三十四 志七郎、昇格し、清算を受ける事
「ん? 確か鬼二郎の末弟だったな、鬼二郎はどうした?」
男達や子供達に先立って俺は一人で要石を使い江戸ヘと返って来た。
戻って来たのは朝同様要石が無数にある部屋だったが、その時とは違い複数の役人が机に向かい書き物をしている。
その中に居た桂殿が俺を見つけ、そう声を掛けてきた。
転移したら後からくる者の為に、その場を速やかに空けるのがマナーだと言われた事を思い出し、ちょいちょいと手招きする彼の元へと足早に駆け寄った。
「少々向こうで問題が有りまして、俺だけ先に戻りました」
今この段階で俺の口から詳細を口にすれば、大事に成るように思えたので取り敢えず茶を濁すような言い方を選択したが、桂殿は若いながらにそれなりの場数を踏んでいるらしく軽く肩を竦めるだけで流してくれた。
……これは俺の言葉で察したと言うよりは、兄上に対する信頼感の現れだろう、本当にあの人は評価に困る。
「鬼斬りから戻ったら必ず清算を行うのだ。手形をこの玉にかざしてくれ」
言われるままに帯に提げた手形を手に取り、机の上に設置された人の顔ほどの大きさの水晶玉にかざすと、その中に光る文字が浮かび上がった。
小鬼: 三一匹
小鬼大将級大鬼: 一匹
懸賞金対象: 無し
新規取得技能: 有
「ふむ……、初陣で大将級の大鬼を仕留めたか。小鬼の数も多い、これだけ殺ったのであれば相応に格も上がっているだろう。新たな技能に関しては後から神社で確認するのだな」
桂殿が感想を口にするがその様子は然程驚いたと言う色は見えない。
あの大群や大鬼の存在を予見していたのか? そんな疑問を感じたのだが俺がそれを口にするよりも早く、後続の子供達が次々と転移し戻ってきた様なので、彼らに場所を譲ることにした。
彼らが俺と同様手形をかざしているのを横目で見ながら自分の手形を改めて見る。
『格 十二』
おお! 朝は七だったのが十二、五も上がっている! だが、その数字が示す強さと言うのを今の所は実感できていない……、まぁあくまでも格は相対的な強さを示すものであり、それが高い方が強いと言う絶対的な物では無いらしいが……。
ちらりと次々にやって来る子供達の手形へと目をやれば、その数字は二や三であり自分の格が明らかに彼らより高いと言うのは解った。
子供達はそれぞれ小鬼から剥ぎ取ったと思わしき、小さなかけらを役人に渡しそれと引換に銭を受け取っているようだ。
兄上が戻るまで待つしか無い俺は、手持ち無沙汰であるとは思いながらも子供達が次々と清算を受けているのを見ていたのだが、その内の数人が俺を見て駆け寄ってきた。
「こ、これ! ありがとうございました!」
その子供達の代表格と思われる、少々体格のよい男の子――どうやら、死にかけていたあの子の様だ――が、そう言って何かを差し出してきた、それは姉上に貰った印籠だった。
受け取るとすべて使ったわけでは無いようで、中身はまだ残っていた。
それでも目の前の子はあれ程の深手を負っていたというのに、そんな様子は全く見えない。
智香子姉上はかなり強力な薬を用意してくれていたようだ……。
「こんな高価な薬を使って助けて貰ったのに、こんだけしか渡せません……すいません」
そういって彼は、今受け取ったばかりと思われる全額を全て差し出してきた。いや、彼だけではない、手柄に逸り小鬼の集団に囲まれていた子供達皆が両手に乗った銭を差し出していた。
えっと、これは受け取るべきなのか、それとも固辞するべきなのか……?
