要が有ったからだ。


 彼等の一部は普段から我が藩(うち)に仕える中間者達では有るが、彼等を全て連れて来たのでは下屋敷の管理運営に問題が出る事に成る。


 だからと言って『無理の無い人数』だけでは定められた人数にすら達せず『碌な行列を作る事も出来ぬ』と他所に嘲笑われる原因と成り兼ねない。


 しかしその体面を汚さぬ行列を成す事が出来る人員を、無理なく常に維持する程の財力を持つ藩は両手の指を合わせた数も無く、それを補う為に口入れ屋を通して『渡り中間』と呼ばれる人足達を雇うのだ。


 一人頭一日一分(千文)と決して安いとは言い難い額面を支払う事に成るが、その半分ほどは口入れ屋が手数料として持っていく為、彼等の手元には二朱(五百文)しか渡らない。


「いやー、本に猪山のお殿様は気前がええだなぁ」


 此処まで寝泊まりは此方が出したが、帰りの旅費は自分で出さねば成らない事を考えれば、泊りがけの仕事としては割りが良いとは言えないだろう。


「本に本に……鯛飯の弁当なんて俺ぁ初めて食うだ」


 故に我が藩では彼等の負担を少しでも減らしてやろうと、ほんの一食分では有るが弁当を支給してやるのだ。


「他所は此処まで来たらハイさよなら……が普通だもんなぁ……」


 海沿いに有るこの宿場で用意させた仕出しは、その日の漁獲状況に寄って内容と値付けが大きく変わる。


 今日はどうやら鯛――と言っても真鯛では無く恐らく金目か、若しくは甘鯛だろうが――が纏まった量取れていたのだろう、報告された額面は内容の割りにはかなり安い物だった。


「しかも今年は綺麗なおひぃ様が手渡してくれるんだから……本に来てよかったなぁ」


 立ってる者は親でも使うのが猪山流、彼等に弁当を配っているのは、立場相応の服装に着替えさせた礼子である。


 男余りで女が少ない江戸から来た者達には、行き遅れ一歩手前の薹が立ち始めた頃合いを迎えた我が娘でも、十分感動に値するらしい。


 幾ら頭の中にまで肥料が詰まっている様な農筋娘でも、その容姿を褒められて悪い気はしない様で、下々の者を相手にするとは思えぬ二割増しの笑顔で対応している。


 我が家は武士としては珍しく実力さえ有れば身分云々を煩く言わない家風では有るが、礼子の奴は農を尊び過ぎるが故にソレを捨てて江戸へと出て来た者を見下している節が有ったのだが、内心はどうあれ今の表情を見る限り問題は無いだろう。


 寧ろ気にするべきは、武芸指南役兼護衛として儂の側に控える伏虎の方だ。


 儂が与えた役目とは言え、女房と成る予定の娘が自分以外に微笑みかけているのを見て、心穏やかで居られぬらしい。


「何と言う面を晒しておる。如何なる修羅場でも心乱さず冷静な戦いが其方の心情であろう。この程度の事で嫉妬に狂っておっては、女房を国元に残して江戸に出る事なぞ出来ぬぞ」


 国元に女房を残し江戸務めへと出て女房を寝取られた……なんて話は古今東西幾らでも転がっている。


 無論それが表沙汰に成れば、その恥を雪ぐ為に女房も間男も叩き切らねば成らないのだが、主君の娘を嫁に貰った者がそうして不倫妻を殺める様な事は中々難しい。


 建前として倫理に悖る娘を育てた以上、主家としても双方共に切り捨てるのが正しい選択と言えるが、己の娘を宛がう程に信頼した家臣に、我が子を殺されて割り切れと言う方が無茶だろう。


