三百三十一 三狸、糧食を確保し賭博を得る事
「あったあった! お菓子売り場かと思ったら真逆此方に有るたぁなぁ……。けど此奴の用途を考えりゃ当然ちゃぁ当然だわな」
甘い物好きな義二郎兄上への土産物に心当たりが有ると言うポン吉に先導され、食品売り場へと向かった俺達だったが、其処では目当ての物は見付からず、結局店員さんに聞いて戻ってきたのは先程まで居たアウトドアグッツを扱うテナントだった。
それが置かれている『防災グッツ売り場』自体は、テナントの入り口から然程離れて居ない一角を大きく占めて居り、意識的にスルーしなければ其処にその売り場が有る事に気付かぬ方が奇怪しい位で有る。
だが港近くと言うこのショッピングモールの立地も有ってか、前面に押し出される様に展示されているのは『津波避難シェルター』に『災害用ボート型テント』と大物ばかりだった。
一応見える位置にも保存食の類が無い訳では無いが、乾パンやビスケット缶等の見慣れた物は申し訳程度にしか置かれて居らず、水を入れるだけで食べられる『アルファ米』や、乾パンならぬ『缶パン』等、見栄えのする物が並んで居る。
そんな最新の保存食の中に、小豆色の地にプリズム加工でマルに備蓄の備、白抜きで5年間長期保存と明記された掌サイズの小さな箱が有った。
「……羊羹? いや、羊羹なら向こうでも普通に食べられいる物だぞ? 流石に五年も持つ様な物が有るかは解らないが……」
以前何処かで『某和菓子店の羊羹は日本の気候ならば三十年は持つ』等と聞いた事が有るが、ソレは飽く迄も『食える』と言う事で有り味の劣化は避けられないと言う話だった筈だ。
ソレに対してコレは賞『味』期限が5年と、その期間は味が落ちる事無く食べられるのだと明記されているのである。
豪放磊落を絵に描いた様な義二郎兄上は基本的には量こそ正義と言うタイプでは有るが、下戸な分……という訳では無いが殊甘味の類に対しては無駄に繊細な舌の持ち主だ。
義二郎兄上が何日も江戸へと帰らずぶっ通しで戦場を渡り歩くなんて事は茶飯事と言えるレベルの話で、そんな時に出先で食える保存用の甘味は喜ばれるかも知れない。
とは言え、俺が此方へと来る時点で兄上が失われた腕を補う義手を求めて旅立つ事は既に決まっていたのだから、コレを買って帰っても期限内には渡せない可能性も高いだろう。
しかも五年の賞味期限は飽く迄も此方の暦の上での事、向こうとの時間の流れの差から実際にどれ程保つかの保証は無い。
果たしてコレが兄上の口に入るまで、その味を維持する事が出来るだろうか……
「てかさ、土産物ってだけじゃなくても、道中の非常食として持って行くってのも有りなんじゃないのかな?」
と、悩みそうに成っていた俺に、芝右衛門がそんな言葉を投げかける。
曰く、林間学校や遠足等の日にも朝食を取る事無く通学し、長距離の移動の道程で空腹のあまり体調を崩す生徒が、毎年一人二人は居るのだそうだ。
そんな時に便利なのが、コンビニでも売ってる羊羹なのだと言う。
小さく安く、その割に高カロリーなソレは、エネルギー補給には最適と言える食べ物の一つなのだそうだ。
そう言われてみればコレを幾つか買って行き、土産兼糧食とするのは悪い手では無いかも知れない。
「そんなに高い物でもねぇんだ、一寸多めに買って行きゃ良いんじゃねぇ?」
同じ生産者のチョコ味の羊羹――此方の賞味期限は三年だ――等と言う珍妙な物を手に取りながら、そう言うポン吉に
「……うん、御値段的にも重量的にも手頃と言えば手頃かな」
俺は他に良い物も思い付かず、消極的な賛成の言葉を口にして、二種類を三箱ずつ買い物籠へと放り込むのだった。
取り敢えずコレで男性陣への土産は揃った、後は母上や姉上と言った女性陣への土産を探すだけだ。
