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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
鬼と無双と商いと……の巻

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二百六十三 志七郎、感情を噛み殺し立合いを見守る事

 三日に亘る角力大会も今日がとうとう最終日、準決勝と決勝のたった三試合だけしか執り行われないと言うのに、会場は世界各地からの観戦客でごった返していた。


 初日、二日目の戦いを目にした者達からの噂が、諸外国や江戸から遠く離れた地域にも広がり、観戦を希望する者達が世界樹の神々へと祈りを捧げ、その結果この会場へと続く仮設鳥居が世界中に乱立する事になったらしい。


 だが角力と言う競技はその特性上、下手をすれば一瞬で勝負が決まってしまう事もあり得る。


 折角世界中から大量の観戦客が集まっていると言うのに、全ての勝負がそんな形で決着してしまえば、昨日までの熱闘の噂を聞きつけてやって来た者達は肩透かしを食う事にも成り兼ねないし、何よりも俺達の様な商売の為に此処に居る者にも美味しい話では無い。


「クククッ……おーい坊主、麦酒四本に焼鳥四人前なー」


「はーい。毎度ありー」


 腹を抱えて涙を流しながら笑いを噛み殺しつつ一人の山人ドワーフが、そう声を掛けて来た。


 今土俵の上で行われているのは正式な取組では無く、初切と呼ばれる前座芸が披露されている。


 これは角力の決まり手や禁じ手を身を以て表現し、角力を初めて見る者にでもその魅力を伝える為の物……と言う建前で演じられるコントの様な物だ。


 派手な氣功を用いる事無く演じられているそれは、角力と言う文化を見慣れていない諸外国の観客にも中々受けが良く、身体を張って滑稽さを全面に押したソレは前世まえに見た下手な漫才よりも数段面白い様に思える。


 意識的に土俵へと視線を向けない様に注意しなければ、吹き出してしまい売り言葉が口から出なく成る程なのだから……。


 そしてそれらはただ笑えると言うだけでは無く、氣を纏わぬというのに人並み外れた超人的な身体能力を有する事を、見る者に印象付けるには十分な物に見える物だった。


 見事なアンコ型の力士が、南米方面のプロレス(ルチャ・リブレ)北国の組技(サンボ)張りの、曲芸地味た飛び付き投げを披露する姿は殆ど冗談にしか見えないが……。


 兎角それは前座として観客の心を掴み、彼らのそれを圧倒する化物達の本気の取組に対する期待を煽る事には成功している様である。


「えー、実況席よりお知らせ致します。本日の取組は準決勝二戦の後、多少の休憩時間を置いて決勝を執り行う予定でしたが、大入り大反響を鑑みまして、たった三戦で終わらせるのは惜しいとの判断が下されました」


 と、どうやら土俵上ではオチが付いたらしく、大爆笑の渦が広がる中で真面目腐った声で、唐突にそんなアナウンスが響き渡った。


「付きましては、本日は予定を変更し準決勝二戦の後、『わんぱく角力』を実施致します、参加希望者は大会運営窓口までお越しください、十三歳未満で氣孔使いで有れば種族階級を問いません。尚希望者多数の場合は抽選となりますので予めご了承ください」


 えー? 流石にその範囲はがばがば過ぎないか? 年齢制限は恐らくは元服していないと言う前提なのだろうけれども、ソレにしたって六、七歳と十二歳では体格も何もかもが違い過ぎるだろう……。


 それとも氣孔使い限定なのだから、体格も身体能力も氣で覆す事が出来る……と言う前提なのだろうか?


 とは言え、参加は希望者を募っての事だし、神域では後遺症が残る様な大怪我や、万が一命に関わる様な事が有ったとしても、それらはこの場の管理者で有る武神 誉田様の権能でキャンセルされるのだから、大した問題には成らないのかも知れない。


「此方にも麦酒と焼鳥ってのくれや、取り敢えず三人前ずつなー」


 そんな事を考えて居る間にも、酒とツマミを求める声は絶えない。


「はい、毎度ー!」


 そう返事を返しつつ、俺は客のもとへと駆け出すのだった。




 立売箱の中から麦酒が丁度売り切れたタイミングで屋台へと戻ると、まわし一丁で四股を踏んでいるりーちが居た。


 土俵の上では既に準決勝一つ目の取組『神成かみなり電右衛門でんえもん』対『毒島ぶすじま悪五郎あくごろう』の一戦は決着しており、悪五郎の名が行司の口から高々と勝ち名乗りを受けている所だった。