賄賂という訳ではないが、こういう風に差し出された金銭などを受け取る事は前世ならば問題となっただろう。
だが先日の御用商人と父上の件を鑑みれば、収賄と言う物自体が罪ではないという。
「受け取ってやれ。それはその者達の精一杯の礼だ。無下にする方がその者達に恥を掻かせるという物でござる」
決断を下せずどうするべきかと考えていると、いつのまにやら戻ってきた兄上が俺の背に向けてそう言った。
振り返り見上げると、良い物を見たといった風に顔をほころばせ俺達を見下ろしているが、視線の先は此方ではなく桂殿と例の男達に向いている。
子供達にもある誇りや自尊心が、彼らには欠如している。兄上はそう言いたいのだろう。
命を賭けて得た対価を受け取ると言う事には、少々抵抗があったがそれでも受け取ると皆が誇らしげな笑みを浮かべ、深々と頭を下げるのが印象的だった。
子供達から礼を受け取っている間に、桂殿によってあの男達の詮議が行われていた様だ。
彼らは兄上の推測のように国元で罪を犯し逃げて来たという訳ではなく、鬼もろくに出ない地域の出身で地元では負け知らずだったが故に過信し、江戸で一旗揚げようと出奔してきた武士の子……それも三男四男らしい。
出奔自体は藩主が禁じていなければ、特に犯罪という訳ではないが褒められた事でも無いと言う事だ。
また、出奔した時点で実家とは縁が切れると言うのが概ねの規則らしく、彼らの身分は武士ではあるが大名家の子である俺達よりは確実に格下の浪人者という事になるそうだ。
俺達に喧嘩を売るような真似をした事に関しては無かったことにする、と言う約束なのでその事は口にしていないが、どうやらよくある話の様で桂殿は全てを察したような顔で兄上を見ている。
一応、浪人者だが武士階級である事には変わりなく、親たちを騙したとは言えず奉行所としては処罰は無し。
だが5歳児が初陣――それも単独で大鬼を討ったその戦場に居ながら、その手柄を自分達の率いる人間が取れなかった。という事はほぼ確実に噂として江戸中に広がる事になるので、彼らの今後は決して明るい物にはならないらしい。
奉行所には瓦版屋が常駐しており、近隣の戦場で起こった事はだいたいが江戸中に話題としてばら撒かれるのが通例だという。
もちろん、彼らの所業も俺の武名も例外ではない。
「さて、面倒な事は終わった。ほれ志七郎、お前の手柄だ清算せよ」
言いながら手渡されたのは、俺の兜とその中に入った血まみれの手拭い……多分この手拭の中にあの大鬼の首が入って居るのだろう。
うわぁ、兜の中が血まみれだ……。
兄上に促されそれを桂殿へと差し出す。
手を合わせ一瞬瞑目し、それを受け取ると躊躇なく手拭いを開き、中の首を取り出した。
首は思ったよりも汚れておらず、その表情も判別する事ができた。
……笑っている誇らしげに、俺と闘いそして死んだ事が決して無念であったとは見て取れない、満足行く最期を遂げた。そういう風に見るのは自己欺瞞が過ぎるだろうか?
「格 十五……小鬼の大将としては破格だな。鬼二郎が手を出さず、よく討ち果たしたものだ……。懸賞金こそ懸かっていないがこの者ならば、別途報奨を申請することもできるだろう、父上に掛け合う故即金とはいかぬが期待して構わぬ」
首を水晶玉にかざし映る文字を確認すると、そう言われ兜だけを返されると俺達は奉行所を出た。
外に出るとそこには武装を整え馬に跨った父上以下、家臣たちが勢揃いで待っていた。
わざわざ迎えに来たのか? その割には何故皆重武装なのだろうか。
「おお! 志七郎、無事戻ったか! で、だ……義二郎、そなた志七郎を何処へと連れて行った? お主の主戦場ではあまりに危険、もう一段二段下辺りで狩りを見せるのかと思えば、なぜ中央に居る?」
疑問の体で言っているが表情といい口調といい、咎め立てし詰問する時のそれである。
「ぬ? 今日は志七郎の初陣、初陣といえば小鬼の森に決まっておるではござらんか。いくらそれがしとて、斯様な上位の戦場へ童子を連れて行くほど無謀ではござらぬ」
対してのほほんと返す兄上は、何を当たり前の事を聞いているのだろうか、という表情をしている。
「……五つになったばかりのその童子を殺し合いの場へと押し出したのか!? お主の稼ぎを見せると言う事なのだから、お主が主戦を張るのが当たり前だろう!」
怒りのあまり真っ赤な顔で怒鳴り上げる父上の激昂ぶりは見ている此方が可哀想になるほどだ。
「おお!? そう言えばそういう話だったような気もするでござる」
素っ頓狂なその返答に、父上の全身から爆発的な氣が吹き出しそれを纏った拳が兄上を強かに打ち付け、その音が高らかに響き渡った。




