三百六十二 志七郎、報酬を交渉し財宝を入手する事
流石は旅の空を終の屋根とする遊牧の姫、旅立ちの支度は直ぐに整った。
むしろ金銭価値的にも物理的にも、両面で大き過ぎる品を褒美と称して押し付けようとするのを何とか押し留め、お互いに折り合う所を探る交渉の方が余程時間が掛かった位で有る。
何処の馬鹿が旅の荷物に純金の瓢箪やら仮面やら、胸像やらを持ってくというのか……。
遊牧民の終わらない旅路にソレが邪魔なのは理解出来るが、だからと言ってこっちに厄介払いしようとするのは止めて欲しい。
と言うか、彼らが居留地から回収した財宝の大半は賊連中が持ち帰るのを断念した様な大物ばかりだった様で、品数こそ少ない物の総額で言えばかなりに成るらしい。
だが定住をせず、商業にも然程力を入れてこなかった草原の民では売り捌く手立てが無いのだと言う。
いや行商人、それも大きな隊商との交流が無い訳では無いが、幾つもの隊商と繋がりが有る訳では無い以上、見合う金額が出せぬと買い取り拒否されるか、若しくは買い叩かれるのが目に見えている。
そう言う意味では、大きな街に立ち寄る事も有る俺達の方が、ソレを扱いやすい形に両替する手段は豊富なのは間違い無いが、荷馬車が無ければ運ぶのにすら難儀するような物を俺達が持っていくと言う選択肢は無い。
額面的に見ても蕾王女を保護した礼と言うには余りにも多すぎるし、今後彼女を預かり生きる手助けをする為の費用を鑑みたとしても、やっぱり多すぎる。
仮面だけでも俺の背負った土産物の総重量を軽く超える重さの有る金製品だ。
どう安く見積もっても数百両は下らない、下手をすれば千両を超える。
そこ迄行くと最早藩の財政レベルの話で有り、一介の七子四男が持って行って良い金額を軽く越えてしまう。
唯でさえ物資過剰で盗賊ホイホイと化している所に、更に少女と財宝を背負って治安に不安のある場所を抜けていくのは、正直勘弁して欲しい。
「仕様が無い……此等は鋳潰して小金にでもして物資購入にでも充てよう。だが姪子を助けられ、更には託すと言うのに何の礼も出来ずと言うのでは怒族の面子が立たぬ、せめて持ち運びやすい宝石なり金貨なりで贖わせてくれ」
そう言って積み上げられる革袋の山、山、山……、最早山脈と言って良い様なその膨大な財貨は、本当に彼らの面子と心尽くしその物なのだろう……決して嫌がらせと言う訳では無い……筈だ。
「……流石にコレ全部ってな話じゃ、仮面やら何やらと変わりゃしねぇ。んーこの袋の金貨と、こっちの宝石も悪くねぇな……お? こりゃ真の金じゃねぇの? なんでこんな神秘の薄い世界に有るんだよ……? ってこっちは……え? え?」
何時までも堂々巡りを繰り返す俺達の様子に見かねた沙蘭が、積み上げられた革袋の中から丁度良い物を見繕おうと手を伸ばせば、出て来る出て来る色々と可怪しな品の数々。
「ぬ? 金や宝石以外の物が混ざっていたか? どれも頼王より賜った物なのだが?」
馬頼王は、支配下の部族以外から財貨を奪い集める事も多々行って来たが、その大半を懐に留めて置く事をせず、配下の者達に盛大にばら撒いて来たのだと言う。
だが草原の外と交流の有る一部の部族は兎も角、怒族の様に草原のみを唯一の世界とする者達は行商人との取引で多少は使う事は有るが、残った大半は死蔵されるだけの荷馬車の肥やしとでも言う状態だったらしい。
食えないお宝には興味は無い、と断言する脳筋族の者達は、碌に中身の確認もしていなかったのだそうだ。
同様に財貨に興味の無い沙蘭だが、そこは人の一生よりもずっと永い時間を掛け、数多の世界を渡り歩いてきた旅猫、その膨大な知識に裏打ちされた鑑定眼は、並の商人が裸足で逃げ出すレベルに達している。
