三百三十三 三狸、玉を連ね土産出揃う事
「そーいやよぅ、家族と家臣の土産は良いが、向こうの友達連中にゃぁなんも買っていかねぇの……あ、もしかしてお前ぼっちか!?」
智香子姉上への土産も決まり後は礼子姉上だけ……とそう思った所で、ポン吉がそんな事を言い出した。
「いや、普段一緒に行動してる奴らは居るぞ? まぁ従兄弟に兄貴の友達の妹だから、純粋に俺の友人かと言われると微妙かも知れないが……」
言われるまで忘れていた……という訳では無い。
猪山藩の家臣は全員合わせても百には届かない、大量に買ったショットグラスのウチ幾つかをそちらに回そうと思っていたのだ。
「いや……子供相手に酒の道具は駄目だろ……」
だが芝右衛門は俺の考えを呆れ顔で全否定する、言われてみれば確かに子供が貰って喜ぶ物では無い……かも知れない。
けれども今からまた、さっきのショッピングモールへと行くのは流石に無駄が多すぎる、いっそ駅前に有る風車の巨人に挑んだ騎士の名を冠する大型ディスカウントショップで探すのも手だろうか?
俺自身では一度も行った事は無いが、物の善し悪しは兎も角として大体の物は比較的安値で手に入るとは聞いた事が有る。
だが色々な物がごちゃごちゃと有りすぎて何を買うのか迷う店だと言うのも耳にした覚えがあるし、残り少ない時間で彼処へ行くのは悪手かも知れない。
「わざわざ他所へ出かけなくても、此処で買っていっても良いのよ? ちょっと待っててね……」
迷う俺を見かねてか、それとも商魂に依るものか、そう言った蓮ちゃんは一度店の奥へと姿を消し……一俺の鎧を運ぶのに使っている櫃の様に大量の御札やら数珠やらが巻きつけられたアタッシュケースをぶら下げて戻ってくる。
「……本物の秘石とかそっちでも中々手に入らないでしょうし、若和尚さんが梵字を入れればその効果は間違い無いしね」
テーブルの上で留め金を外され開かれると、其処には店内の棚に並んでいるのと然程差の無い様に見えるビーズが無数に詰まっていた。
しかし彼の言葉通りそれが只の石では無い事は氣を篭めた瞳で見れば直ぐに解る。
コレは……俺の鎧や刀と同じ、氣の塊とでも言うべき物だが、大きく違う点が一つ有る。
それは俺の鎧に篭もる妖氣が外に溢れ出して居るのに対して、秘石の方は完全に安定していて髪の先ほども漏れ出す物が無いのだ。
お花さんから受けた精霊魔法の授業でも、宝石……貴石や半貴石の持つ力に付いては触れられていた。
その中でも強い力を持つ『秘石』と呼ばれる物は、向こうでもそう簡単には手に入らない物で、特に大きな秘石を巡って南方大陸では何度となく戦乱が起こったのだと言う話だった筈だ。
それを考えると、コレらは決して安い物では無い。
下手をすればこの中の一粒ですら、他の土産全てを足したのと同等以上の価値があるのでは無いだろうか。
流石にそんな物を他人の財布で買うのは……。
「あー、確かにこりゃレア物だが、値段的にゃぁ大して高い物じゃねぇぜ? 此奴の所で扱ってるのは消耗品として使われる様なレベルの物だしな」
そんな俺の内心は、長い付き合いのポン吉には顔を見るまでもなく解る事だったらしく、そんな助け舟が出されると、
「あら、ネタばらしが早いわよ。もう一寸この子の困った顔が見たかったのに」
悪戯が失敗したと言うような、悪女の笑みを浮かべそう言い放ち、改めて種明かしをしてくれた。
その話では、弓や銃を用いる退魔師が鏃や銃弾に使ったり、一部の術者が術を行使するコストとして使う様な物なのだそうだ。
そしてこれは棚に並んでいる氣の篭っていない物とも共通する事なのだが、宝石と呼ぶには傷が有ったり不純物が多かったりと品質としては、決して高い物では無いが故に御値段据え置きなのだと言う。
