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二十九 志七郎、怖気づき、鬼を切る事

 結局俺は1匹の鬼も切ること無く、昼食(どき)となった為、安全地帯である要石の広場へと戻ってきた。


「そう気を落とすな。初陣で手柄を立てられぬ等当たり前の事、むしろ天狗になった鼻を叩き折るのが初陣というものでござる」


 グリンピースのようなけれども甘みと旨味の豊富な豆が混ざったおにぎりを、頬張りながら兄上はそう言った。


「日々の稽古では指南役とも良い勝負を出来ていた故小鬼くらい楽勝、そう高を括っておったそれがしも初陣の折には結局怯え、鬼を討つどころか褌に味噌を付けたくらいだ。漏らしておらぬ分お主の方が上等でござるよ……飯を食ってる時にいう言葉ではなかったな」


 慰めの嘘なのか、それとも真実かは解らないが、その言葉にほんの少しだけ安堵する自分がいる。


「まぁ、折角来たのに何も持ち帰らぬというのも勿体ないでござるな、午後からは薬草やら山菜やらを採り持ち帰るとしよう。山の中でしか手に入らぬそれらを得るも鬼切り者が為すべき仕事の内でござるからな」


 食事を終えた俺達は兄上の言通り、小鬼を避けながら薬草やその他食べられる植物を集めることにした。


 どうやら件の初陣徒党以外にも鬼切り者は結構この森へと来ているらしく、時折小鬼と戦う者や俺達同様薬草等を採取している姿を見かける。


 霊薬の材料に成る物、単純な食材と成る物、扱い方によっては毒と成る物等など、様々な草や果実をそれらの見分け方を教わりながら採取していく。


 中には丁度食べごろと言うべき状態に熟れた果物もあり、それはその場で美味しく頂いた。


 時折、件の子供達の物と思える歓声や鬨の声が聞こえてくるのを見るに、彼らは彼らで順調に戦い続けているのだろう。


 子供達が危険に身を晒しながらも戦っているというのに、それに比べ自分は何をやっているのかと情けなく思う気持ちと、殺すと言う事を避けられたと言う思い、その相反する気持ちを抑えながら静かに有用植物を間違えないよう手にしていく。


 そうして荷物も大分増え、そろそろ持ち帰る事が出来る量にも限界を感じ始めた頃だった。


「……妙でござるな」


 兄上が急に鋭い視線を辺りに走らせながら、そう呟いた。


「妙……ですか?」


「うむ、幾ら小鬼がボウフラの様に際限なく湧くものとは言え、それはあくまでも長期的に見た話。一日から数日程度の短い期間に大量に狩れば流石に枯れるのだ……。だが、今日は件の徒党を含めかなりの数が狩られている様子なのに一向に枯れる気配がござらぬ」


 鬼が湧くと言う言葉も少々気にはなったが、それ以上に枯れる気配が無いというのが重要だろう。


「鬼が枯れる……?」


「うむ、ある程度数を狩れば連中も身を守るためか、森の奥など鬼切り者達が来ない場所へと引き上げていくのだ。何時もならばこの時分にはそうなっているはずなのだが、今日は未だに至る所で戦っている気配が有る。嫌な予感がするでござる……」


「では、そろそろ引き上げますか? 採取物もそろそろいっぱいですし……」


 そう問い返すと兄上は静かに頷き歩き出す、俺には正直どっちに進めば広場へと戻れるのかも既に解らなくなっていたので、その後ろを黙って着いて行くのだった。




 どうやらかなり森の奥へと進んでいたらしく、あの初陣徒党が戦う気配を俺が感じられたのはかなり歩いた頃だ。


 彼らは未だ調子よく狩りを続けているらしく、時折幼くも勇ましい鬨の声や小鬼達の苦痛に満ちた悲鳴などが聞こえてくる。


 それらが大分近くなってきた時だ。


「馬鹿野郎! 深追いするな!」


 そんな叫び声が森に響き渡った。


 その言葉に興味を惹かれそちらへと顔を向けると、逃げる数匹の小鬼を子供達が意気揚々と追いかける姿があった。


 小鬼が枯れなかったのは、ああして逃げるのを追いかけて始末しているからか?


