三百三十 三狸、不銹鋼と化学製品を買い求める事
当初のこの売り場での目当てだったスキットルだが、然程豊富とは言えない品揃えで、然程迷う余地も無く、兄上にはシンプルで手頃なステンレス製の物を選び、父上にはそれと比べて幾分か……いや、かなり値の張るチタン製の物を買う事にした。
ちなみにそれらを選んだのは俺では無い、なにせ父上用としたチタン製のスキットルは、ステンレスのソレに比べて六倍もの値段が付けられていたのだ。
いくら遠慮は無用と言われたとは言え、決して安い物とは言い難いその額を、自分の物の様な面で簡単に選べる程、厚顔無恥では無い。
ステンレス製の物は兄上用に選んだ物以外にも幾つか有り、父上用の物もその中から選ぶ積りだったのだが、
「小藩とは言え大名だってんなら、そんな安っぽい代物じゃぁ無く、此方の方が良いだろうよ」
「ステンレスは安い分って訳じゃぁ無いけれど酒に金属臭が移るから、出来ればピューター製をお勧めしたい所だけれども、どうやら此処には無いみたいだしね」
と、そう言ってポン吉と芝右衛門が揃ってコレを推したのだ。
酒を飲まないポン吉は見栄えを、焼酎党では有る物のウイスキーやスコッチ等の洋酒も幅広く嗜む芝右衛門はその味の変化を選択の理由として上げていた。
俺自身、その手の酒を飲まなかった訳では無いが、別段アウトドア系の趣味は無く、それぞれの使い勝手なんかは今一つ理解出来ていない。
「折り畳みグラスも有ったほうが良いね。お兄さんは兎も角、親父さんは直接ラッパで回し飲みって訳にも行かないだろうし」
そう言いながら芝右衛門が幾つか取り出したのは、ペットボトルのキャップより一回り大きい程度のステンレス製キーホルダーだ。
開いた状態の展示品とポップを見れば、大凡30ミリリットルの所謂シングルと呼ばれるサイズのショットグラスに成るらしい。
「つか、コレなら纏めて買っても嵩張らねぇし、家族以外の土産にゃぁ調度良いんじゃね?」
と、同じ物が大量に入った籠を覗き込みながらポン吉がそう言う。
『大特価! 90%OFF』と大声を表わす吹き出しの様なポップが籠に貼られている辺り、仕入れを間違えたか何かの在庫処分品なのかも知れない。
だがそれはそれとしてポン吉の言う通り、ショットグラスは日本酒を呑む際の盃としても丁度良い大きさでもあるし、何よりも特売のお陰も有って非情に安く、コレに付いては幾つか買ったとしても然程心苦しい思いをしなくて済むのも有り難かった。
「……うん、家臣の皆に渡すには良いかも知れない……。まぁ金属製品だけ有って纏めて持つと流石に重いけど……」
百個纏めて買っても親父用のスキットルより安いが……重さは一つでも殆ど同じ位なのだ。
試しに籠ごと持ち上げてみれば……うん、持てない事は無い。
「なら取り敢えずコレは全部お買上げで良さそうだね。幾つ有るんだろ……」
展示籠から買い物籠へと移しながら数えてみればその数は百八つ。
さっき選んだリュックサックなら楽勝で持って帰れる量だ。
「後は……コレも有れば便利なんじゃないかな? あと、コレと、コレと、コレも!」
アルミ製の携帯用調理器具――サイズ違いの手鍋二つにフライパン、皿三枚とフライ返し、お玉の豪華八点――セットに、シリコン製折り畳み薬缶、アルミ製の飯盒、大振りの十徳ナイフ……と、芝右衛門は迷う事無くそれらを選び出していく。
「てか、芝右衛門ってこの手の趣味有ったっけか? 随分とまぁ手慣れてるみたいだけど……」
その様子に俺は素直にそう疑問を口にする。
「……林間学校ってさ、行きたくなくても行かないと成らないんだよねぇ。若手ってだけで色々とやらされるし」
虚ろな瞳でどこか遠くを見ながらそう答える芝右衛門の姿は、教職を離れたばかりの頃を思わせる覇気の無いものだった。
「取り敢えず、この売り場で買う物はこの程度か? んじゃ会計して来っから、次は釣具売り場だろ? 先行っててくれや」
ステンレス製品が山盛りに成った買い物籠を手にしたポン吉の言葉に見送られ、隣の売り場へと移動する。
