二十二 志七郎、優れたる才を見せ、料理の喜びに目覚める事
昨日夕方に1話投稿しております。
平時投稿しておりますこの時間から、
開いてくださった方は、
前話を御確認下さいますようお願いいたします。
昼食は、全員が屋敷で食べるわけでは無いので三女中と姉上、そして俺だけで準備をすることになった。
日によってはそれこそここに居る人数分だけで事足りるような時も有るらしいが、今日はそれなりには屋敷に居るらしく、用意する食材も結構な量だ。
この昼食で使うのは前日の内に仕入れた物を使うらしく、台所の隅にある地下室から次々と野菜や魚が運びだされてくる。
地下室の空気はひんやりと冷たく、氷室というほどではないが真夏でも涼しく、よほど足の早いものでなければ1日2日は保存できるらしい。
その他にも回ってきた棒手振りから足りないものを買い足したり、場合によっては調理済みの物を買って終わらせることも有るという。
棒手振りというのは、時代劇などでよく見る天秤棒を担いで吊るした桶に入れた魚などを売り歩くあれだ。
どうも売っているのは魚や野菜だけでなく、蕎麦やうどん、寿司やお菓子など多岐に渡り、概ね毎日同じ時間に回ってくるとの事で、季節によってだいたいは何が買えるのか事前に判断が付くとの事だ。
「睦様は夕飯の仕込みをそのまま続けて貰って、志七郎様はタマと一緒に魚を焼いて下さいニャ」
おトラにそう言われ指し示されたのは、昨日信三郎兄上が釣った沢山の魚だった。
その全てが同じ種類という訳ではないが、昼食は全員に同じ物を出す訳では無い様だ。
「じゃあ、先ずは串打ちから始めますニャ」
腐りやすい内臓は既に昨日の内に抜き取られているが、殆どが腹を割かれただけで捌いたと言える状態ではなく、魚によって串を打ったり、そのままだったりと処理の仕方が違うらしく、おタマの言う通りに作業を進めていく。
大ぶりの竹串を口から刺し、身を何度か貫通させるように軽くうねらせて通していく。
これはこれで結構な技術が要るようで、俺がやったものはおタマが刺した物のように中々綺麗にはできていない。
それでも刺し直しを繰り返せば身が崩れてしまうので、ある程度の出来で妥協するしか無い。
「串打ちは野営の時なんかによく使う技術ですから、今後も機会を見つけて練習しましょうニャ」
比較的小さめの魚に串を打ち終わると、苦笑交じりにそう言われた。
どうやら俺は少々不器用の部類に入るようだった。
下処理を終え、次は焼き台へと移動する。
中には朝食の用意で使われた炭火がまだ燻っているような状態で、少し炭を足し下の方にある空気穴から団扇で扇いでやると直ぐに熱を取り戻す。
俺の身長では踏み台を使わなければ届かない高さなのだが、どうやら睦姉上が使う事を想定しているらしく、この焼き台の所にも木製の踏み台が置かれている。
踏み台に上り焼き台に上側へと上がると、チリチリと焼け付く空気が感じられる。
前世では自炊と呼べるものこそした事無かったが、バーベキューや焼き肉位ならば流石に経験がある、その経験に従い串を打った魚を焼き台へと並べていく。
「ありゃ、こっちは中々堂に入った焼き方振りですニャ。生焼けにする位なら多少焦がしても問題ニャーですから、しっかりじっくり焼いて下さいニャ」
そんな俺の手つきに不安を感じなかったのか、おタマは時折こちらを気にする様子を見せながらも、睦姉上の方へと手伝いの手を伸ばしている。
姉上はどうやらアク取りをしている様で、忙しなく寸胴鍋へとお玉を入れては出すを繰り返している。
そんな姉上の様子を伺いながら、おタマは竹筒を手に火の様子を覗き込み、息を吹き込こんで火力を調整しているようだ。
俺の方も姉上の方を見るばかりでなく、時折魚をひっくり返して焼き加減を確認する。
