三百二十七 三狸、土産を探す事
「やっぱり此方から持って行くなら、電子辞書が良いんじゃねぇか? ほら最近の奴なら百科事典も入ってて、小説なんかも色々入っても然程の値段もしねぇし」
「いやいや剣が好きだったのは、そ~言うのに入ってる文学小説じゃなくて、頭の悪い俺ツエー系のラノベだろ? それならタブレットPCでも用意して、そのスマホでブクマしてるサイトからダウンロードしまくった方が好みに合うだろ」
「タブレットって値段の割りに容量少ねぇだろ? 百科事典なんか突っ込んだら小説なんて碌に入らねぇんじゃね? それに道中は色々とアブねぇ道を通るって言ってたし、薄っぺらいタブレットじゃ下手すりゃ付く前にぶっ壊れちまうかも知れねぇぞ」
「それだったら、電子辞書だって危ないだろ? んー……そうだ、前に使ってたノートパソコンならそう簡単には壊れないんじゃないかな、何せ頑丈さを売りにしてて警察や自衛隊、米軍なんかでも使われてるモデルだし……」
江戸へと帰る算段も付き本土へと帰るフェリーに乗る俺達に、沙蘭は手荷物程度の土産なら持って行っても構わない、との言葉を投げかけた。
それを聞き、当の本人で有る俺を他所に、ポン吉と芝右衛門は嬉々とした表情で、そんな会話を繰り広げる。
「んじゃ、それのハードディスクをデカイのに交換して、落とせる物片っ端から突っ込むか。後はホームセンターで色んな作物の種を仕入れてくるのも有りかもな。百科事典無双やら農作物無双は基本だろ?」
「ホームセンターで売ってる種は、ほとんどF1種だから毎年種を買えるなら良いけど、次に繋がらないから投資としては微妙じゃないかな? それだったら素直に電子書籍で技術書やらレシピ集やらを増やした方が良いと思うけど……」
と、言うか此奴等……完全に俺を異世界転生チート物の主人公に仕立て上げようとしてやがる。
その手の小説を読むのは確かに好きだったが、それは飽く迄も娯楽としてで、ツッコミどころを見つけて笑うのが主目的だった。
決して今の自分の境遇を憂い、主人公に自分を重ねて安っぽいヒーロー願望を満たす為では無い……筈だ。
まぁ生まれ変わった当初は、そ~言うのに全く期待していなかったと言えば嘘になるけれども……。
だが江戸で暫く過ごして解ったのは、概念さえ理解していれば簡単に導入できる様な物は、俺よりも前にあの世界へ行った転生者や転移者が既に持ち込んでいるらしい、と言う事だ。
俺が好む銘柄の物では無いとは言え『高良』も有れば『拉麺』も有る、睦姉上に聞いた話だと伽哩も食べれない事は無いそうだし、食べ物系でお手軽チートは先ず無理だろう。
もっとも伽哩はその材料で有る香辛料の類の多くが気候的に火元国では育たず、輸入に頼るしか無い為『超』が付く高級料理では有るが……。
「てかさ、これ以上返し様の無い恩を積み重ねるのは色々と心苦しいんだが……」
タブレットPCだってノートPCだって決して安い物では無い、特に芝右衛門が言っている機種は圧倒的な頑丈さを持つが、高くて重い物だと言う事は職場でも使われていた機種だけあってよく知っている。
此処までの旅費やら食費やらの負担だけでも、決して少なく無い金額に成っているだろう事を考えれば、余計な遠慮とは言い切れないだろう。
「くたばった筈の達公の土産一つをケチケチする程、銭金にゃぁ困っちゃ居ねぇよ」
だがポン吉は俺の言葉を鼻で笑って不機嫌そうにそう言葉を返す。
「そうそう。それに貸し借りを云々するなら、俺が前の職場を辞めた後、暫くプー太郎して居る時色々と奢ってくれたろ? その時の借りを利子を付けて返してるだけだ」
その言葉に頷き同意の意思を示しながら芝右衛門が言う。