 という事は、然程時間を置かず豚面こと『豚川ぶたがわ面右衛門めんえもん』対『嶺上みねかみ快河かいか』の一戦が始まる頃合いである。


 豚面は言うに及ばず、嶺上は浅雀藩が抱える力士で、双方共に家にとって身内と言って差し支えない立ち位置に居る者で、彼らがこうしてぶつかったのが準決勝だと言うのは十分に幸運の範疇と言えるのではなかろうか?


 トーナメント形式の大会で有る以上、下手をすれば序盤で潰し合う結果もあり得たのだから。


 だが、呼出の声に応え花道に姿を表した二人は、そんな勝負以外の無粋なまつりごと等関係無い、と言わんばかりに闘志に充ち満ちた気負いの無い良い顔をしていた。


 睦姉上を含め、この取組は見るべき物と考えている様で、皆が手を止めて土俵へと意識を向けている。


 力士としては圧倒的に小柄な豚面と比べるまでもなく嶺上と言う男の上背は大きく、測ったわけでは無いが恐らく六尺五寸(約195cm)に届くのでは無いだろうか?


 鍛え上げられ張り詰めたそっぷ型のその体型は、力士のそれと言うよりはプロレスラーかボディビルダーの様にも見える。


 嶺上は柏手を一度打ち、小柄なあんこ型の豚面とはあらゆる意味で対照的な、その肉体美を見せつける様に、高々と振り上げた足を垂直方向で一度止め、吹き上がるのが目で見える程に濃密な氣を纏い、一気に振り下ろす。


 此処が神域で有り、武神の加護を受けた土俵だからこそ、その衝撃を受け止める事が出来たのだろう、これが外の一般的な物で有ればたった一踏みで土俵どころか地面が割れていただろう。


 震災と呼んでも差し支えの無い程の揺れが周囲を襲うが、今更それに驚く者は居ない。


 それに対抗するという心算なのか、豚面もまた全身から立ち昇る闘氣を足元へと収束させ、土俵よ割れろと言わんばかりの力強さで振り下ろした。


 双方共に左右二度ずつの計四回四股を踏んだだけだと言うのに、全身から流れる汗の量は尋常な物では無く、ほんの短い準備運動にも関わらず十分に身体は温まり、全力全開での勝負を期待させる姿を晒している。


 力水と呼ばれる物を柄杓から口に含み、力紙ちからがみや化粧紙と言う紙で汗を拭う。


 本職の力士で有る嶺上は塩を手に取り土俵へと撒くが、アマチュアとでも称するべき立場の豚面にはソレは許されていない。


 仕切り線を挟み蹲踞の姿勢で柏手を打ち、両の腕を左右に大きく開き掌を返し、凶器等何も持っていない事を周囲に示す。


 前世の大相撲で有れば此処から制限時間一杯まで仕切りを繰り返すのだが、此方では双方共に氣が充実したと行司が判断すれば、


「双方見合って……発氣用意はっけよぅい!」


 と、待った無しで勝負が始まるのだ。


 双方の拳が土俵へと着いた……次の瞬間、二人は示し合わせた彼の様に低い姿勢を保ったまま、額と額が激しくぶつかり合う。


 以前何処かで目にした物の本に拠れば、力士の立合いで生じる衝撃は約二トンにも及ぶと言う。


 氣を纏う事の無い只人で有る前世の力士達でソレなのだ、氣を纏えば子供の俺ですら大人を圧倒できる力を発揮する事を考えれば、彼らのぶつかり合う衝撃はどれ程の物だろうか。


 力と力がぶつかり合った、その余波が爆風を伴い辺りを包んでいく。


 衝撃と土煙が走り抜けた後、回復した視界の先に見えたのは、大きく仰け反った豚面と追い打ちを掛ける様に右腕を突き出した嶺上の姿だった。

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