三十 志七郎、鬼を斬り、誇りを知る事
昨日夕方に1話投稿しております。
平時投稿しておりますこの時間から、
開いてくださった方は、
前話を御確認下さいますようお願いいたします
「小鬼は通常、単独からせいぜい数匹程度で行動するもの、これほどの数が戦術を用いて組織だって行動してるのです、その頭となる大将が居るのでしょう。それを討てればこの徒党は瓦解するはず!」
半ば以上に希望的観測の入った後付の対策だが、あながち間違いでは無いように思える。
確か『江戸州鬼録』でも大群と遭遇したならば、大将と一騎打ちをするのが打開方法だと書かれていたはずだ。
「ふむ……、まぁ百から居るこれらを全て撫で斬りにすると言うよりは余程現実的な案でござるな。忠告を聞かず啖呵を切った上でのこの状況ござる、命を落とす様な事が無い限りはそれがしは手を出さぬ故、精々気張るんでござるな」
既に三匹小鬼を殺したが、決して殺すことに戸惑いや迷いが無くなった訳では無い、だがそれでも自分の後ろには護るべき者と思える子供達が居る。
そう思うと腹が据わったか、身体からは震えが消え周りの小鬼達の様子が見えるようになってきた。
どの方向に大将が居るかは解らないが、明らかに囲み方に偏りがあり厚みのある一角が有るのは解る。
戦術を用いる位の頭が有るならば、もしかすればこの偏り自体が罠や誘いなのかもしれないが、他に判断できる要素は無い。
もしかすれば兄上は何処に大将が居るのか解るかと思い、その顔を見上げるが面白そうに笑っているだけで応えはない。
そうしている内にも小鬼達は俺達を敵と見取った様で四方八方から散発的に矢が放たれる。
念の為小手で顔を覆い目を射られない様に防御したが、然程勢いのないそれは大半が甲冑に弾かれ被害らしい被害は感じられない、だが軽い衝撃はあり行動を阻害する程度の効果は有りそうだ。
動き出そうとして違和感を感じ見れば、身体までは届いていないものの鱗状の装甲の隙間に刺さっている矢も何本かある。
幾ら防具が良くても当たりどころが悪ければダメージを受けるかもしれないし、撃たせない食らわない様に立ちまわるべきだろう。
孤立した位置に居るから矢を撃ち掛けられるのだ、乱戦に持込めば同士討ちを避けるためにも早々撃つ事など出来ない筈だ。
そう考えれば後は早い刺さった矢を振り払うと、先程判断した通り一番厚みのある方向へと全力で駆け出した。
辺り一面見渡すかぎりに敵、敵、敵……、刀を振れば敵が斬れる、中るに任せてただ只管に切り捨てる。
その度に返り血が甲冑を汚し、手に伝わる骨身を断つ感触と共にその臭いが吐き気を誘う。
だがそれでも俺は吐き気を噛み殺し、動きを止めず鬼達を斬り続けた。
どれほどの数を斬ったかすら解らなくなった頃、俺は一つの違和感を感じた。
かなりの数の小鬼を斬った筈なのに、一向に数が減っていないのだ。
当然、俺が斬った小鬼の死体はそこら中に転がっているのだが、後から後から湧き出しているかのように次々と集まってきているのだ。
「こりゃあ本気で大将が、それも召喚能力のある大鬼が居るな……。良かったでござるな志七郎、初陣で大鬼が率いる徒党を単独撃破となれば、その武名は江戸中に響き渡るぞ」
そんな事を呑気な声で言う兄上に、殺意すら感じながら視線の端でその姿を確認すると、飛んでくる矢は掴みとり偶に飛びかかる小鬼が居れば武器すら抜かずにその拳で張り倒す。
そんなバケモノの姿がそこには有った。
「ほれ右手から又新手で御座る。どんどん斬らねば数に押し切られるぞ」
こういう状況で、話は章冒頭へと戻る。
「遠くの者は音に聞け! 近くの者は目にも見よ! やぁやぁ、我こそは雄藩猪山藩主猪河四十郎が七子、猪河志七郎なるぞ! そこなる鬼の首魁、一騎打ちを所望する! いざ尋常に、勝負! 勝負ぅぅぅううう!」
汗を掻きすぎカラカラに渇いた喉から精一杯に声を張り上げ見得を切る。
その声が辺りに響き渡ると、小鬼達は一斉に鎧を纏った大鬼――と言っても見た目は一回り大きい程度で兄上の方が余程大きいが――を見た。
