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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
千変万化の界渡り の巻

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三百五十九 志七郎、肉を食い乱世の予感に辟易する事

「……どうした? もう焼けてるぞ、美味いから食え。我が血族を保護してくれた御礼だ遠慮するな」


 言いながらマーは、直火で焼き上げられた肉へと手を伸ばし、『虎』の異名に違わぬ肉食振りを見せ付ける。


 姪っ子のラムと再会を果たした彼に、彼女を保護した礼とこれからの話をする為にと、遠乗りへと出た怒族の野営地へ誘われ、其処で昼飯を頂く事に成ったのだが……


「いや……騎馬民族に取って馬って家族同然なんじゃないのか? ソレをこんな簡単に……食って良い物なのか?」


 出されたのは、新鮮な馬肉の山だった。


「貴様の言う通り、我ら草原の民にとって馬は友で有り家族だ。我らは産まれる前から馬の背に乗り、馬に乗る事が出来ぬ程に衰えれば後は死ぬだけだ。だからこそ、我らは馬を何一つ無駄にする事は無い」


 若駒を態々潰す様な事は余程の事が無い限りする事は無いが、遊牧生活に耐えられぬ程に老いた物や、治療出来ぬ程の怪我を負った物等を処分する事は決して少なく無いらしい。


 だが毛や皮は衣類や道具に、骨や腱は弓などの武具に、そして肉は全て喰らいつくす。


「大切な仲間だからこそ、そうするのだ……」


 乱麻がそう言って、厳かに儀式を執り行うかの様な神妙な表情で肉を頬張るのに倣い、俺も骨付きのまま焼かれた肉を手に取り齧りつく。


 食われる為に殺された生き物を無駄にせず、全てを食う事こそが供養に成る……なんてのは人間のエゴに過ぎないとは思うが、食わ無ければそれらが蘇る訳では無いのだから、食わずに捨てるのが罰当たりな行為で有る事は間違い無いだろう。


 無論、信仰信条を理由に食わない事を選択する様な菜食主義者ベジタリアンを否定するつもりは無いが、少なくともこの草原に生きる者達に『可哀想だから食うな』等と言う主張を押し付けるのは愚の極みで有る事は間違いない。


「……で、だ。王もその正当な継承者も、威光(イコ)の手で亡き者とされた今、マー族は事実上瓦解したと言って良いだろう。となれば、その傘下に有った無数の部族がこの草原の覇権争いを始めるのは当然の事と言える」


 俺が食い始めたのを見て満足気に一つ頷き、それから怒乱麻は草原の情勢を語り始める。


 その話に拠れば、馬頼王と言う強いカリスマが消えた今、その地位をそのまま簒奪しようと言う輩は馬威光以外にも枚挙に暇が無いのだそうだ。


 無論、力尽くの簒奪とあらばそれに抗う者も多く、ソレを成すのはそう簡単な事では無い。


 もしも威光がもう少し賢く、乱麻程で無くとも主君と仰ぐに相応しいだけの徳を持ち合わせて居たならば、弱く愚かな兄を廃し王に相応しい弟が立っただけ……と見做されたかも知れない。


 しかしそうはならなかった以上、今現在『王の子』を複数保護している怒族が彼らの内の一人を立てれば、他の部族を併呑する建前は十分以上に立つ事に成る。


 けれども怒族は馬族の傘下に降ったのは比較的最近の事で有り、幾ら王の子を擁しているとは言えども、怒族が中心を担ったままでは古参の部族が大人しく従う事は無いだろう。


 つまりどう転んでも、この草原は戦乱の時を迎えると言う事だ。


 そして彼が何故俺に態々こんな事を話すのか……、


「なぁ、何処から来て何処へ行くかも知らぬ旅人よ……。我が可愛い姪っ子を連れて行ってはくれまいか? お前が連れているのは世界を渡る化け猫だろう? あの子が醜い権力闘争の駒として己の意思等関係なく奪い奪われる人生を送る事等耐えられそうに無い」


 威光の蛮行の結果未だ生きている『王の娘』は彼女だけ、王子を立てる事が出来ぬ他の部族が新たな草原の覇者となる建前を簡単に手にする方法、それは蕾を妻とし彼女に子を産ませる事で有る。


