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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
帰りて諸々のお片付け の巻

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三百九十四 志七郎、食いのがし食いに行く事

 気が付くと既に日は落ち、辺りは闇に包まれていた。


 いや……何か特別な術を受けたとか、そう言う事では無い、


 一寸、一息のつもりで部屋へと戻り芝右衛門(前世の友人)から譲って貰ったノートパソコンを立ち上げ、その中に保存(ダウンロード)してもらった小説を読み始めたら、時間が飛んで居ただけの事だ。


「真逆、あの作品が完結してるとは……思わず最終話までぶっ通しで読んじゃったじゃないか」


 以前読んでいた時には、殆ど日刊と言って良い速度(ペース)で更新され、その作品を読みながら昼飯を食うのが何よりも楽しみだった。


 俺の死後も滞る事無く連載は続いて居た様で、七百話近い大長編は無事大団円を迎えて居た様だ。


 此方に生まれ変わった時点で諦めていた物が、こうして続きを読む事が出来たのだから、今回の旅路での苦労が全て報われた様にも思える。


 何せ完結したのは、俺が向こうの世界へと落ちるほんの数日前の事なのだ。


 タイミングがズレていれば後数話で完結する、そんな所で尻切れ蜻蛉に成っていた可能性だって有るのだから、コレは神々が俺に与えた祝福と言って良いのでは無かろうか?


「神に感謝を……」


 流石に作中で描かれる様なオーバーアクションな祈りの姿勢を取る事はしないが、ソレでも俺を導いてくれている筈の『死神さん』にせめてもの感謝を口にし、それから静かに余韻に浸る。


 だがそうして浸っていられるのも然程長い時間では無かった。


 ぶっ通し読み続ける事約八時間、ノートパソコンの電池もそろそろ切れそうだが、腹の虫の方もそろそろ限界が近かった様で盛大な鳴き声を上げ始めたのだ。


「後一時間早ければ、まだ夕食も残ってたんだろうけど……流石に遅すぎた」


 PCの画面に表示されている時計は午後八時を過ぎている。


 我が家では大体六時頃が夕餉の時間で、何らかの役目を負って止むを得ない場合を除いて、取っておく様な事はされず、その時間帯に食事の場へと行かなければ、誰かの『お代わり』にされてしまうのだ。


 まぁ……台所で睦姉上に頼めば、何か簡単な物位は出してくれるだろうが、小説を読むのに夢中で食事の時間をすっぽかしたのは俺自身だ、彼女の手を煩わせるのは違うだろう。


 江戸に戻るまでの道中で食べた様な保存食の類が残っていれば良かったのだが、長靴の国に付いた時点で換金できる分は全て売り払ってしまった。


 義二郎兄上への土産に買ってきた保存用羊羹は残っているが、一応土産物と言う事も有りこれ以上減らすのは避けたいし、何より甘い物は決して嫌いでは無いが食事の代わりにする程好きでも無い。


「んー、外食は褒められた事では無いとは言われているけれど……仕様が無いよな」


 とは言え、日が登ると共に起き出して日が沈むと共に眠る生活リズムが基本の江戸では、大半の飲食店はこの時間には概ね店仕舞いの時間である。


 当然ながら早朝から深夜まで営業しているコンビニやらファミレス何かが有る訳も無い。


 しかし夜回りを担当する同心や火消しなど夜間に働く者達が居る以上、彼等を当て込んだ商売をする者だって居る。


「行こう、夜鷹蕎麦」


 この歳で夜遊びなんてのは決して褒められた話では無いが、一寸遅めの晩飯位は良いだろう。


 そう決めた俺は、取り敢えずお忍び様の頭巾を被るのだった。




 幸いと言うか何と言うか、俺は前世まえから同じ物を続けて食べるのが苦に成らない性質たちで、張り込みが続いた時など丸一ヶ月以上毎日同じ物ばかり食べて居た事も有った程だ。


 それ故、昼夜と蕎麦が続いた所で全く問題は無い。


 寧ろ昼に食った不味い蕎麦の記憶を上書きすると考えれば、積極的に蕎麦を食いたい気分ですら有る。


 猪山屋敷(うち)から猪山藩(うち)中間屋敷(賭場)へ向かう、この時間にしては比較的人通りの多い道を歩いていく。


 以前、母上の夜遊びを尾行した時、この道の途中で商売をしているその手の屋台を幾つか見かけた覚えがあったのだ。


 暗い夜道の一角に、申し訳程度に輝く明かりを見かけたならば、ソレが目的地である。


「へいらっしゃい! おや、随分可愛らしいお武家様だね。お客さん……で良いんだよな?」


 鬼斬奉行所で昼飯時に営業している屋台の様に、此方の江戸には車輪の付いた屋台や、組み立て屋台なんかも有るが、夜鷹蕎麦は伝統的に担ぎ屋台で商いをしている物らしく、今見つけたのも当然ながら時代劇なんかでよく見る形の蕎麦屋台だ。


