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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
鬼と無双と商いと……の巻

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二百六十六 志七郎、加減を誤り不得手を知る事

 二回戦の相手も隈田少年程では無いものの、比較的大柄な子が相手だったので、皆の言う通り当たり負け覚悟で、頭からぶちかます事にした。


 前の一番での変化を念頭に置いてなのか、相手は俺が立つのを待ち、それを見てから立ち上がる。


 突っ込んで来たならば受け止め、立合いに変化を付けてきたならばそれを叩き潰す、そんな心積もりだったのだろう、彼は胸を大きく開いて腰を落とし全身に氣を巡らせた。


 直後何かが潰れる様な嫌な感触と、何本もの小枝を圧し折った様な耳障りな音が、額から伝わってくる。


 ……あ、やっちまった。


 その手応えは前世まえで覚えの無い物では無かった――流石に頭突きでと言うのは初めてでは有るが――十分に鍛えられていないチンピラの緩んだ土手っ腹に拳を突き込んだ、そんな時の感触に良く似ていたのだ。


 そしてその後に来るモノを想像し、慌てて身を引いた。


 頭から吐瀉物塗れに成るのは御免被りたかったからだ。


 だが俺の目に映ったのは、そんな生易しい物ではなかった。


 少年の胸は大きく陥没し、口からは酸っぱい匂いのする吐瀉物では無く、鉄錆臭いに血反吐を撒き散らす。


 その姿は交番勤務時代に見た、大型バイクに撥ねられた被害者と寸分違わず、即救急車を呼んだとしても、先ず助かる事は無いだろうと思える物だった。


 ……どうやら俺は氣と言う物を過信しすぎ、同時に甘く見すぎて居たらしい。


 相手も氣を纏っているのだから、全身全霊を振り絞ったと言う程の物でも無い、この程度の当たりならば耐えられるだろう、そう考えていたのだ。


 しかしその結果はどう見ても死亡轢き逃げ事故の現場である。


 相手が吹っ飛んでくれれば、此処までの重症に至らしめる事は無かっただろう、中途半端に踏み止まる力が有ったが故に、怪我を大きくしてしまったのは明白だった。


 意識加速下に有る俺の目の前で、ゆっくりとゆっくりと少年は崩れ落ちようとしていた、その時で有る。


 行司が手にした軍配から優しく暖かな光が溢れ出し、ソレが繭の様に少年を包み込んだのだ。


 加速した時間の中で行われている為、一般の観客の中には何が起こったのかすら解らぬ者も居るかもしれない、だが俺にとってはその光が収まるまでの数瞬が凄まじく永い物に感じられた。


 光の繭が丸で雪の様に解け失せると、そこには何が起きたのか解らないと言った風情できょとんと立ち尽くす少年の姿が現れる。


「志~七郎ぉ!」


 此方へと軍配が向けられ勝ち名乗りを受けるが、此処が神域で無ければ相手に大怪我を負わせていた事を考えると素直に喜ぶ事は出来なかった。




「……やはりお主は自身の力が如何程の物か、全く把握出来ておらぬのじゃな」


 土俵を下りると俺はお祖父様に猫の様につまみ上げられ、土俵から少し離れた場所へと運ばれ、そう言われた。


「いえ、全く解らないと言う事は無いとは思いますが……」


 自分の身体がどれ位の事が出来るのか、どう使うのかを把握していない状態で、鬼切りへと出掛けるのは危険過ぎる。


 伏虎に氣の運用の基礎を学んでから、色々と自分で試行錯誤したり、稽古の場で兄上達から用途を盗んだりした事で、何が出来て何が出来ないかは十分に把握している筈だ。


「うむ。だがソレは他所の子供達と比べて如何程の物か……と言う意味では全く把握出来ておらぬじゃろ? 隈田の小倅が相手ならば、良い試金石に成ると思ったのじゃがな」


 お祖父様の見立てでは体格差や技量その他全てを鑑みれば、隈田少年と真正面からぶつかり合っても、俺が打ち勝つと目して居たのだそうだ。


 あの体格差をひっくり返す力量が有る事を実感し、自身が如何に規格外と言える力を有しているのか、それを自覚させる為に真正面から隈田少年にぶつかって欲しかったのだと言う。


