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大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
鬼と無双と商いと……の巻

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二百五十八 志七郎、二つの勝負を振り返る事

「解説の尾暮おぐれ様、初日全ての取組が終わりましたが、特に印象に残った一番は有りましたか?」


 追加で発注した麦酒も鶏肉もあらかた売り切り後片付けをし始めた頃、そんな言葉をアナウンサーが口にした。


「んー、そーだねぇ……、北大陸ロドムでは組技の神様とまで言われ、前評判では本職の力士を抑え、優勝候補の一角とまで言われていたカール・クラウザーと、無名の浪人者、豚川面右衛門の一番じゃないかなぁ、やっぱり」


 話を振られた解説者が、そう言うと土俵の上に青く半透明な豚面とクラウザー氏の姿が現れる。


 あれは世界樹が記録している情報を再現する幻影だそうで、神域で行われる競技ではちょくちょく見られる物らしい。


「賭け率、九割五分対五分と言う数字だけを見れば『やらなくても解る』誰もがそんな風に見る組み合わせでしたが、なんと意外や意外、立合いに不慣れなくらうざぁに対して、豚川は身体を大きく起こす事無く低い姿勢のまま、頭からのブチかまし!」


 その言葉に合わせて二人の幻影がそれぞれ両拳を土俵へと押し当て見合う、数瞬の後立ち合ったクラウザー氏の影は、その場で身を起こし迎え撃つ構えを取ろうとしている様だが、次の瞬間には豚面の頭突きがくっきりと割れた腹筋に突き刺さっていた。


「あんだけしっかりと氣の乗ったブチかましを受けて、吹っ飛ばないクラウザーも流石は歴戦の武闘家だわね。とは言え、それで仰け反っちまったのが運の尽き……」


 言われた通り、並の者ならばそれだけで弾き飛ばされ、あっさりと決着が付いていただろう激しい一撃、ソレを受けて多少身体を仰け反らせるだけで済んだのは、クラウザー氏の実力が前評判通りの物なのだと十分に理解できた。


 だが彼らの様な超人的な身体能力を持つ者達同士の戦いでは、ほんの一瞬の隙が勝負の分かれ目と成る。


「前ミツを掴まれ、力強い引き付けで腰を浮かせてそのまま一気に寄り切り、豚川の勝ちと相成りました」


 廻しの前部分を掴んだ豚面は両腕の筋肉をはち切れんばかりに肥大化させ、クラウザー氏が踏ん張る事の出来ない様に手前上方へと引きつけると、そのまま止まる事無く土俵を割った。


「完全にクラウザーが角力という戦いの場に慣れていなかったのが、勝負の分かれ目だったね。豚川ががっぷり四つに組んで投げ合いを仕掛けたり、遠間での突き押しを選択すりゃぁ、クラウザーの勝ちだったんだろうがな」


 クラウザー氏は関節技(サブミッション)投技(スープレックス)を得意とする組技士(グラップラー)だそうで、彼の土俵で戦ったのであれば豚面に勝ち目は無かっただろう。


 総合的な実力で考えれば、豚面よりもクラウザー氏の方が数段上に居るのは間違い無い。


 この結果は文字通り『土俵違い』だった事に依る物なのだ。


「ですが結果はご覧の通りの大金星。投げ込まれたご祝儀だけでもかなりの額に成るでしょうねぇ」


 勝負が付いた後、土俵に投げ込まれていた羽織は『ご祝儀やるから拾って持って来い』と言う意味が有るそうで、羽織では無くとも家紋や屋号等投げた者を特定出来る物が入っていればなんでも良いらしい。


 前世まえの大相撲では懸賞金と言う形で事前に登録し勝った者に与えられるシステムが構築されていたが、羽織投げの伝統自体は『座布団投げ』と言う形で受け継がれていたのだと、相撲が好きだった爺さんに聞いた覚えがある。


 だが此方の様に直接現場で投げ込む方が、名勝負や大金星に感動したと言う気持ちが伝わる様に思えた。


「ともあれ、豚川の様な無名の者からハートマンの様な海を超えて名を轟かせる歴戦の武士(もののふ)まで、総勢百を超える強者の半分が土俵を去った訳だ。今日生き残った者達が明日どんな取組を魅せてくれるか楽しみだわねぇ」