「知り合いにゃぁ、此奴をマシンガンでばら撒く何てやり方をしてる奴も居る位だ、よっぽど阿呆みたいな数じゃなけりゃ、そんな負担にゃぁ成らねぇよ」
「それでも他の土産との釣り合いを考えるなら、秘石と棚の石を混ぜて腕輪状の御守にすれば良いわ」
とポン吉の言葉に蓮ちゃんが付け加え、
「……石の意味とかは普通のパワーストーン何かと一緒何だよね? それならお姉さんにもコレ良いんじゃない? ムーンストーンとインカローズの組み合わせで家内安全……だったかな?」
更に芝右衛門までもがそんな言葉を口にした。
「って、なんでそんな事知ってるんだよ。お前この手の趣味有ったっけか?」
思わず俺がそう問いかけると
「いや、宝石をモチーフにしたゲームとかアニメって結構あるぞ?」
とそんな言葉が返って来たのだった。
お花さんの授業で習った一部の有名な宝石は兎も角、此処に有るような詳しい者でなければ名前すら知らない様な物に付いて、当然俺に知識が有る訳も無く、石や彫り込む文字の組み合わせは三人に丸投げする事にした。
その結果、それぞれメインとなる二つと梵字を刻む為の黒瑪瑙二の計四つに8mm玉を使い、ソレを繋ぐのに6mm玉の普通の水晶を使うらしい。
組み合わせを纏めると、礼子姉上には前述の二つをメインに鬼子母神と地蔵菩薩――薬師如来でも良かったらしいが、此方には五穀豊穣のご利益も有るそうで、此方を俺が選んだ――の梵字で家内安全を願い。
歌には見合いの成功を願って紫水晶と玉髄に、同じく鬼子母神と此方は愛染明王と、恋愛に特化した物にした。
ぴんふは琥珀に煙水晶、黒瑪瑙と合わせて健康祈願の効果が見込める組み合わせで、刻むのは武運を呼び込む為に毘沙門天と不動明王。
りーちには金色の針状の鉱物が入った針水晶と赤鉄鉱、梵字は不動明王に大黒天で、商売繁盛を第一に考えた組み合わせ……らしい。
「紐は取り敢えずナイロンテグスで……予備も一寸多めにサービスしておくわね。紐は消耗品でどうしても時間が立てば切れるから、結び方とお手入れの仕方の冊子も読んでおいてね。サイズ調整が必要なら一旦切って水晶の数で加減してね」
蓮ちゃんはそう言いながらも、手を止めること無くビーズに糸を通していき、あっという間に六つのブレスレットを完成させていた。
「あれ? 一個多くないか?」
俺が出来上がった物を見てそう疑問の声を上げると、三人は揃ってアメリカ映画の様な仕草で肩を竦め、
「そりゃお前の分に決まってんだろ」
「それは君、の分に決まってるだろ」
「そりゃ貴方の分に決まってるでしょ」
と三人声を揃えてそう言われてしまった。
俺用と言われて差し出されたのは土産では無く二人からの餞別だ、との事で石の組み合わせは瑠璃と黄水晶、文字は阿弥陀如来と釈迦如来だそうだが、それらの組み合わせの意味は皆口を閉ざし聞く事が出来なかった。
「よし、コレで一通りの土産は揃った訳だ。この腕輪は今楠寺帰ってから彫り込みと祈祷をするが、まぁ一晩有りゃ余裕だわな」
ポン吉の言う通り思い浮かぶ相手への土産は揃った筈だ、帰ってから更に夜通しの仕事を押し付ける形に成った事は少々気が咎める物が無い訳では無いが、ソレを口にした所で『コレも修行』と笑って流されるだけだろう。
「他にお土産を買い忘れている人居ない? 師匠とか先生とかそう言う人達の分とか……」
心配性とは一寸違う、俺以上に慎重派――安全主義の芝右衛門が不安そうな表情で、そう言った。
「あー、お花さん……魔法を教えてくれてる先生の分、もう一個……いや、猫又女中のみんなにも……作ってもらった方が良い……かな?」
ピンポイントに忘れては行けない相手に言及され、俺は思わずそう答えたのだった。