 俺は総合的に見れば猪山藩(ウチ)の中でも若手家臣より多少強い程度だ。


 だが若手の中でも四馬鹿と称される大羅、今、名村、矢田の四人ですら、他家の同年代と比べれば頭一つ抜けた実力が有るのだそうで、彼らよりも上を行く俺は他所の同年代とは比べるのも馬鹿らしい、と言えるレベルらしい。


「其方も年が開けて暫くすれば練武館や志学館へ通う事に成る、この辺で力加減を覚えておかねば不要な事故を招くじゃろうて」


 氣を纏う事が出来る様に成った時点で、出来ぬ者の倍の力を持ち、それを明確な意図を持って運用出来る様に成れば、更にそこから五倍~十倍の力を持つのだと言う。


 どうやら今の俺は氣で増幅された力を自覚していない為『手加減一発岩をも砕く』状態なのだそうだ。


「……もしかして、組み合わせは抽選では無く、お祖父様が意図的に?」


 そこまで話を聞かされれば、そんな疑問が首をもたげるのも無理ない事だろう。


「なに隈田の小倅も氣を練る事を覚えて、天狗に成っておったそうでな。適当に鼻っ柱を折ってほしいと言われたからな。歳と体格の差は有れどお前は二つ名持ち故、負けても家の不名誉とまでは成らん。お互い良い機会じゃった……筈なんじゃがな」


 年下の子供に緒戦で敗れる事で慢心を砕き奮起を促す、そんな算段だったのだとお祖父様は悪びれる様子すら無くそう言い切った。


「良いんですかそれ……仮にも神様の前で執り行う角力なのに……」


 組み合わせを弄る時点でソレは不正行為以外の何物でも無い、そう思ったのだが、


「銭も賭かっとらんし、それに所詮は本番前の余興じゃよ。誉田様にも話を通して有るから何の問題にも成らんわ。それよりもこうしてお前に裏を明かした以上、野火の末っ子との勝負以外は、加減って物を考えるんじゃぞ」


 氣を使わなければ、加減等どうとでも成る自信は有るが……


「……何とかやってみます」


 とは言え、裏事情を知ればやる気が失せるのもまた事実では有る。


「それにしても、先程の相手には悪い事をしたのぅ。幾ら怪我も死も無かった事に出来るとは言え、痛みや恐怖が無くなる訳ではないからの、心の傷にでも成っておらねば良いが……」


 ……死ぬ気で手加減しないと駄目だな。




 結局『わんぱく角力』はりーちの優勝で幕を下ろす事となった。


 練武館や志学館で他藩他家の子供達と交流の有るりーちは、氣の入れ具合に依る力の変化と言う奴を事前に学んで居た様で、お祖父様の目から見ても運用その物は拙くとも過不足無い出力調整が出来ていたらしい。


 対する俺はりーちと対戦する事無く、三回戦で氣を抑えようとしすぎた結果、あっさり敗退する結果となった。


 コレが寸止めが前提の練習試合ならば、同年代の子供に負ける様な事は無かっただろう。


 考えてみれば手加減をして当てなければ成らないと言う状況は、生まれ変わって以来初めての事だったのだ。


 怪我をさせぬ様、加減して相手を取り押さえる事には慣れているつもりだったが、それは飽く迄も前世での身体能力が有ってこその物だ、と理解出来たのは幸いだったと言えるのでは無かろうか。


「……そう気を落とすな。己の欠点を理解したので有れば、その敗北には十分な価値が有ったと言う事だ」


 敗北に落ち込んでいる様に見えたのか、仁一郎兄上が気遣わしげに俺の頭を乱暴に撫で付けながらそんな言葉を口にした。


 別段大きなショックを受けたとか、そんな事は無いのだが、まぁ良いだろう。


「ご来場の皆様……大変お待たせ致しました! これより『天覧鬼角力』決勝戦を執り行います! 東西の花道より決勝進出を果たした両雄の入場です!」


 と、わんぱく角力の表彰式が終わり、とうとう真打ちの出番で有る。


「東より姿を表したのは、無特選から真逆の勝ち上がり! 幾つもの金星を掴み取り決勝進出を果たした、今大会の台風の目! 豚川面左衛門の入場です!」


 会場のボルテージが一気に上がり、無数の歓声に送られた豚面の面構えは興奮でも緊張でも無い、ただ静かな闘志に満ち溢れた、大金星を予感させる、とても良い物だった。

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