三百五十四 志七郎、世界の終わりを知り己に気が付く事
長い事更新おやすみしてしまい、誠に申し訳有りませんでした。
風邪を通り越して肺炎を起こしかけ、中々体調が戻ら無い状態で執筆が出来る状態ではありませんでした。
未だ完治までは行かずとも何とか再開する事が出来る程度には回復致しましたので、今後共お楽しみ頂ければ幸いです。
この度は長らくおまたせして大変申し訳有りませんでした、重ねて謝罪申し上げます。
大熊猫の夫婦に見送られ『路交わる夜市の世界』を旅立った俺達は、それまで同様に雲の道を歩み、幾つかの世界を経由し『長靴の国』を目指していた。
そんな中で通った世界では、ほんの一握りのナッツが同量の銀貨と交換され、その銀貨でコップ一杯の水しか買えなかったりと、沙蘭が言っていた通り食糧事情が劣悪な所が多い印象を受ける。
そしてそう言う世界の多くは共通して『文明が崩壊した世界』の様だった。
核戦争だったり、極まった人工知能の暴走だったり、生物兵器致の蔓延だったりと、原因こそ様々では有るが、その多くは自然現象に因る物では無く、人間の自業自得としか言い様の無い物らしい。
「本当この辺を旅すっと、人間連中の愚かさ加減を見せつけられる様で嫌に成るわなぁ」
俺を連れている上に日程にも余裕が出来た為、決定的に治安に問題が有るようなそれこそ『世紀末的な世界』は避けて通って居るらしいが、それでも其処らの発展途上国よりも尚過酷な環境が人間の過ちで作られたのだと、ため息混じりにそう言い、
「んでもって、同じ位人間の凄さも思い知らされるんだよなぁ……」
激しい地響きを立ててぶつかり合う鋼の巨人と怪獣を遠目に見ながら、煙管を吹かした。
行き過ぎた技術に因って文明が崩壊した世界が有れば、その近くには当然の様にギリギリ踏み留まった世界も有れば、逆に生きとし生ける者その全てが滅んだ世界も有る。
人間が自ら滅ぼした世界も数限りなく有るが、人間の行き過ぎた発展を恐れ、その世界を管理する神が人間を滅ぼす事も、決して少なくは無いらしい。
一夜の宿を求めるつもりで入ったのは、そんな『人』と『神』がガチンコでぶつかり合う『最悪』一歩手前のそんな世界だった。
へどろの様な汚物を撒き散らしながら腐った巨人が、ドラム缶を積み重ねた様な武骨な巨人と渡り合うその姿は、決して格好の良い物では無い。
「……あの様子を見る限り、この世界はもう長くねぇわなぁ。人の誂える物にしちゃぁ有りゃ余りに不格好、格好を付ける余裕も無く成った急拵えの代物だ。あの怪物の方だって絞りに絞った後の最期の残りカスだわ」
人が作った物が勝っても、神の搾りカスが勝っても、その先に未来は無いのだ、と吐き捨てる様にそう言った。
世界の管理者で有る神が居なく成れば、世界はもう滅ぶしか無い。
だが神が人間を滅ぼそうとしていると言う事は、人間が自らの手で世界を滅ぼし兼ねないと言う事だ。
何方にせよもう手遅れで、滅亡以外の結果は残っていない。
その言葉を裏付けるかの様に、人造の神と生粋の神がぶつかり合う度に世界は揺れ、その足元に広がる乾いた大地は罅割れ、空気は腐臭を帯びていく。
「皆が皆、滅ぶ様な罪を犯したと言う訳じゃないだろ? 誰か……ソレこそ界を渡る事が出来る様な子供位なら助けられるんじゃ……」
見える範囲に人の姿は無い。
沙蘭が以前通った時にはこの辺りには大きな街が有り、決して豊かとは言えずとも間違い無く人も猫も生きていたらしい。
けれども、あの戦いの余波によるものか、それとももっと以前に失われたのか、『猫の裏道』を通ってこの世界に降り立った俺の目の前に広がっていたのは、崩れ落ちた廃墟の群れだった。
見える範囲にソレらしい者を見受ける事は出来なかったが、それでもこの世界全てを見渡せば全く居ないと言う事も無いだろう。
