三百二十九 三狸、悪食を楽しみ背負い進む事
取り敢えず腹を膨らませるだけの、決して美味いとは言い難いソレを口へと運ぶ。
モソモソとした口当たりの悪いバンズ、肉汁の一滴すら感じられないパサパサとしたパティ、申し訳程度に入っている萎びたレタスと薄切り玉葱、それらを辛うじて食える物に仕立て上げている生姜風味の濃いソース。
今年出たばかりの新メニューと言う事でそれを選んで見たけれども、チープでジャンクなその味は値段相応としか言い様の無い、下っ端時代に張り込みをしていた頃を思い出させる物だった。
極めて残念なのは此処のフードコートの店は何処も赤白コーラしか扱っておらず、赤青白のコーラは缶・ペットボトル売り場でしか売って居ないと言う事だろう。
しかもフードコートでの売上を伸ばす為なのか、その売場は別フロア――先ほどまで居た酒類コーナーと同じく、地下食品売り場だ――に有り一度買いに戻るのも面倒臭い構造に成っている。
一応申し訳程度には自販機も見える範囲に有るのだが、コーラやジンジャーエールと言ったフードコート各店で販売されている物とは被らない様に配慮されているらしく、そのラインナップは微妙に定番を外した物ばかりだ。
「……つか、其処まで赤白コーラが嫌いか。よりに拠ってなんで其処で選ぶのが大麦コーラなんだよ。ネタにしたって普通選ぶか? それ」
そんな中、世界で一番不味いコーラ等と言われているモノが入った自販機が有ったので、ソレを買ったのだが、呆れた顔でそう言うポン吉の手にも日本では比較的マイナー所といえる炭酸飲料が握られている。
合わせて食べているのは、ホットドッグと玉葱のフライにポテト、更にチキンナゲットと盛々の揚げ物だ。
「いや、ポン吉だって人の事言えないだろ? 飲用湿布薬なんて……てか、沖縄のアンテナショップも無いのに何でソレが売ってるんだ?」
かく言う芝右衛門も、その手に有る飲み物は俺達が買い求めた物よりは有名な物とは言え、この辺では比較的珍しい胡椒博士だ。
食べ物の方はカリカリに揚げた上にチーズ明太子のソースが掛かったタコ焼きである。
「別に俺だって、好き好んでコレを選んだ訳じゃ無いさ……」
溜息を一つ吐き、そう言いながらさして美味くも無いハンバーガーを齧り、明確に不味いと断言出来る砂糖入り炭酸麦茶で流し込む。
この手のネタ飲料を見かけたら思わず買ってしまうのは、きっと趣味人の逆らい得ぬ性なのだろう。
そしてそれは他の二人も同じ事らしく……俺達は三人揃って深い溜息を吐きながら、手早く昼食を済ませたのだった。
「んー、思ったよりも良い値段するなぁ……。あ……飯盒も有ると便利か? でもコレなら向こうでも作れるか? いや鉄や銅じゃぁ重過ぎるか……」
飲み物の選択を間違えたとしか思えぬ食事を終え、やって来たのは午前中に話していた通り、アウトドア用品を専門に扱うテナントだ。
直ぐお隣には釣具を扱うテナントも有り、そちらはそちらで信三郎兄上向けの土産が手に入りそうでは有るが、取り敢えずは後回しにして此方で買える物を物色する。
と、こうして見回しただけでも向こうで使って便利そうな物は沢山有った。
組み立ていらずで袋から出すだけで簡単に使えるテント、折畳式のコップ、重ねてしまえる携帯用鍋セットも旅をするには有用なのは間違い無い。
考えてみればアルミやチタンの様な近代的な冶金に依る金属は勿論、プラスチックやポリエステルなどの化学繊維系も向こうではお目にかかる事の出来ない代物で有る。
大量の生活用品を持ち帰るのは困難でも、この手の道具類は土産としてだけで無く、自身が使う為に買っていくのは有りの筈だ。
俺だって何時までも子供のままという訳では無い、元服が済めば向こうの神様に命じられた事を成し遂げる為に旅に出るのはほぼ確定なのだから、その時に使える様な道具を用意するのは早すぎると言う事は無い。
……今回の様に、自発的にでは無くとも江戸を離れる様な事が絶対に無いとは限らないしな。
