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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
鬼と無双と商いと……の巻

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二百五十九 志七郎、夕餉を楽しみ恩と礼を知る事

 俺達が屋敷へと帰り着いたのは、丁度日も落ちて普段ならばそろそろ夕餉を取り始める頃合いであった。


 いつもならば猫又女中の皆さんや睦義姉上を中心に当番の家臣達が手伝って準備をするのだが、今日は屋台の営業や大会の運営に手を取られていた為、屋敷に残っている者は殆ど居らず、これから準備を始め無ければならない筈だった。


「あにゃ? 良い匂いがするにゃ…… 中庭の方にゃ!」


 フンフンとまるで犬か猫の様に鼻を鳴らしながら、そう言って駆け出した姉上を追いかける。


 門を潜り中庭へと抜ける角を曲がった所で、俺の鼻でもその匂いが感じ取る事が出来る様に成った、それは肉や魚、野菜などが雑多に焼ける……前世まえの焼き肉屋やバーベーキューの会場に漂うのと同質の香りで有った。


「おお睦に志七郎、戻ったか。今夜の夕餉はワシが買って来てやったぞ。千田院名物、牛タンに放る物(ホルモン)じゃ、ほれ丁度焼けて来る頃合いじゃて食え食え!」


 その場へと現れた俺達を見つけ、お祖父様が手にしたジョッキを掲げながらそんな言葉を口にした。


 聞くと例の鎖帷子を伝手を通して売ったのだが、それが想定以上に良い値で売れたのだそうだ。


 そして今日は角力大会で手を取られ飯の支度が出来ないと言う事で、それぞれが自ら焼くだけで大した手間の掛からない焼き肉を用意してやろう、と考えたのだと言う。


「千田院名物って……、江戸市中で買ったんじゃにゃーの?」


 前世ならば、他の地方の名物銘菓でも百貨店やらアンテナショップやらで買う事が出来たし、近場で売っていなくても通販を利用すれば日本中何処に居ても、本当に手に入れたいならば手に入れる事は不可能では無かった。


 だが冷蔵庫や冷凍庫等の保存技術が限定的な物で有り、大八車や馬が主な流通方法と言うこの世界では、足の早い内臓系は中々市場に出回る事は無い。


 それに江戸州内には屠殺場は無く、市中の焼肉屋で出されている物はわざわざ外から持ち込んでいるのだと、聞いた記憶が有る。


「江戸市中では牛タンも放る物も手に入らぬ様じゃったからな。ワシがひとっ走り千田院まで行って来たんじゃ。悪く成る前に持ち帰らねばいかんからの、行きは兎も角、帰りは久し振りに本気で走ったわい」


 当初江戸市中の焼肉屋に行き、持ち帰りが出来ないか尋ねたのだが、用意されているのは正肉だけでホルモンやタンは無いと言われ、尚且つ千田院で食ったのとは比べ物に成らない程の額を吹っ掛けられたのだそうだ。


 それに腹を立てたお祖父様は――千田院と江戸の間には五十里(約200km)程有り、普通に考えれば生物を持って徒歩で移動出来る様な距離では無いのだが――自重を捨てて全力全開で走って帰って来たのだと言う。


「先日千田院で食ったこの放る物の味が忘れられなくてのぅ。……ぷはぁ、志七郎の言うていた通りコレにゃぁ飯も良いが麦酒も良く合うわい。ほれお主等も食え、早々に無くなる様な量では無いがな」


 大ジョッキに波々と注がれた麦酒を一気の呑み干し、顎で俺達に座る様に促す。


 麦酒も今日俺達が売った物とは違う、千田院で買い求めた焼き肉に良く合うと言う売り文句の物を担いで来たのだそうだ。


「おおー? にゃんだコレ? 噛み切れねーのにゃ!?」


 一足早く席に付き、焼けている所を見繕って貰ったらしい睦義姉上が、ホルモンを口にし驚きの声を上げた。


「適当な所で飲み込むめば良い……、しかし俺も麦酒が呑みたい……」


 初めて食べるホルモンに難儀している睦姉上に、仁一郎兄上がそう助言をする。


 彼の手には飯が盛られた茶碗が有るのみで酒は無い。


 千田院での一件で懲りていないと判断され、禁美酒の罰が未だ続いているのだ。


『馬の小便』と称される類稀なる不味い酒は呑むことを許されているのだが、美味いものを食いながら呑むものでは無い、との事で呑むのは修行として必要な分を単独で呑む様にしているらしい。