 つまりそれは彼女を優勝杯(トロフィー)とした、陰惨で救いの無い権力闘争が繰り広げられる事を意味しているのだ。


 そんな時に、草原を統べる王の宝物庫でも見る事が出来ぬ様な見事な鎧兜を身に纏った、伝承に聞く『界渡り』の旅人が姿を現した。


 俺に彼女を託したならば、何処か遠く――文字通り世界を隔てた場所へと連れて行ってくれるだろう。


「俺は戦士だ、戦いの中でくたばる覚悟は有る。だがあの子を質に取られ従えと言われたならば、俺は戦士の誇りとあの子の命何方を取れば良い? あの子の身柄を抑えたのが従うべき王の徳を持つ者ならば兎も角、陰謀に長けただけの狒狒爺だったならば?」


 何処へ行くかも解らぬ俺に、その身柄を預けるなど正気の沙汰ではない。


 王子達は草原の男で有る以上、戦士として生きていくのは宿命と言えるが、幼い少女で有る蕾に草原でも稀有な女戦士としての生き方を強いる事は出来ない。


「だが想像出来得る最悪に比べれば、一目見ただけで『戦士』だと解る御主に託した方が余程あの子の為なのだ……」


 激情を堪える為、強く強く握り締め過ぎた掌に、爪が食い込み皮膚を突き破り、血が滴り落ちる。


 強靭な武具を身に纏っているのが界渡りの為か、それともそれだけの物が必要に成る程危険な世界へと赴こうとしているのか、それは解らないが……と不安を口にしながらも、


「少なくともこの世界で、己の意思も定かで無いままに権力欲に駆られた下衆の玩具おもちゃに成る事を運命付ける様な(しがらみ)に縛られているよりは、なんの後ろ盾も無い遠い世界で市井の娘として生きる方が良いだろう」


 歯を食いしばり、確信と覚悟を決めた者の目でそう言い切った。


 その言葉には明確に彼女の行末を案ずる気持ちが篭っている事は確かだったが、それだけで彼女を過酷な旅路へと連れ出す事を簡単に首肯する事は出来ない。


 彼女自身の意思を確かめる事もせず俺が連れて行くのでは、彼が危惧する権力闘争と何ら変わりはしないだろう、そう思ったからだ。


「オラ、お前ェさと行くだ。おっとぅもおっかぁも逝んでまったんなら、マーにもにもオラの居場所はぇだ。お母ぁ見たいな強い戦士さ成るつっても、どんだけ掛かるか解かりゃしねぇ……」


 何時から話を聞いていたのか、蕾は淋しげに笑いながらそれでは間に合わねぇだよ……と呟く様にそう言った。


 女性の身で有りながら一族を代表する戦士だったと言う母親自身は、自らを打ち倒した男の物と成り、その子を産むことに何ら抵抗も無く、父親も晩年に成って産まれた末の娘を殊の外可愛がって居た。


 だが怒族に取って彼女は一族の姫が征服者に産まされた子供で有り一族屈服の証で有る。


 彼女に付けられた守役は怒族の女で有り、母に伝わらぬ様な形でソレを事有る毎に言い続けたのだそうだ。


 そして今回、彼女が川に流され命を落としかけたのも、幼い子供が夜中に用を足す為に寝惚けまなこで寝床を抜け出して、沢へと降りるのを止めもせずに見ていたのだと言うのだから、それはもう未必の故意と言っても良いだろう。


 怒族がそうして彼女を排除しようとしているその裏には、怒乱麻の指示があるのだと、彼女はずっとそう思っていた。


 何せ虎と呼ばれるこの男、例え相手が可愛い姪っ子でも表情一つ緩める事無く、常に厳しい面構えで必要無い言葉は一切口にしない、そんな対応だったのだ。


 真逆それが戦士としての外聞を気にして、でれでれと脂下がった表情を見せる訳には行かない、と努めてそう言う表情を作って居た等とは、言われなければ解りはしないだろう。


 ……本人が了承しているのであれば俺に否は無い、問題は余計な荷物を抱える事に成る沙蘭だ。


「俺は構わないけれども……」


 溜息を一つ付いてからそう言って、俺は我関せずと言った様子で肉を齧る大化け猫を見やるのだった。

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