確かに彼が教職を辞した後、働く気力も体力も無い状態で半ば引き篭もりに近い生活をしていた頃に、何度と無く飯を奢った事は有るが、それは古馴染みとして当たり前の範疇でしか無い。
彼らは此処数日、生業をそっちのけで俺に協力し続けてくれたのだ、この世界を旅立ってしまえばその恩を返す手立てが無いのだから、これ以上負担を掛けたく無い、と思うのも又当然の事だろう。
「つか元の世界に返ったからって、恩の返しようが無いと思ってんなら筋違いだぜ? 俺達もお前も何時かはくたばるんだ、阿弥陀様の所で再会してから返してくれりゃぁ良いだけだ。袖すり合うも他生の縁ってな」
そう言ってから瞑目し片合掌で念仏を唱えるその姿は、丸で徳の高い僧侶の様だった。
フェリーが港へ入ると、相変わらず船酔いが酷いらしい妖怪自動車を駐車場で休ませ、俺達は港から然程離れていない大型ショッピングセンターへと向かう事にする。
情報系以外にも土産に成りそうな物を買う為だ。
日常生活に必要な生鮮食品は勿論、衣類から安い雑貨、果ては比較的珍しい輸入食品まで、様々な商品を取り扱う其処は、微香部駅の北口に有るのと同系列の店で有る。
だが生活必需品をメインに扱う微香部の店に比べ、此方は比較的珍奇な品を扱うテナントが多い様に見受けられた。
平日の昼間、開店直後だけあって然程混み合っては居ないが、それでも俺達以外にちらほら見かけるのは、カップルらしい若い男女ばかりだ。
「取り敢えず、輸入雑貨の店でも覗いていくか? 向こうは日本文化が色濃い場所なんだろ? 土産には丁度良いんじゃねぇか?」
旅猫又に言われた土産の条件には、危険な場所を押し通るのに邪魔に成らず、また他の者が狙いたく成る様な物も避けねば成らない、と言われている。
人の中で生きる者は兎も角、野生の中で生きる猫又は所有権とかそう言う物を理解していない者が多く、故に欲しいと思えば短絡的に盗む文字通りの『泥棒猫』は決して少なくないらしい。
そしてその手の泥棒猫は、巾着切りから外道働きまで有りとあらゆるタイプの者が居り、後者の中にも荷物を奪うだけでは飽き足らず、殺した相手を喰らう肉食獣そのままの……質が悪い者も居るのだと言っていた。
「帝の住む都には輸入品をメインに扱う百貨店も有るらしいから、外国の品が絶対に手に入らないって訳じゃぁ無いしなぁ……」
俺が知る限り北方大陸からは独逸や仏蘭西辺りの欧州文化圏に近い品が色々と輸入されている。
「それなら、家電コーナーの方を見に行くかい?」
高価で珍しい物は避けるべきだろうし、電気製品の様にインフラが無ければ動かない物などは積極的に持って行くべきでは無いだろう。
太陽電池パネル付きのノートPCケースと災害用手回し発電機は、災害時用の備蓄として在庫して居る物が有るそうで使えない事は無いだろうが、俺自身で使う分に限定した方が良いと考えたのだ。
「電気製品は、人に送る土産としては微妙かなぁ。どう頑張っても使い捨て以上には成らないし……」
以前読んだネット小説の様に荷物毎転移出来る成らば、容積や重量なんて事を気にせず可能な限りの予備在庫を含めて様々な物を買い集めるのが正解だろうが、鎧兜や刀などの装備だけでもこの小さな身体には負担が少なく無い。
邪魔に成らない範疇の手荷物と言うのは、実は中々面倒な縛りと言えるのではなかろうか?
彼らの提案を尽く却下する俺に二人は気を悪くした様子も無く、寧ろ楽しげに笑いながら
「所持品制限とか重量制限とか、一昔前のRPGなら基本だよな」
「ポン吉程ゲームに傾倒した訳じゃないけれど、オンラインゲームが流行りだした頃に多かった、そう言う縛りの中で最善を模索するのが楽しかったよね」
と、ネット小説以外の娯楽には然程明るくない俺には解らぬ二人の間に有る確かな共感に、俺はほんの少しだけ、疎外感にも似た何かが脳裏を過ったのだった。