この世界に生きる人間達の『自業自得』だとしても、ソレを成した訳でもない子供達にとっては『親の因果が子に報う』だ、可能ならば助けて上げたいと思うのが人情だと思う。
「……自分でも無理だって解ってる事を態々口にすんのは不毛だと思うぜ? 今夜の内にたどり着ける範囲で真っ当な宿が取れる場所は思い付かねぇし、せめて安全に野宿できる場所まで行かねぇとな」
沙蘭の言う通りソレが無理な相談だと言う事は重々理解しているのもまた事実で有る。
目の前で助けを求める者が居るならば、ソレを助けるのに全力を尽くすだろう。
しかしソレが居るのかどうかも解らず、もし居たとしてもどれ程の人数が何処に居るのかも解らない者達を助ける……なんて事が普通の人間に出来る筈が無い。
沙蘭に促され踵を返し『外』へと踏み出した、その時呆気ないほどに軽く『世界』が砕ける音が聞こえた気がした……。
ふと薪が弾ける音が妙に耳に付き目が覚める。
「おや……まだ起きるにゃぁ大分早い時間さね。寝る子は育つって言うだろ? ほれ、もう暫く寝ておいで」
この旅路の間、移動以外では食べるか寝るかの二択だった沙蘭は眠る事無く火の番をしてくれていたらしい。
「全く、人間ってのは本当に不便な生き物だわなぁ。色々と準備が無けりゃ野宿一つで命を落としかねねぇたぁな」
碌な寝具も無く、鎧を脱いだままの姿でそのまま地面に横たわれば、沙蘭の言う通り身体の熱を地面に奪われ体調を崩すのは間違いないだろう。
寝袋なりテントなり有れば間違い無く快適に眠れただろうが、残念ながら嵩張りすぎると言う理由でソレを買い求める様な事はしなかった。
ならばせめて新聞紙かダンボールでも有れば大分違うのだが、残念ながらそれらの用意も無い。
芝右衛門に買ってもらった子供服を全てでは無いが持って来て居たのがせめてもの救いだろう。
俺は洋服を着て、脱いだ着物を敷物代わりに地面に敷いて眠っていた訳だ。
それでも身体を冷やして風邪でも引いたら面倒だと考えた沙蘭は、こうして寝ずの番をしてくれていたと言う事らしい。
「んで……見ず知らずの、居るかどうかも解らねぇ連中を見捨てたのがそんなに気になるかい? 形通りの子供じゃ有るまいし、現実的じゃ無ぇ事位解ってるだろうに……」
どうやら俺がよく眠れていないのが、あの世界崩壊に影響されての事と考えたらしい。
比較的、平和だった日本でも虐待やら虐めやら警察が手を出す事の躊躇われる民事に分類される事件は幾らでも有ったし、刑事でも慢性的な人手不足から予防に回す人員は最小限に過ぎず、基本的に事後捜査に終始していたのだ。
それが諸外国、それも治安が崩壊している様な所へ行けば強盗、誘拐、殺人なんて凶悪事件は日常茶飯事、その被害者を零にするなんて現実的では無い夢物語だなんてのは重々承知している。
今帰ろうとしている江戸だって、東西南北の四町奉行所は勿論、火盗改メや自警団の者達等が、日々治安維持に力を注いで居るにも関わらず、必ず何処かかしらで事件は起こっていた。
何処かで割り切らなければ成らない事だし、そんな事はとうの昔に済ませている。
「いや、流石に手の届かない所の皆を救う何て事が出来るとは思っちゃ居ないよ。そんな事を言いだしたらキリが無い。そう、仕様が無い事なんだ……」
そう口に出して見れば、不思議な程に腑に落ちぬ物を感じ、今一度自身に問いかける。
少なくとも剣十郎がそう思っている事に嘘は無いが、志七郎はソレを心の底から納得している訳では無いらしい。
仕様が無い、そんな言葉で括る事に馬鹿みたいに強い抵抗を感じるのだ。
完全に一つに成ったと思っていた俺の中の二つの魂、其処に微妙な差異が有る事に俺は今更に成って気が付いたのだった。




