三百九十一 志七郎、心配し新兵器に思い馳せる事
普通、暴発事故なんて事が起これば、辺りは騒然とし立場有る人間達はその事体を収拾するのに右往左往せざるを得ない筈だ。
だが立会っている者達は誰一人としてソレに気を取られる様な事は無く、まるで何事も無かった彼の様に得物を交え続けている。
「戦場では眼前の敵から意識を切った者から死に行くぞ、かと言って周りを見ぬでも横槍を受けて死ぬる。死にとう無ければ……疾く動き続けよ、ソレが此処の大原則だからな」
りーちの無事? を確認し安堵の溜息を吐きながら、ぴんふがそんな言葉を口にする。
此処では何が有っても……それこそ死者が出ようとも師範が命じない限り、決して稽古の手を止める事はしないのだと言う。
一歩間違えば命を落としかねない怪我を負わせるのが当たり前の、超実戦的な鍛錬と言う建前で行われる、ほぼ実戦と変わらぬ戦いの場で有る。
双方が同時に手を止めたならば兎も角、万が一片方だけが余所事に気を取られ動きを止めれば、その隙に頭をかち割られる可能性は決して低い物では無い。
それ故、明確に決着が着くか誰かが割って入らぬ限り、決して闘いの手を止めては成らないのだそうだ。
「はいはい、担架通りまーす。此方巻き込むなよー、手加減少な目に反撃するからなー。大丈夫そうには見えるが、まぁ一応運ぶぞー」
ぱっと見る限り頭髪以外には大きなダメージを受けて居る様子は無さそうに見えるりーちだが、流石に放置と言う訳では無いらしく、担架を抱えた安藤先生がやる気の無い声を上げながらやって来る。
と言うか、一人で担架を持ってきても運べないと思うのだが……そう思った瞬間だった。
安藤先生の姿が一瞬歪み、その次の瞬間には二人に増えて居たのだ。
いや……二人じゃない三人だ!
なんの脈絡もなく増殖した安藤先生は全く同じ姿と言う訳では無い、三人の内二人の頭上には赤い回転灯が煌々と光を放ち、恐らく本体と思わしき一人だけが欠伸をしながら髷下を掻いている。
「……聖歌使いが割り込み掛けなかった以上、大した怪我はしてねぇんだろうけど、放置しといて後遺症とか出ても面倒臭ぇ事に成るからなぁ」
以前お花さんから受けた授業の中で、この世界で一般的に使われている幾つかの『術』に付いて習ったが、その中で『聖歌』の特性に付いても聴いている。
聖歌は神々の起こす奇跡の一部を、神々から借り受ける事で行使される術で、防御や治癒に秀でて居り、その最大の特徴として『結果』と『詠唱』の『逆転』が有るのだと言う話しだった。
他の術は如何なる現象を起こすのかを明確にする為、先に『詠唱』が必要なのだが、聖歌は先ず結果が発生しその後に神への感謝を『歌う』のだと言う。
結果として聖歌使いは傷を先んじて治癒し、攻撃を先んじて防御する事すら出来るのだそうだ。
故に聖歌使いが居る戦場では死者が出る事は極めて少なく成る。
とは言え一人居るだけで絶対に人死が出なく成る訳では無い。
どんなに強力で便利な能力だとしても神為らざる人の身で行使する以上、限界というものは存在する。
その術者の技量や力を貸す神の権限を超えるダメージは、受け止めきる事も出来なければ治し切る事も難しい。
そして一度行使すれば、その術に対応した歌を歌いきるまでは次の術は使えないのだ。
逆に言うならば聖歌使いは全てを守る事は出来ず、本当に必要なタイミングを見切り、適切な術の行使を求められる、という事だった。
つまりその能力を用いて、ダメージを打ち消したり即座に治癒するなりしなかったと言う事は、致命的な怪我では無いと聖歌使いは判断したと言う事なのだろう。
しかし幾ら神の力を行使する事が出来るとは言え、飽く迄人間の下す判断だ、時には間違う事も有り得る。