 屋台の主は二十歳(はたち)そこそこの若い衆に見えるが、その割に屋台の方は長く使われた感じの使い古された印象を受ける物であった。


 若い職人が先代の後を継いで屋台を譲り受けたのか、それとも只中古の屋台を買って商売を始めたのか、ぱっと見ただけでは判断が付かないが……まぁ食ってみれば、当たりかハズレかは解る事だ。


「この店のおすすめは? 掛けしかやってない?」


 自身が冷やかしでは無く客で有る事を印象付ける為、懐から財布を取り出しつつそう問いかける。


「べらんめぇ、今どき掛けしか無ぇ蕎麦屋なんて流行りゃしねぇよ。ウチはこの時期は鴨南蛮が自慢なんだ、今日のは特に美味いぜ? ウチの弟が良い剣鴨(つるぎがも)を仕留めてきたからな」


 前に『江戸州鬼録』を読んだ時の知識が確かなら、『剣鴨』と言うのはその名の通り剣の様に鋭い翼を持ち、斬撃を放ちながら飛び交う妖怪だった筈だ。


 単純な強さだけならば雑魚の範疇だが、以前狩った兎鬼同様に下手を打てば即死し兼ねない攻撃力を持つ厄介な化物で有る。


 しかも空を自由自在に飛び回る分、危険度は圧倒的に兎鬼より上だ。


「でも、お高いんでしょう?」


 故に市場でその肉を買おうと思えば、千田院の名牛……それも上様に献上される物と同等の銭を出さねば買えやしない。


「いや、さっきも言った通り、ウチの弟が獲ってきた奴だから銭は掛かっちゃ居ねぇよ。なんでも情人(いろ)に頼まれたって乱獲してきたんだわ」


 聞けば、店主の弟さんは最近売り出し中の鬼斬者で、何処ぞのお嬢様と恋仲となり、彼女の依頼で色々と困難な食材狩りをしているのだと言う。


 今夜出している剣鴨も、そのお嬢様の依頼で狩って来た物なのだが、頼まれた以上の大量に仕留めて来た為、その余った分をこうして商品にしているらしい。


「大した量は無いにせよ、駄目になる前に売っちまわないとならんからな、普通の鴨南蛮と一緒で五十文で良いぜ」


 四文百円として、五十文なら千二百五十円か……掛けが一杯十六文(約四百円)なのだから、ボッていると言う程高くは無いだろう。


「じゃぁ、ソレで」


 注文を決めそう言えば、


「あいよ……へいお待ち!」


 と、殆ど待ち時間無く蕎麦が出て来た。


 どうやら俺が客だと確定した時点で、先んじて蕎麦を茹でていたらしい。


 麺さえ茹でてしまえば、後はトッピングの差異しかメニューに違いが無いからこそ出来る手法だろう。


 丼から立ち上る出汁の香りを一息吸い込めば、鰹節の良い香りが胸一杯に広がる。


 これは……当たりかも知れない。


 そう確信を感じつつ先ずは蕎麦を一啜り、麺に絡んだ出汁には鴨と葱の風味がたっぷりと染み出して居り、脂の甘みが口一杯に広がった。


 それから主役(メイン)の鴨を一切れ頬張る……あれ? この味、知ってるぞ?


 昨日の夕食に出た鴨と蕪の煮物……味付けは間違い無く別物だが、その向こうに透けて見える素材の味は間違いなく同じ物だ。


「どうだ? 美味ぇだろ? 鴨の下拵は件のお嬢さんがやってくれたからな。俺っち見たいな一山幾らの蕎麦屋とは違って、食神の加護持ちが仕立てた食材だ。今日を逃せば恐らく二度とは食えねぇ代物さね」


 ……ん? 食神の加護持ちのお嬢さん? 


 よく味わってみれば、葱の方も覚えが有る味だ……


「この葱は若しかして農神の加護持ちが育てた物ですか?」


 もしそうなら、先ず間違い無く礼子姉上の作った葱だろう。


「んー、貰い物だから出処は解かんねぇけど……コレと同じ葱を探そうと思えば、幾ら銭が掛かるか解らねぇ程良い物なのは事実だわな」


 鴨の下拵えをしたお嬢さんが、お裾分けと称して大量に持ってきてくれた物で、元手掛かってないんだわ……と笑う店主の顔は、弟に頼り商売している事を気恥ずかしく感じている様に見えるのだった。

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