信三郎兄上への土産は釣り竿ほぼ一択だろう、向こうで彼が使っているのは竹製の所謂『和竿』だ。
まぁ向こうでは炭素繊維やガラス繊維の竿なんて無いし、どれを選んだとしても希少性と言う意味では土産物として十分だろう。
釣りは金を掛ければ際限の無い泥沼の如き趣味……まぁ、趣味なんてのは大概そんな物だが。
兎角、上を見ればキリがないのも間違い無い。
実際此処の売り場に有る無数の釣り竿はリール込みで千円未満の激安特売品から、付属品無しの一本で父上用のスキットル二本分と言う高額製品まで様々な品物が揃っている。
流石に特売品と言う選択は無いとして……価格帯で考えるなら、やはり仁一朗兄上のスキットルと同程度の物を選ぶべきだろう。
そう考えれば選択の幅は一気に狭まる。
「んー、釣り竿にリール、テグスにその他付属品多数でこの値段……はお買い得なのかな?」
炭素、ガラス繊維混合の磯釣り万能竿スターターセット『コレ一つ有れば簡単釣りデビュー!』とポップが貼られたソレは、セットに含まれたケース毎リュックに十分入る大きさだ。
「そーいや、さっきの売り場じゃぁ買ってなかったが、クーラーボックスなんかも有りゃ便利なんじゃね? コレなんか値段も手頃だし畳めるし荷物にも成らねぇだろ」
クーラーボックスと言えば大きなプラスチック製のソレを思い浮かべるが、前の売り場での会計を終え合流したポン吉が差し出したのは、スポーツバック風の四角い鞄だった。
その言葉通り値段は兄上達用の土産より多少安い程度と、確かに手頃と言える範疇だ。
丁度良いサイズの保冷剤も並んで売っているが、向こうへ帰ったなら魔法で氷を作る事は出来るし、嵩張るからそっちはまぁ良いだろう。
「あー、クーラバッグは便利だよなぁ。ソレは忘れてた……」
よく冷えた飲み物が欲しい何て林間学校の度に思ってた事なのに……、と頭を掻きながら芝右衛門が呟けば、
「んじゃコレもお買上げ決定……と、で? この売り場でまだ買う物有るのか? 親父に上の兄貴と下の兄貴、それと家中の男衆の分はコレで良いだろ?」
と、ポン吉がそう〆る。
「この弁当箱と水筒一組は一番下の姉貴への土産……かな? ポットはお袋に上げりゃ喜ぶだろ。後は真ん中の兄貴と、上の姉貴二人、で取り敢えず家族の分は終了……かな?」
その言葉を受け取って、指折り数えながら残りの相手をイメージする。
小僧連三人の分も何か買っておいた方が良いだろう……いや、リーチもピンフも元服したら旅に出る予定なのだから、旅に便利な……あの二人はさっきのミニグラスで良いやな。
後は歌を含めた女性陣に義二郎兄上だが、この辺は非常に好みを考えるのが面倒な相手なのだ。
兄上はあの性格だから余程頓痴気な物を渡したとしても笑顔で受け取るだろうが、それは社交辞令的な物では無く本気の本気で喜んでくれる筈だ。
だがそれは兄貴の好みの品だから、と言う訳では無く土産を持ち帰ると言う気遣いに対しての喜びなのである。
それが悪いとは全く思わないが、やはり本当の意味で喜ばれる物を贈りたいと考えるのは、人として普通の感情ではなかろうか?
「で、その真中のお兄さんはどういう物が好みなんだい?」
「……武器か、甘い物」
前者はこの日本では、向こうの物より優れたソレを手に入れる事は難しいだろう、後者はやはり痛むのが怖い。
「ああ、なら良い物が有るぜ? よし、次はもっかい食品売り場だな アレならそう簡単に痛まねぇし、嵩張らねぇし……手頃っちゃぁ手頃だわな」
思い当たる者が有ったらしいポン吉は、会計へと向かった芝右衛門を待って、先導する様に肩で風を切って歩き出すのだった。
前話あとがきでも申し上げました通り、
八月上旬は暫く、仕事の研修でフルタイムと成る為、執筆に回せる時間が少なく成る可能性が高く、隔日更新の維持は難しく成るかと思います。
故に、一旦生活が安定するまでは『平日は出来たら更新』『土日の何方かは更新』と言う形を取らせて頂きます。
ご理解とご容赦のほどよろしくお願いいたします。