だからこそ練武館には聖歌の使い手だけで無く、医者も常駐してるらしいのだが……
「「ぴーぽー、ぴーぽー」」
全く同じ顔の男達が口でそう言いながら担架を運んで行くその姿は酷くシュールな物に見えるのだった。
「成る程の……野火の末は中々に得難い才を持っているらしいのぅ。真逆あの齢の子供が新たな枠組みの武具を生み出すとはの」
数人が追い出し稽古から脱落した辺りで父上の用事が済んだとの事で、俺達は一足先に帰路へと就く事に成った。
並足で馬を進める父上の横を四煌戌に跨り帰る道すがら先程の事故の話しをすると、そんな言葉が返って来た。
聞けば父上の用事と言うのは俺の中途入学に関する事だけで無く、火元国中でも上から数えた方が速い『武』の専門家として、りーちが開発した新兵器に付いての意見を求められていたのだと言う。
『氣功銃』と名付けられたソレは従来の火薬を用いた銃器とは違い、高度に圧縮した氣を用いて銃弾を飛ばす物らしい。
従来の物は誰が使っても全く同じ威力で銃弾を放つ事が出来、氣を扱う事が出来ない者や腕力に劣る女子供が持っても相応の戦力と成りえる。
確かにそれは利点では有るのだが、氣を扱うのが当たり前の武士にとっては『たいした威力の無い女子供の武器』に過ぎない。
それを改善する為に開発されたのが氣功銃なのだ。
高めた氣を撃ち出す『氣翔撃』と言う技も有るが、氣で弾丸を作り氣で飛ばすソレは、余程の達人でもある程度以上の威力を維持するのは難しい。
対して氣功銃は実体弾を用いる事で、氣は推進力にだけ注力出来、尚且つ圧縮する場所を体外に用意した為、体に負担を掛ける事無く火薬以上の威力が出せるのだ、理論上は……
「とは言え、未完成で扱うには少々不安定過ぎる物のようじゃのう……」
残念ながら試作段階の今はある程度以上の連続使用や、一定以上の威力を出そうとすれば、先程の様な『暴発』を起こしてしまうらしい。
「が、練り上げて行けば中々面白い得物が出来るやも知れぬ。投資する価値は十二分にあるじゃろな」
父上的には将来性の有る新兵器と目している様で、そう言い放つ表情は俺が普段見ている人の良い父親のソレではなく、為政者の顔をしていた。
「それなら俺も拳銃型の氣孔銃が欲しいですね。今のコレは決して悪い物では無いけど、やはり相手に依っては牽制以上の効果は望めませんしね」
未完成な状態で欲しいとは流石に思わないが、完成品を得る為に銭や素材を供出するのは、決して無駄には成らない様に思える。
ある程度以上の鬼や妖怪相手では『魔法の種』には成り得るが、綺麗に急所を撃ち抜かなければ痛打を与える事は出来ず、ソレを成したとしてもその一撃が決定的な物とは成りえない。
それが氣さえ込めれば天井知らずの威力を持ち得ると言うのであれば、それは俺にとっても大きな一助となり得る話しだ。
まぁ流石に上限は有るだろうし、銃器の最大のメリットと言える『引き金を引くだけで誰でも使える武器』と言う部分は省かれてしまうのが、難点と言えば難点だが……。
「しかし……問題は火元の銃器製作技術は然程高く無いと言う事じゃの。北大陸の山人達を招聘する事が出来れば良いのじゃが……流石に伝手が無い事にはの……」
猪河家の持つ海外への伝手と言えばお花さんか虎さんの何方かなのだが、前世における幻想世界の定番通り、森人と山人は基本的に仲が悪く、錬玉術士も素材を得る為に山を荒らす、と決して良い関係では無いのだと聞いた事が有る。
大藩の野火家ならば、小藩に過ぎない家よりも良い伝手が有るのかも知れないが……
「浅雀藩にその伝手が有るなら、今の段階でももっと良い試作品が出来ているでしょうねぇ」
誠に遺憾ながら、ソレが正解なのだろう。
「じゃろうのぅ……」
俺の吐いた言葉に父上はただ一言そう応じ、溜息を吐くのだった。