此方の物でしか手に入らない物で、女性向けの品……と考えながら、アウトドア売り場に背を向けると、不意にソレが瞳に飛び込んできた。
俺の視線の先にはおもちゃ売り場が有り、その入り口横のショーウインドウには幾つものボードゲームが飾られていたのだが、その中の一つ母上に贈るのにこれ以上無い程相応しいと思えたのだ。
それはポーカー、ブラックジャック、ルーレット、クラップスとカジノゲーム四つが一箱で遊べると言う物で有る。
母上の趣味と言えば誰が何と言おうとも間違い無く賭博で有る、その趣味の幅は競馬から麻雀、花札、賽子、手本引と幅広い。
装身具の類ならば生半可な物では母上の立場に見合わないが、この手の趣味の物で有れば、多少安っぽいでも問題無いだろう。
母上ならば向こうで良い物が欲しいと思えば、コレを手本に作らせる事も出来る訳だし……。
「うん、は……お袋にはコレで良いな。一寸嵩張るが……まぁ何とか成るだろう。問題は上の姉貴二人か」
礼子姉上が喜びそうな物と言えばやっぱり農具だが大概は大きくて重い、彼女には趣味の物と言う選択は無しだろう。
智香子姉上には実験器具の類だろうがそれらの殆どは壊れ物注意で、どれ程の危険が有るかも解らない道中には向かないのは間違い無い。
つまり彼女たち二人に関しては趣味と言う突破口は使えないと言う事だ。
んー、やっぱり女性向けの土産と言えば、ハズレが無いのは装身具の類だろうか。
だが他の家族に買った物との価値の釣り合いを含めて考えると、比較的安っぽい物を選ばざるを得ないだろう。
「いっその事、反物なんかどうだよ? 俺の付き合いが有る呉服屋ならワケアリ在庫とかで、そこそこお値打ち物が出て来ると思うぜ。モダン系の柄ならそっちでも十分に目新しいんじゃねぇの?」
布生地は確かに向こうだと結構な御値段がする物だし、現代的な柄の物は文字通り此方でしか手に入らない物かも知れない。
選択肢としては十分に『有り』の範疇だと思うが、ポン吉の付き合いが有る呉服屋と言えば、微香部街の商店街に有る店の筈で、向こうへ戻ってしまえば此処程品揃えが良い店は無い筈だ。
この辺……この地域一帯で一番大きく品揃えが良いのがこの店で有る以上、此処で買えても向こうで買えない物は多々有っても逆は無い。
此処での買い物を切り上げるべきか、もう少し此処で粘るべきか……。
時間制限が有るにせよ、それはまだ今日一日とそれなりの時間が有るのだ。
「下手の考え休むに似たり……じゃないかな? 女性向けの土産物で男の俺達が無い知恵絞るより、女の人……若しくはそれに類する人に相談するのも手だと思うよ?」
長考に入りかけた俺を、芝右衛門がそんな言葉で引き止める。
「……誰か相談するのに調度良い相手が居るのか?」
女性は兎も角、それに類する人……と言うのは意味深と言うか何と言うか……色々と不安を掻き立てる物が有る。
「……おお!? 釜ヶ谷の奴なら確かにこの手の相談をするにゃぁ打って付けだわ。ありゃ化物やらあの世やらにも通じてるし、何より男の気持ちも女の気持ちもどっちも解るって主張してるしな」
どうやらポン吉にとっても共通の知人らしく、納得した様子で手を打ちながらそんな言葉を口にする。
「やっぱりそっち関係の人なんだ……まぁそうだよねぇあの人の占い怖い位当たるらしいし……」
聞けば、芝右衛門の猫喫茶が有るビルで店を営む『自称オカマ』の占い師が居るらしい。
「表向きの『おまじない』の類も有りゃ、ガチの『呪い』の品も扱ってる筈だし、彼処で相談するのは有りっちゃぁ有りかもな。つか、此処だけの話あのビルは業界関係者多いぜ?」
賛同を口にしつつポン吉が放った爆弾発言に、芝右衛門は自分の店の常連達を思い浮かべ、
「誰……とまでは言わないけれど、あからさまに胡散臭い人多いからなぁウチのビル……」
と苦悩とも呆れとも付かぬ表情で、深い深い溜め息を吐くのだった。