 それにきっちり双方討ち取ったとしても『女房を満足させず他の男に寝取られた情けない男』と言う風聞からは逃れられ無い。


 故に可能ならば不倫自体は内々の事と隠し、別の理由を立てて離縁するなり何なりの形で決着とした事例も多々見受けれる。


 それでも姦通を謀った男を生かしておく理由は見つけられず、櫓櫂の及ぶ限り追い切り捨てる事に成る、討ち取りさえすれば建前など幾らでもつける事は出来るのだ。


「拙者に……いえ、鈴木の家に真正面から喧嘩を売る度胸が有る者など猪山には居りますまい。それに礼子姫……礼子がそのような不逞の輩と通じる事など有る筈がありません」


 からかい混じりだった儂の言葉だったが、それに対して返って来たのは自分に言い聞かせる様な微妙な物言いだった。


「のう伏虎、お主いい加減一郎や義二郎と己を比べて卑屈に成る癖何とかせぇよ……本気(マジ)で頼むぞぃ、そんなが孫の父親と言うのは不安で仕様が無いわ」


 偉大な父親や、自身より優れた者と自身を比べ、不安に成る気持ちは儂とて理解できぬでは無い。


 上様の義兄弟で有り、火元一の謀略家として恐れられた親父と比べれば、儂など一山幾らの愚か者だ。


 里見藩は(たけ)の若造や、我が子で有る仁一朗程、乗り手としての才にも恵まれては居ない。


 後二年儂が生まれるが遅ければ、恐らく優駿を制する事は出来ず、お清を行き遅れの行かず後家にしていた可能性は決して低い物では無かった筈だ。


 儂にも意地も体面も有るが故に好敵手等と嘯いては居たが、矜持を捨てずに言うならば先に生まれた利を保ち逃げ切っただけである。


 にも関わらず、儂が大名で御座いとふんぞり返っていられるのは『立場が人を作る』と言う言葉の通りだろう。


 表向き一郎の大暴れが原因で隠居したとされている親父だが、実際の所は儂を藩主に相応しい者とする為、早めに立場を譲ったのだろうと、今ではそう考えている。


 一郎の隠居もまた同様の判断に依る物の筈なのだが、伏虎は未だ儂の様に開き直ってその立場に相応しい立ち振舞いを身に着けるには至って居ない様だ。


 人其々気質の違いが有るのは当然の事で、本能よりも理性が優先する性質(たち)の伏虎が思い悩むのは仕方が無い事では有るのだろう。


「拙者とて武家の当主としての心構えは出来ております。ただ……目の前でああして別の男に自分が見た事の無い笑顔を向けているのを見ると……こう胸の奥から湧き上がる……何とも言えぬ物が湧き上がるのです」


 ……成る程、己を信じる事が出来ぬと言う事では無く、生まれた頃から修羅場に次ぐ修羅場に晒され続け、生き残る為に禁欲的な修行をし続けて来たが故に、恋愛(そっち)方面の感情に慣れていないのか。


 つまりは、コレも『一郎の所為』と言うことか……。


『童貞の小僧じゃ有るまいし』とも思ったが、流石にソレを口に出せば多感な若者を傷付ける事に成るだろう。


 幾ら腕が立つと言っても、所詮は二十歳そこそこの若造。


 しかも此奴は岡場所の女しか相手にした事の無い『素人童貞』だ、若い頃には相応の浮名を流した儂と比べては可哀想と言う物だ。


「……儂は礼子の父親だが同時に男児(おのご)でも有る、流石に奨励する様な事は出来ぬが、黙認はしてやる故、次に江戸へと上がった時には、安い岡場所等では無く、吉原にでも行ってもう少し男女の機微という物を学ぶのじゃな」


 溜息を一つ付いて頭の中で算盤を弾き、必要以上に入れ込まぬ程度に悪い遊びを教える算段を立てる。


 遊興を知らぬ生真面目な者程、一度空気を入れられると端から見れば面白い程良く転がり落ちていく物だ。


 そうせぬ為にも適度な『遊び方』教え、人の心の機微を学ばせるのも年長者の務めだろう。


「えーと……はい?」


 そんな儂の深慮遠謀を此奴は全く理解出来ていないのだろう、先程までの張り詰めた表情は鳴りを潜め、気の抜けた面を晒しながら疑問符の付いた返事を返したのだった。

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