その沙蘭の目から見ても驚愕するしか無いとんでもない品の数々……。
曰く真の銀と対成す神秘の塊『真の金』の塊に、天地自然の氣が集積し結晶化した物だと言う『氣晶石』、古き自然の力その物が結晶化した『精霊石』……と、魔法的な力の強い世界でも希少な物なのだと言う。
此処は前世の世界同様、氣を扱う事が出来る物すら稀有な……超常の力の薄い世界、恐らくはこの世界を隅々まで探したとしてもコレだけの品は見つから無いのは間違い無い事らしい。
それどころか……
「おい坊主……貰えるってんならこの辺の貰ってけ。多少重くても儂も手伝ってやらぁ。こんなの神秘の塊見たいなお前の世界でもそうそう手に入らねぇ筈ぞ?」
とそんなレベルの物らしい。
「いや流石にそんな、価値を知らない相手から巻き上げる、詐欺見たいな真似は……」
その価値を認識して居ない物から、安く買い叩くのは立派な詐欺行為だ。
これ幸いと持っていくのは所謂『押し買い詐欺』にも等しいだろう。
「……思い出したぞ! それは、どんな炉でも融けぬと言う触れ込みで馬頼王の所に持ち込まれ、買い取ったは良いが本当に融けず全く何の使い道も無い金塊モドキに『不変の金』等という名を付けて怒族に下賜した物……だった筈」
その他の、総称『魔宝石』と呼ばれる物も、混ざり物の多い小粒な宝石程度の認識なのだと言う。
何と勿体無い……と、それらがどれ程希少で貴重な物なのか、沙蘭は熱弁を振るうが、怒乱麻は今ひとつピンと来ていないまでも、価値が解る者には価値が有るのだろう……という程度の理解はしたらしく、
「我々には武具に加工も出来なければ、食う事も出来ぬ物で有る事には変わりない。お前達の様な界を渡る者にこそ有益であれ、隊商ですら価値が理解できぬのだからな」
沙蘭が選り分けた小袋を纏めて持ち運びやすい様、大きな皮袋に詰める様指示をだし、
「お前達に取って価値が有るならば遠慮などせず持っていけ、その価値の分を蕾の待遇に反映するので有れば決して損は無い」
下手な金銀財宝より余程効果が有りそうだ……と獰猛な肉食獣の笑みを浮かべそう言った。
「……随分と高い買い物に成りそうだな」
その価値に見合う待遇をと言われても、俺が保証仕切れるのは彼女が成人するまで食いっぱぐれる事の無い生活までだ。
それ以上となると、父上や母上の力を借りなければどうとも成らないだろう。
……まぁあの両親が彼女の境遇を聞き手を貸さないと言う事は無いとは思うが、所詮は小藩に過ぎない猪山藩では、世界有数の宝物とまで言われてソレに見合うレベルを要求されても無理が有る。
「なぁに……最悪でもお前程の戦士の嫁ならば不足は無かろう。無論、それ以上が有ると言うならばその方が良いがな!」
いや、俺の嫁って……まぁ確かにそうなれば、彼女の人生を保証し続ける義務は有るだろうが……。
まだ十にも成らないこの歳で、人生の墓場に片足突っ込みたくは無いのも事実で有る。
いや俺は所詮小藩の七子四男、ソレより条件の良い男なら幾らでも居るだろう……母上や姉上達女性陣の社交を通して嫁入り先を探して貰えれば良いだろう。
基本江戸は男余りの社会、猪河家が後ろ盾に成るので有れば、嫁の貰い手は幾らでも有る筈だ。
と、そう自分に言い聞かせる脳裏には、とても素敵な笑顔を見せる智香子姉上の姿が過って居た。
……それで良い筈だよな?
多少どころでは無い不安に押し潰されそうに成りながら、渡された革袋を括り付ける為、リュックに手を伸ばすのだった。