炭火から上がる熱気で少々火傷をしてしまったのか、手の甲や顔に多少ヒリヒリとした痛みがあるが、この程度ならば大したことは無いだろう。
時折火力が弱くなったような気がする時には、こんどは空気穴からではなく上から扇ぐ、下から扇げば灰が飛び魚に付いてしまうことが想像できたからだ。
複数のそれも大きさが不揃いなそれを焼くのは、中々に気を使う作業ではあるが丁度いいと思える焼き加減になったものから順次取り除き皿へと移していく。
そして空いた部分に新たな串を置き、どんどん焼いていくと用意した串の全てを酷く焦がすこと無く、たぶん生焼けになったものも無いと思う。
「おタマ、用意したのは全部焼き終わった。次は何をすれば良い?」
一応、大名の息子である俺よりも女中であるおタマ達は立場が下なので、他の家族への対応をする時のように敬語を使うべきでは無いらしいが、年長のそれも見た目とは違い還暦周りという相手にぞんざいな対応をするのは抵抗がある。
それでも下手にならないよう、逆の意味で気を使ってそう呼びかけると、俺の様子を既に察していた様でいつの間にやら彼女が横に居た。
「んー、いい感じの焼け具合ですニャ。焼きは本職の料理人でも一生修行をするくらい難しい物ニャんですが、志七郎様は焼き方の才能がありそうですニャー」
どうやら焼きあがった魚を検分していたようで、その仕上がりは彼女にとって満足の行くものだったらしい。
おトラとおミケが作っていた他の料理と共に、俺の焼いた魚が配膳されると広間に集まっていた皆で昼食を食べ始めた。
生まれて初めて、というか前世も含めて初めて作った料理が皆の口に入っていくのに、何か高揚するものを感じ、睦姉上が料理に傾倒する理由はこれかと腑に落ちる物を感じる。
「おお、今日の魚は良い焼き具合じゃの」
「うむ、美味し美味し」
至る所からそんな声が上がれば、その喜びは更に高まる。
なるほど、これが料理をする喜びか……。
「ふむ……志七郎、料理をするのは楽しいか?」
思わず、グッと拳を握りこみ静かに喜びを噛み締めていると、不意にそう父上が声を掛けてくれた。
「……そう、ですね。今の所、一番楽しかったかも知れません」
「料理人ならば、武士に取って恥ずかしくない生業の一つじゃ。市井で店を出すという訳にはいかぬが、江戸城や他藩の国元で包丁侍となる道もあり得る。この先他の道を見出す事が無ければ、真面目に修行することも考えても良かろう」
『包丁侍』と言う言葉は聞き覚えのない物だったが、その語感から武士階級の料理人であることは容易に想像でき、そしてそれがそれなりに権威ある地位であることも朧気ながら理解できる。
特に江戸城の料理人ともなれば、それは将軍の食事を取り計らうという事であり、その重要性は計り知れない物だろう。
……良いかも知れない。
そんな明るい未来を想像し、頬が緩むのを感じた時だ。
「父上、包丁侍では武芸の腕前が活かせませぬ。志七郎の才が武芸にしか無いとは申しませぬが、折角手練といえる程の腕を持っているのですからそれを試さずに他の道を勧めるのは武士として如何な物でござろう」
義二郎兄上が、そう強い口調で言い放った。
「そういきり立つな、わしは別に志七郎の初陣を阻止しようとしておる訳では無い。ただ鬼切り以外にも進むべき道や、学ぶべき物は色々有るそう言っておるだけじゃ」
「そういう事ならば良いですが、父上は志七郎に対し少々過保護だと思いまする。いくら末の子が可愛いからといって、それがしたちとあからさまに扱いが違うのは如何なものでござろう」
苦笑いを浮かべそう切り返した父上だが、義二郎兄上は更に畳み掛ける。
「贔屓も何もお主の場合は、武芸以外に何の取り柄も無いじゃろう。料理とてお主がこさえた消し炭を何度食うはめになったことか……」
深い、深い溜息を付く父上の様子には間違いなく苦悩が見て取れた……。