 そうも思ったのだが逃げる小鬼達はただひたすらに落ち延びようとしている訳ではなく、時折振り返っては追いかけやすい様に距離を調整しているように見え撒こうとしてる様子ではない。


 引率の者達はそれに気が付いているのか、先走ろうとする子供達を止めるため必死に声を張り上げるが、手柄に逸った者達は聞こえていないのか無視して居るのか、どんどんと森の奥へと走って行く。


 敗走するふりをして相手を誘い込み伏勢で強襲を掛ける……確かそんな戦術を前世まえに何かで読んだ事があったと思う。


「兄上、あの子供達を止めに行きます!」


 俺の記憶が確かならばあの子供達が危ない、そう判断し広場へと向かう兄上に背を向け子供達を追い掛けることにする。


 兄上はそれに何も言わず、今度は黙って俺を後から追いかけてきた。


 そうして辿り着いた場所には、軽く100を超えるであろう小鬼の群れ、群れ、群れ……。


 そして数多の小鬼達に取り囲まれ、矢を射掛けられ蹲る数人の子供達が居た。


 少し離れた所からその様子を見、俺は全身の血が沸騰するような怒りを感じた……。


 それは小鬼達に対するものではない、目の前で傷つき倒れた子供が居るのにそれを助ける事が出来ていない自分にだ。


 確かに前世で俺は公務員と言う立場に成る為に警察官になった、だがそれはずっと同じだっただろうか……。


 否! 断じて違う! 市民の安全と平和を守るために荒事をも厭わ無い、そういう思いが有ったはずだ! そしてそれは生まれ変わった今でも、俺の中には残っている……。


「志七郎、言ったはずでござるよ。助けを求められて居ないのに助太刀に入るのは戦場の心得に反するぞ」


 俺が何を考えているのかは簡単に想像できたのだろう……、背中からそう声が聞こえた。


 この世界にはこの世界の倫理が道理が有る、だがそれを言い訳に俺は自分の信念を理念を曲げる事が正しいのだろうか……。


 否! 断じて違う! 曾祖父さんが俺に剣道を教えた時なんと言っていたか……、戦うことの許されない市民の為の剣、それが警察の剣だ、そうなんども聞かされてきた。


 そしてそれは武士の剣とて同じ筈だ、弱きを助ける事こそ本道の筈だ!


「うるせえ! 目の前でガキがられそうになってんのに、見捨てられっかよ!」


 全身が瘧の様に震えるが、それは先程のような殺す事への恐怖ではなく、目の前で子供が死ぬと言う事の方が受け入れがたいという思いからだ! 多分そうだ!


 そう自分に言い聞かせながら、俺は踏み込み鯉口を切った。


 蹲る子供達にとどめを刺そうと近づいていく小鬼の、無防備なその背中を袈裟懸けに斬りつける。


 肉を、骨を断つ嫌な感触が刀を通して手に伝わってくるが、それは思いの外軽い物であっさりと振りぬくことが出来た。


 敵の数は多い……、この場に留まれば俺も危ない。


 蹲る子供達の様子をちらりと伺えば、重症に見えるのは1人だけで、後は思わぬ逆境に肝を潰しているだけのように見える。


「これに霊薬が入ってる、その子の手当をして下がれ。突破口は俺が作る」


 腰に下げた印籠を子供の一人に投げ渡すと、返事も待たず今度は広場があると思われる方向の、俺達を囲む小鬼達へと跳びかかった。


 跳躍一閃、唐竹に一匹を切りその横に居る子鬼へと刀を跳ね上げる、一振り一殺の勢いで切り捨てている内に、その勢いに押されてか囲みが緩んだように見えた。


「今だ! 走れ、さっさと逃げろ!」


 その言葉に弾かれたように走りだす子供達、どうやら智香子姉上にもらった霊薬は瞬時にかなりの傷を癒せるらしく、重症だと思った子も無事に走り抜けていく。


「正義感に駆られ無茶をしたでござるな……、あの子らは逃げれるであろうがお主はどうするのだ? 殿しんがりも無く逃げれば恐らく回りこまれ数に殺されるぞ」


 半分呆れ混じり、そんな兄上の言葉に今の状況があまり良くない事は理解できるが、そのもう半分は何処か誇らしげに聞こえたのは気のせいだろうか?

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