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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
界を越える土産物 の巻

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三百三十七 『旅立』

 自分の生き様が間違っていた、そう思ったのはほんの些細な……いや俺にとっては決して些細な事では無いが……兎角、日常的な会話の中の事だった。


 夕食の席に落ち込んだ表情で姿を現した息子に、その訳を問いかけたのだ。


 一瞬の躊躇の後に返って来た答えは、その日剣道の試合が有り、今まで負けた事の無い格下と侮っていた相手に負け、その敗因が己の傲りに依るもの、と祖父(親父)にこっ酷く叱られたのだと言う。


「そうか……、残念だったな、次は頑張れよ」


 親父が叱ったのであれば俺が重ねて叱り付ける必要は無いだろう、そう判断し口にした言葉だったが、彼はその言葉に怒りとも呆れとも付かぬ表情で、


「……やっぱり今日は飯良いや。食う気がしない」


 と、そう言い放ち席に着く事無く乱暴に襖を閉めてその場を立ち去った。


 その態度に多少苛立つ物を感じたが、俺よりも先に親父が激した様子で追いかけたのを見て、俺はただ黙って箸を手に食事を始めたが、その時ほんの少しの疑念が胸に湧く。


 同じ家で暮らしている家族だと言うのにその日試合が有った事も知らず、俺とて幼い頃から剣を学んでいたにも関わらず、息子がどの程度の腕前で有る事かも知らない。


 彼が何を好み、何を目標に生き、どの程度の成績で、どの様な交友関係を持ち、どう生きているのか、問われても答える事が出来ない。


 ソレは(剣十郎)が家族との関わり方を誤る原因と成ったのと同じく、息子に関心が無いと思われても仕様が無い、いや実際俺はその時まで息子に対して無関心だったのは間違いない事実だった。


『然る可き時に叱れぬ父親ならば居ない方が良い』


 親父がお袋からそんな言葉を貰ったのは、俺がまだ幼い頃一寸した悪戯のつもりで、出会ったばかりの女房に怪我を負わせてしまった時だった筈だ。


 親父と並んで座らされ、曾祖父さんや祖父さん、お袋と三人がかりで滾々と説教されたあの日の事は、今でも朧気ながら思い出す事が出来る。


 以来親父は生来の物だと言う甘やかし癖を押さえ込み、家庭の中で父親に求められる姿の一つで有る『叱る者』の役目を担う様に成った。


 それは今でも変わって居らず親父が叱ったならば、俺が重ねてそうする必要は無いのだと、そう思っていた……つもりだった。


 だが叱らない事と無関心なのはイコールで結ばれる筈も無い。


 俺は親父以上に、駄目な父親だったのだ。


 一つの過ちに気が付けば、そこから連鎖するかの様に自らの愚かさを自覚する。


 公務員と成った事自体が誤りだったとは思わないが、伸ばせば手の届いた国家公務員の道を捨て地方公務員を選んだのは、女房と成ってくれた彼女が住み慣れた地元を離れる事無く生活できる様に……と言い訳し、ただ自分が楽な道を選んだと言うだけの事。


 ソレ以前に進学した大学も高校も、俺が本気で学問に注力すれば数段上を目指すことは十分に可能であった。


 にも関わらずそれをせずに居たのは、彼女との距離が離れる事で、自分以外の誰かが彼女に近づく可能性が怖かったからだと、今ならば理解出来る。


 結局の所、俺は多少物覚えが良いだけの子供(ガキ)が、賢しい大人に成ったつもりで居たのだ。


 賢者への第一歩は自らが如何に愚かで有るかを知る事で有る……誰の言葉かは忘れたが、大人への第一歩は自分が如何に子供で有るかを知る事だ、と言い換えても、きっと間違いでは無い。


 そうしてようやっと、大人として歩み始めたばかりの俺を襲ったのは、弟の訃報とソレをあからさまな政治誘導の道具にしようとする報道だ。


 それを目にした時、俺達家族は憤りを隠せなかった……いや家族だけではない、俺達兄弟を知る者は、遠方に住む親戚も、この町の皆も、この町を去った者達も、弟に被せられた汚名を雪ぐため、数多くの人間が協力を申し出てくれた。