「ソチラノでかイノデハ無ク、小僧オ前ガ一騎打チヲ所望スルト? 馬鹿馬鹿シイ、主ヲ倒シテモソノでかイノガ出張ルノデアロウ。誇リヲ賭ケテ戦オウトモ其奴ガ居レバ全滅ハ必至、ナレバ一兵残ラズ戦ウ事ヲ我ラハ望ム」
流石はこれだけの徒党を纏める大将である、兄上が明らかに格上であり一人でも相手を全滅させうる存在であることを見抜いているようだ。
だが、待てよ? あいつの言い分を信じるならば一騎打ちを拒否する理由は兄上が居るせいだ。 普段ならばとっくに引いている筈の小鬼たちがわざわざ集合して戦いを続けているのはもしかして……。
「一つ聞く、何故これだけの被害が出ているのに群れを引かずに戦い続ける?」
「知レタコト……斯様ナ豪傑ガワザワザコノ森ヘト赴イテ来タノダ、我ラヲ皆殺シニスル心算デアロウ。折角日ノ下ヘト出タノダ、例エソレガ短イ時間デアロウト我ラハ誇リ高ク戦イ死ノウ」
大当たりだ……、こいつら兄上が居るからこそ逃げても無駄だと最期まで戦おうとしてるんだ。
どうすりゃ良いんだよ……。
兄上が戦ってくれれば小鬼達を全滅させる事で蹴りは着くだろうが、当の兄上は戦う気が無いという……、かと言って俺一人では全滅させる事など不可能だ。
「一騎打ちとなればそれがしは決して手を出さぬことを刀に誓おう、例え此奴が打ち殺されようともな。どちらが勝とうとも引くならば見逃す。無論掛かって来るならば相手になるがな」
頭を抱えたく成るこの状況で兄上は重々しくそう言った。
先程までは俺が危なくなれば助ける、そう言っていたのに見事な掌返しである。
だが、その目は決して嘘を言っているものではない、大鬼の示した覚悟に対し真摯に受け止めたそう物語っている。
「志七郎、済まぬがこれでお主を助ける事は出来なくなった。それがしは武人として確約した言を翻す事は出来ぬ。だが、お主が逝けばそれがしも腹を掻っ捌き共に死出の旅路を参ろうぞ」
自分の命すらも賭けて俺に戦わせたいのか、一瞬そう思ったがそうではない。
たとえ兄上が見逃すと言っても、兄上が居る以上引くことは出来ず。かと言って此方が先に引こうにも隙を見せれば確実な安全の為にも襲わざるを得ない。
俺達も連中も、どちらを選択するにせよハッキリとした切っ掛けが必要なのだ。
半ば膠着したこの状況で、俺は一つの決断を下す。
懐紙取り出し刀に付いた血糊を拭き取り黙って数歩前へと出る、無論一騎打ちを希望するという意思表示だ。
そしてそれは当然、兄上の命をも背負う覚悟を決めたと言う意思表示でもある。
子鬼たちにもそれは伝わったらしく、大鬼を除き鬼達は皆武器を下ろしその場に座り込む。
「……水ヲ飲メ。少シダケ休ム暇ヲヤロウ、今ノママデハ数ニ任セテ押シ潰シタノト変ワラヌカラナ」
度量が深いのかそれとも誇り高いのか、大鬼はゆっくりと自陣深くから進み出て来ながらそう言った。
幸い疲労はあれども負傷は無い、腰に下げた瓢箪から水を少量だけ口に含みゆっくりと息を整えながら飲み込む。
ほんのそれだけの事でも身体に力が戻ってくるのが解る。
瓢箪と鞘その他の荷物を兄上に投げ渡し、少しでも自由に動けるようにすると、ゆっくりと向き直った
「待たせたな……、もう大丈夫だ」
大鬼へと視線を向けそう言うと、彼はニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、腰に下げた刀を抜き放ち、鞘を子鬼へと投げ渡す。
「小僧、今一度名ヲ聞コウ……」
刀を低く下ろすその構えは、剣道で言えば脇構えと呼ばれるものだ。
「猪山藩主猪河四十郎が七子、猪河志七郎!」
その構えは、俺が主に用いる八相構えに対し有利な構えだと言われている。
「我ハ真山、緑鬼王也」
だが、それは俺に対抗するためにわざわざ選んだという風には見えない。
不慣れな構えでは多少なりと隙が出来るはずだが、そんな様子は毛微塵程も感じられない、最も得意な構えなのだろう。
「いざ!」
「尋常ニ!」
「「勝負!」」
幾分のズレもなく双方の声が重なり、互いが背負う自分の物だけではない命を賭けた戦いの、その火蓋が切って落とされた。




