三百四十 志七郎、異界からの侵略者を知る事
『【いい加減】世界樹緊急保守点検-256時間突破【休みたい】』
『【火竜列島】新種化物報告スレ1386匹目【破界事件】』
『【妖精女神】世界樹の女神を愛でるスレ8【ロリ可愛い】』
『【至急】神に何かなる気無かったのに、昇神通知が届いた件について【助言求む】』
『実況◆世界樹保守点検現場55【もう1月帰ってない】』
『働いたら負けだと思っていた漏れが社会復帰した件』
『休暇無し当直、死ぬかもしれない』
鬼切手形に表示される丸で便所の落書きの様な表題の数々。
とは言え、コレは世界樹の中に有るらしい仙人達の使う掲示板の書き込みその物では無く、ソレを抜き出した所謂『まとめ』の様な物らしい。
それでも本来で有れば俺の目に触れる事等無い筈の物が、こうして見れるのは此等が手形を通じて情報を送ってくれている猫仙人の個人的なお気に入りだからの様だ。
試しに一つ開いてみようかとも思ったのだが、先程開いた『休暇告知』以外は黒字では無く灰色の文字で表示されており、タップすると一瞬読み状態を示しているらしい点滅する円が現れ、それから『権限外の接続は禁止されています』と表示されるだけだった。
「気になる物は有るけれど、タイムリミットの表示はきちんとされている様だし、取り敢えずは良いか……」
俺が死んだ頃には、この手の情報源を元にして捜査に着手する事は決して珍しい事では無くなって居たが、仕事以外でパソコンに触れる事の少なかった俺は、無限に近い情報の海の中から有用な物を釣り上げる……なんて真似は出来そうに無い。
部下の中にはソレが得意で、時折『危険薬物の売買』や『違法賭博場』なんかの情報を釣り上げて、検挙に繋げる様な成果を出していた者も居た。
兎角、見れ無い物は仕様が無い、諦め鬼切手形を腰へと戻す。
「あぁ、終わったかぃ? 隠密任務の時は携帯電話を切っておく物だぜ? つっても、そりゃ携帯とはちと違う物の様だけどな」
煙管から吸い殻を落としつつ、沙蘭が珍しい物を見る様な視線を鬼切手形へと向ける。
質感も重量も完全に木製で、将棋の駒を大きくした様な五角形のソレは、電子機器の様な機構は一切無い筈なのだが、叩くや触ると言った操作に対する挙動は殆ど携帯電話のソレと変わらない。
向こうに居た時には氏名や所属、格等の個人情報が鮮やかな墨字で記載されており、それ以外の情報を引き出すには専用の宝玉を使う必要が有った。
だが今はカウントダウンの表示こそ漢数字では有るが、普段の達筆な筆文字では無く、パソコンや携帯電話で見慣れたゴシック体に近い物に見える。
恐らくは猫仙人の介入に因るものなのだろうが、重量的にも構造的にも電子機器とは思えぬコレがどの様な技術で動いているのやら……。
「成る程なぁ……。そりゃ世界樹の木っ端から切り出された物なんだろ。超常の世界と機械っては相性が悪いってのが相場だからな。そりゃ激務で苦しむ神様達が挙って欲しがる訳だ」
と、訳知り顔でそう言う沙蘭。
その言に拠れば、俺が知る二つの世界だけで無く、大概の世界で『神』と呼ばれる存在は激務に次ぐ激務の上、代わりに成る者も居ないと言う、其処らのブラック企業が白く見える程の真っ黒っぷりなのだそうだ。
特に忙しいのは事務方で、全ての事務処理が書類上で管理されており、計算の類は計算尺だったり算盤だったりと、兎角アナログ手法で行われていると言う。
だが人の世を見れば解る通り情報技術化が進めば、それらに関わる労力は一気に減少する。
それ故に異世界の神々は自らの世界に生きる者達を手駒として『世界樹の盆栽』をその手に握ろうとするのだ。
「儂も色んな所旅して色んな神様に会ったけどよ、ガチで『全知全能』なんてのには会った事がねぇんだよなぁコレが」
飽く迄も『世界』を管理する者達を『神』と呼ぶので有り、それぞれ司る『権能』とでも言うべき超常の力を有しては居るが、ソレは決して『全てを知りつくし、全てを行える完全無欠の能力』には程遠い物なのだ、と言い切った。
「そんなちっぽけな板切れ一枚でどれ程の事が出来るかは知らねぇが……パソコンが発明されてから此方、人間の進歩速度は異常としか言えねぇ……。ソレが神様にも使える様な形で有るなら『殺してでもうばいとる』なんて輩が出ても不思議はねぇさな」
彼が旅した数多の世界の中にはこの世界よりもずっと科学技術の進んだ、ソレこそSF小説の様な世界は幾らでも有る。
それら世界が『世界樹の盆栽』の様に常時侵略を受ける様な事が無いのは、神々の持つ『権能』が繊細な機械に干渉し、破壊してしまうからなのだそうだ。
故に多くの世界では、諦めて激務を人海戦術で何とかしようとするのだが、極めて強い繁殖力を持つ様な種を抱えていたりして、その限界を超えてしまい破綻しかけた世界では、一発逆転を掛けて『世界樹』を手に入れようとするのである。
しかもその手の『破綻しかけた世界』と言うのは、その世界が持つ生産力の上限を超えて生物が増えすぎて居るケースが大半で、尖兵として送り込まれるのは殆ど『棄民』同然の者なのだ。
思い返して見れば緑鬼王も亀光帝烈覇も、己の世界では生きられず『世界樹の盆栽』へとやって来たのだと言っていた様に思う。
中には己の私利私欲で動いている者も居るだろうが、その大半は『生きる為』に必死だっただけなのかもしれない。
ソレに気がついてしまえば、これからの鬼切りで躊躇が出てしまうかも知れない……そんな迷いの様な物が脳裏を過る。
「でもまぁ、どんな理由が有るにせよ侵略は侵略だわな。世界樹を力尽くで奪おうなんて輩が、その世界に住む者を今まで通りに扱う保証なんてねぇ訳だし?」
が、ソレを見越したかの様な口振りで手にした煙管をくるりと回し、そんな言葉を口にした。
言われてみれば確かに、難民の様な形で平和的にやって来たならば兎も角、荒事や犯罪前提でやって来る者達を相手に、手心を加える必要は無いかも知れない。
「さて……そろそろ行こうかね。さっきのどっかで見たような三馬鹿鬼も十分離れただろうしな……っと伏せろ」
そして次の渡河地点へと促す言葉を放つが……直ぐに言葉を切り、慌てた様子で声を押さえた叫びを上げた。
その視線の先には、先程とは別のグループと思われる鬼達が巡回して来る姿が有った。
幸い向こうが此方を見つけるよりも早く、草むらへと身を隠す事が出来た様で、気付いた様子も無く然程離れていない場所を警戒した足取りで通り過ぎ……
「む? 風も吹いて無いのに草が揺れている……何か居る?」
る事無く、そんな言葉を言い放つ。
見つかった!? 思わず身を固くするが、俺が何かをするよりも早く、
「ニャ、ニャ~ン!」
沙蘭が一声鳴き、その身に纏う物全てを脱ぎ捨て、草むらを飛び出す。
「……なんだ、猫か」
比較的近くの草むらに飛び込んだ彼の姿を見送った鬼達は、安心しきった足取りでその場を歩み去る。
……余りにもベタ過ぎる方法に、俺は苦笑いを浮かべながら、その場に残された沙蘭の荷物を回収し、彼の向かった方向へと歩み出すのだった。