 けれども所詮は地方政庁の中間管理職の俺は、政権与党にすら喧嘩を売り続ける報道の暴力に対抗する術等無く、むしろ庁内出世レースの為に足を引っ張りたい者達にとって絶好の攻撃材料を与えた形となり、自分を護る事すら儘ならない状況に追い込まれる事に成る。


 その状況を見かねて、同門の先輩剣士――元警察官で現国会議員の寸原先生は居辛く成った県庁務めを辞め、政治の道へと進む事を勧めてくれたのだ。


 安定して居る筈の仕事を辞め『選挙負ければ只の人』等という不安定で、リスク塗れで、尚且つ真面目にやろうと思えば激務以外の何物でも無い、そんな道を選ぶ事が出来る程俺は強くは無かったのだが、女房が背中を押してくれた。


『息子に愛される親に成るにはもう遅い、せめて息子に尊敬される親に成れ』


 と……。




 あの時の事を思い出せば、苦笑いしか浮かばない。


 それでも自分が本当の意味で親に成れるかも知れない、そう思えたのは……この小さな子供に生まれ変わったのだと言う、愚弟のお陰だと言えるだろう。


 先生の所に持ち込まれる幾つもの超常現象(バカバカしい話)が、事実だと受け入れた今だからこそ、この幼子が剣十郎なのだと素直に認める事も出来るが、以前の俺であればきっと『頭の悪い小説』の読み過ぎだと切って捨てていた筈だ。


 そして同時に俺が自覚する事の出来た自分の過ちと、同じような間違いを胸に抱いている事に気が付き、思わず手が出てしまった。


 しかしこれで良かったのだと思う、親父やお袋に取っては、自ら率先して彼を送り出すのは、再び子供を失うのに等しい事であろう。


 俺だって息子と、剣太郎と今生の別れと成るならば、そう簡単に決心する事など出来はしない。


 だからこそ俺は俺が感じたままに剣十郎――今は志七郎と言うらしい少年に説教めいた言葉を叩き付け、旅立ちの背を押してやったのだ。


 そして今、水杯を交わし、叩き割り、離別の覚悟を示し、彼はこの平和な世界には似付かわしく無い鎧兜の背を晒し、股旅姿の猫又に先導され一歩足を踏み出した。


 別れの言葉は無い。


 親父達はもう十分に言いたい事は言い切ったのだと事前に聞いている、俺が言うべき――いや言いたい事はもう言った……というか、親父は咽び泣いて言葉を発する事など出来そうに無かった。


 和尚や若和尚は俺達を超常のチカラから護る為の念仏に忙しく、一歩下がった位置に立つ小母さんも口を開こうとはしない。


 唯一、何かを言いたそうな素振りを見せている芝右衛門も、二度、三度と口を開きかけ……何を言うべきか、言葉を決めきれぬ様子で唇を噛み締める。


 山門を潜り、少しずつ小さくなる背をただ静かに見送る俺達に、志七郎少年は無言で右手を上げ、ソレを小さく振って……


「じゃぁ……ね」


 一言口にして、振り返ること無く門前を曲がり姿を消した。


 誰が一番最初に走り出したかは解らない、だがきっと気持ちは一つ、少しでも長く遠くへ見送りたくて山門へと駆けていく。


 その姿が見えなくなったのは、ほんの数秒の事だった筈だ。


 にも関わらず、曲がったはずの方向を見ても、反対を見ても、はたまた門から真っ直ぐ先の方向にも影も形も無い。


「猫の裏道ってのは、何処にでも通じてて、何処からでも入れるって事に成ってんだわ。角を曲がりゃあら不思議、見た事も無い道に出た……ってな」


 念仏を止め、疲れきった顔で若和尚がそう言った。


 つまりは彼は少なくとも俺達に影響が出る範囲には居ないと言う事だろう。


 皆の視線の先にはごくごく一般的な住宅街が広がり、新聞の配達員らしい原付バイクが走り抜けていく。


 誰も何も言わず……言えずに暫しの時間が過ぎ、日は昇り此方の世界では何事も無い普通の一日がまた始まるのだった。

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