「手前ぇで使う物を買うのに、金を出すのは吝かじゃぁ無ぇけどよ、先ずは土産物を先に選ばねぇか? 入れ物も見繕ってどんだけ持って行けるかを先に決めねぇと……アレもこれもって訳にも行かねぇだろ? まぁ、心がぴょんぴょんすんのも解るけどよ」
苦笑いを浮かべながらポン吉がそんな事を言って、自分の考えの中に沈んでいた俺を引き上げ、
「そうそう、優先順位の取捨選択が大事なのはどんな事だって一緒、それは君が一番良く知っている事だろう?」
芝右衛門もそう言って追従の意を示す。
彼が口にした『先順位の取捨選択を間違えた』と言うのは間違い無く前世の俺の事を指している言葉だ。
趣味に没頭する余り学業を疎かにし坂を転がる様に成績を落としていった姿を、彼らは誰よりも間近で見ていたので有る。
受験間近に成って慌てて勉強した所で完全に巻き返す事は出来ず、辛うじて浪人やFランクは回避したものの、高校の同窓会では名前を出すのも憚られる様な大学に行かざるを得なかったのだ。
まぁ大学のランクだけを言うならばポン吉が行ったのも大差ないと言えば大差ないのだが、彼の場合は家庭の事情というか、その後の進路を見越しての選択だったので誰もソレを恥や逃げとは思わない。
対して俺は端から見れば完全に落ち零れた結果なのだから、言い訳のしようも無い。
そこで性根を入れ直していれば、まだ取り返しが付いたのかも知れないが、大学時代も堕落した生活は続き、結局ノンキャリアとして警察学校へと進む事に成ったのだ。
其処で教官に揉まれ、任官後は先輩達に恵まれたお陰も有って、気合を入れ直し仕事は仕事で全力で取り組み、趣味は趣味で楽しむと言う、公私の区別を付けたメリハリの有る生活を身に着ける事が出来たのは、本当に運が良かったと言えるだろう。
兎角、一度やらかした馬鹿から学ばない様では俺は本当にただの馬鹿に成り下がってしまう。
「……先ずは、此処に来た目的通り、親父殿と一番上の兄貴に渡す土産を選ぶ……いや、その前にポン吉の言う通りリュックを先に選ばないとな」
狭いところを通る可能性を考えれば、大きくなり過ぎるのも良くないが、道中どんな事が有るかも解らないし、出来れば長く使える――それこそ大人に成ってからでも使える様な物が有れば尚良い。
「コレなんか良いんじゃないか? 今の君には少し大きすぎるサイズかもしれないけれど」
そんな事を考えながら、カバン類を扱うコーナーに目を向けると、即座と言って良い程のタイミングで芝右衛門が目ざとく一つの大型リュックサックを選び出す。
最大容量70リットルと書かれた縦長の大型リュックサックは、今の俺には確かに少々背が高すぎるが、大人が背負ったならば概ねの部分が身体からはみ出す事も無く、狭いところを歩くにも邪魔に成り辛そうに見える。
林間学校の学生と言うよりは、ヒマラヤやエベレストを目指す様な登山家が背負う方が似合うようなソレは、定価約一万五千円と本来ならば少々値が張る物だった。
が、ゴールデンウィーク開けで暫く長期休暇が無いのが理由なのか、丁度セールが打たれて居り40%OFFのタグがぶら下がっている。
「ちとでかすぎねぇか? ……あ、でも肩紐を出来るだけ短くすりゃ……行けるか?」
アジャスターで肩紐を調整し背負って見れば、多少緩いが何とか背負えなくも無い位の長さだ。
「うん、何とか成りそうだね。多少緩くても、あの鎧の上から背負うなら大丈夫……かな?」
芝右衛門の言葉に俺は静かに頷き、肯定の意を返す。
コレならば色々と背負って進む事が出来るだろうと、そう思える心強さがそのリュックサックには有るように思えたのだった。
以前お知らせした仕事が八月から正式に動く事が決定しました。
故に八月中は研修等が忙しく、今より執筆時間をとるのが難しく成るかと思います。
その為、取り敢えず八月一杯は『平日は不定期』+『土日何方かはほぼ確定』での更新とさせて頂きます。
今までより、更新ペースが落ちる事、大変心苦しく思いますが、ご理解とご容赦の程宜しくお願い申し上げます。
PS、次回は通常通り隔日で31日深夜更新予定です。