「兄者、それがしの義腕が仕上がって帰って来る時には、北の大陸から本場の麦酒を沢山土産に持って帰って来る故、その時を楽しみに待つでござるよ」


 義二郎兄上はいつの間にやら逆手でも箸を使えるように成ったらしく、網の上からホルモンを口に運びつつそう言った。


 食器を持つ必要の無い今日のような料理で有れば、瞳義姉上に介助を受ける事無く食事が出来る様だ。


 と、見渡して見れば、瞳義姉上だけで無く望奴も豚面の姿も見当たらない。


「豹堂家の面々が見当たらない様ですけれども、何か有ったんでしょうか?」


 恐らくは彼らと最も付き合いが深いで有ろう義二郎兄上に視線を向けてそう問いかける。


「豚面が帰るなり、何やら買い物へ行かねば成らぬと三人揃って出掛けて行ったでござる。夕食には戻ると言っておったが……たしかに少々遅いやも知れぬな」


 兄上がそんな答えを返した丁度その時だった。


「遅うなって申し訳ありゃしまへん」


「いやぁ、流石にちょっと買いすぎたかしらん? でもこれ位は用意しないと日頃の御礼には足りないのね。猪山の皆々様方にゃぁ恩義が重なり過ぎてるのよ」


 豚面と望奴が大量の荷物を積み上げた大八車を引いて姿を表したのだ。


「おやおやまぁまぁ、何だい何だい? その大荷物は? 望月殿の言葉通りなら、家への御進物って事で良いのかしら?」


 食事の手を止めて立ち上がった母上が、そう言いながら彼らを迎えると、


「へい。行き場も無く先の見通しも立たないあっし等を迎え入れ、武家として再び家を立てる様、様々なご支援頂いた事に対する御礼と言う意味がまず一つ」


「どんだけ銭を積んでも、対等にゃぁ決してなれやしまへんけれども……お嬢の所に御子息を婿入りさせて頂く以上、恩を抱えたまんまじゃぁ、豹堂家の名折れでまんねん」


 猪河家が彼らを受け入れたのも、義二郎兄上と瞳義姉上と結婚させ豹堂家を存続させるのも、長い目で見れば猪河家の為だと母上は言っていた。


 彼らの食い扶持にしても、豚面が口入れ仕事で稼いで居る為、我が家では殆どコスト負担をしていない筈である。


 それでも三度三度の美味い飯に、安普請で治安の悪い腐れ街側の長屋とは違う、安心して眠れる温かい寝床、望奴が捨て去った錬玉術師への夢、豚面が持つ続ける事の出来なかった角力への望み、それらは彼らにとって何物にも変えられぬ恩なのだと言う。


「相手にとっても利の有る事だから、と恩を蔑ろにしちゃぁ。ご先祖様に顔向け出来やしねぇのよ。勿論結納の品は日を改めて正式な形で用意するのね。この場じゃあっし等の家名を立てると思ってご笑納しておくなせぇ」


 猪山に拾われた事で取り戻した武士の矜持が許さぬのだと、両膝を付き両の拳を地に突き立てて深々と頭を下げながら、二人はそう言いきった。


 その姿に感じ入る物が有るのだろう、その場に居た全ての者が食事の手を止め、二人に対し向き直り、誰が合図をした訳でも無く、男は二人同様地に拳を押し当てて、女は三つ指を付いて頭を下げる。


「家中を代表し猪河家嫡男仁一郎が父に代わり御礼申し上げる、用意頂いた品確かに受け取り申した。御方々の、そして姫君の扱い決して疎かにはせぬ事、重ねて御約束させて頂こう」


「「有難うござります」」


 炭の爆ぜる音だけがその場を支配した……そして皆が顔を上げるよりも早く……


「……なんか、焦げ臭いのにゃ」


 睦姉上がそう呟く。


 その声を合図にした訳では無いが、俺を含めて皆が顔を上げると、網の上には燃え尽きて炭の様に成ったホルモンが大量に乗っていた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 燃え尽きて炭になったホルモン(笑) せっかくの美しい雰囲気が台無し(● ˃̶͈̀ロ˂̶͈́)੭ꠥ⁾⁾
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