「明日も名勝負が繰り広げられる事を期待したいですね。本日の実況は古太刀 一刀斎、解説は角力司すもうつかさ吉田家家老、尾暮白面斉様でお送り致しました。会場の皆様方、お忘れ物等御座いません様にお帰り下さいませ。ご観戦、有難う御座いました」




「に゛ゃー! 負げだー! 悔しいにゃー!!」


 一通りの後片付けが終わり、外国貨幣を他の国の屋台と交換し、売上をざっと計算した結果、隣のお好み焼き屋と比べ僅かながらに負けた様で、睦姉上は地団駄を踏んで悔しがっていた。


「危なぁ……粉(もん)は利益率最強やゆうんに、それに迫るとかどんだけやねん……。流石は食神様の加護貰ってるだけ有るわぁ」


 立嶋家の嫡男富美男殿は、その結果を見て額の汗を拭うような仕草を見せそう呟く。


 それぞれの額面を集計した帳面を覗き見ると、売上数では家が勝り利益では立嶋家の屋台が勝ったと言う事の様だ。


 しかしそのどちらもが子供の小遣銭と言う範疇を大きく超えていた。


「睦ちゃん、見世を出すんは初めてなんやろ? そんで家所うっとこに勝たれたら、あんちゃんだけやのぅて立嶋家の名折れゆう話やわ。そやけどほんまに加護持ちと揉めるんは割に合わへんなぁ」


 二人の様子を見て千代女義姉上が睦姉上に苦笑交じりにそう言葉を掛ける。


 聞けば立嶋家は武士としては非常に珍しく、商売で身を立てて来た家で有り、少ない元手で稼げる粉物は正にお家芸と呼んで良い商材なのだそうだ。


 そんな家の嫡男で有る彼はその身分を隠し、幼い頃から鬼切奉行所の庭で屋台を引いていたのだと言うのだから、経験の差は明らかで有る。


「そやなぁ……朝言うた事は、撤回せなアカンやろな。ワテが悪かったわお嬢ちゃん、ほんまに堪忍や」


 そう言う富美男殿は勝者の余裕と言う口ぶりでは無く、睦姉上を子供扱いし馬鹿にした様な物でも無く、一目置いた上で敵に回すのを避けたい、と考えている事が端から聞いている俺にも伝わる物だった。


 だが睦姉上はそれに対しても、


「むー! まだまだ勝負はこれからにゃ! 明後日の楽日までに絶対逆転してやるにゃ!」


 気遣われた事事体に反発を覚えたらしく、今にも噛み付きそうな威嚇の表情で人差し指を突き付けてそう吠える。


 武家の子弟同士でも無礼と言われてもしょうが無いだろうその振る舞いは、男同士で有れば刀を抜く抜かないと言う状況に成っても奇怪しくは無い物だった。


 ましてや女の姉上に対して、相手は年長者で有り大名家の嫡男で有る、この一件だけでも猪山藩と河中島藩の間で合戦が置きかねない。


「姉上! 流石に無礼が過ぎますよ!」


 慌ててそう叫び声を上げながら、突き付けた手を掴んで下げさせる。


「ああ、ええて、ええて。今朝ワテが先に喧嘩売る様な台詞を吐いたんや、お嬢ちゃんが腹に据えかねるんもしゃーないて。ほなら明日からは、もちっと廃棄の量を減らす様にせなアカンで。売り物に出来ひん廃棄が仰山ぎょうさんや」


 そんな俺達を笑い飛ばしながら富美男殿が助言とも取れる言葉を口にした。


 考えてみれば千代女義姉上と仁一郎兄上が婚約している以上、彼にとって俺達は親戚の生意気な子供と言う位置付けなのだろう、多少の事で本気で怒りを向ける様では、むしろ大人気無いと彼の方が名を落とす事に成るのかも知れない。


 その事に姉上も考えが至ったのか、丸で威嚇する猫の様な声を上げていたのが途端に大人しく成り、


「廃棄って言ったら……ししちろーがごそっと出しちまった奴にゃ! そうにゃ! 今日の負けはししちろーの所為だったのにゃ! でも、弟の所為で負けたとか、言うとにゃーがおねぇちゃんとして失格なのにゃ……」


 一瞬考え込んでその事に思い至ったらしく、一瞬此方に鋭い視線を向け、直後に萎れる様に視線を彷徨わせ、そう言った。


 多分、口に出ている事には本人は気が付いて居ないんだろうな……。

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