二百三十七 志七郎、装備に付いて学ぶ事
お花さんの言う通り、万能武器をこの小さな身体の時点で手にするのは悪手だと思えた。
これから先俺の身体が成長していけば、それに見合った得物に持ち替えていく事に成る、その時今回の様に都合の良い素材が手元に有る可能性の方が低いだろう。
それに鋭さや硬さと言った基本スペックが上がり、特殊効果が付いたとしても、相手を選ぶのであれば持ち替える事に躊躇が出る事は想像に難く無い。
人間という生き物は便利には簡単に慣れてしまうが、不便に慣れるのは容易では無いのだ。
俺の人生はまだまだ序盤と言って良いだろうこの時期に持つ、生涯二本目(今腰に挿している木刀を入れれば三本目だ)の愛刀がそれでは、その先が続かない。
だが錬玉術師達の口ぶりから考えれば『時』属性の武器を作る事が出来るであろう素材が揃う事もまた稀な事。
折角だから作るだけ作っておいて、普段使いの得物では無く、此処ぞと言う時に持ち出す切り札……とするので有れば悪い手では無い、とも思える。
けれども『時』属性の武器も決して不壊では無い、今回の様に強敵を相手にして折られたり砕かれたりして、失う可能性を考えると費用対効果は微妙かも知れない……。
と、そこまで考えた時点で彼女の言いたい事がなんとなく見えてきた。
「……なるほど、折角精霊魔法を学んでいるのに万能武器を手にしてしまえば、わざわざ属性を選んで魔法を使う必要も無く、魔物の属性や性質を学んでも身に付かないとそう言う事ですね」
どんな魔物を相手にしても、通用する武器が有れば『格を上げて刀で斬る』だけで済んでしまう。
そうなれば一層『時』の武器に依存してしまい、上記の理由で他の得物に持ち替えた時、それが理由で不覚を取る事は目に見えている。
「そーいう事よ。この国では武器の作成や選択は自己責任だけれども、西方大陸や北方大陸の冒険者組合では、冒険者のレベルに依って所有制限が設けられているわ。貴族や軍人にはその縛りは無いけどね」
駆け出しの初心者が何処から手に入れたのか強力な武器を持って無双したが、それが通じない相手に敗北し奪われ、それを使われた結果都市国家が三つ滅んだ……そんな事が実際に、それも一度や二度では無く起こったのだそうだ。
そうした事体が起こる度に冒険者達への風当たりは強く成り、時に排斥運動にまで至る都市国家も有ったのだと言う。
そんな中で冒険者達の相互扶助や引退冒険者達に対する福利厚生を目的として冒険者組合が発足した。
当然ながら当初は破落戸の集まりとしか見られなかった『組合』だったが、所属冒険者達への教育と行動規範の徹底によって信頼を勝ち取り『大丈夫。組合所属の冒険者だよ!』と言われるに至る。
そして時代が進み、乱立していた都市国家の併合が進み大国と呼ばれる国々が成立する頃、冒険者組合は国家の枠組みに捕らわれない、ある意味で大国とも等しい力を持つ強力な組織に成ったのだそうだ。
西方大陸で発足した組合は東方大陸や南方大陸には、強い影響力を持たないが、それでも組合に所属していない自称冒険者は破落戸として排除される程度には信頼を勝ち得ているらしい。
当然それだけの力を持つ組織に表立って逆らう冒険者と言うのはまず居らず、彼女の言った装備品制限と言うのはほぼほぼ世界中で共通したシステムに成っていると言う話だった。
「火元国出身者なら鬼切り手形が組合の身分証と同等扱いだから、わざわざ所属手続きをし直す必要は無いけれども、所有制限に引っかかる物を持っていれば街に入る時に取り上げられる事も有るから注意しないと行けないわね」
今の所はこの国を出る予定は無いが、精霊魔法を学んで行く上で、いつかは西方大陸にある精霊魔法学会への留学はした方が良いと言われた事を考えると、その辺も考える必要があるかも知れない。
「さて武器の属性に付いてはこの辺にして……次は防具に属性を付与した場合の話よ」
特殊な能力者や血筋の者を除いて、人類――人間、妖精族、獣人族の総称――には抵抗属性も弱点属性も無い、だが属性が付与された防具を身に纏う事で、それらが発生するのだと言う。
防具は『右腕』『左腕』『右足』『左足』『身体』『兜』の六ヶ所と『装飾品』五つの計十一個の部位に装備する事が出来る……身につけようと思えばそれ以上に身に着ける事も可能だが、それをすると何故か全ての防具が力を失うのだそうだ。
流石に物理的な装甲としての効果が無くなる訳では無いらしいが、魔法や術に対しては完全に無防備に成るそうなので、まずやる者は居ないらしい。
この辺はやたらとゲーム的というかシステマチックな感じだが、恐らくは世界樹にそうなるよう設定されている法則なのだから仕方が無い事なのだろう。
なお火元国では殆ど用いられる事は無い『盾』は防具では無く、武器のカテゴリーだそうだ。
閑話休題、属性が付与された防具は基本的に『半減』の抵抗属性を持ち、それを身に着けることで全身に抵抗力が広がるのだと言う。
同一属性の『半減』を二箇所以上重ねると『無効』と成るが、残念ながら『反射』や『吸収』は今のところ属性付与では発生させる事が出来ていないらしい。
ただし単純に抵抗力が発生するのは火水風土の単属性までの事で、複合属性の防具では弱点も合わせて発生し始める為、オールマイティに抵抗力を付けると言うのは不可能である。
また特殊効果の有る防具もその多くは弱点属性が付随してしまう為、『無敵の防具』と言うのは世界中を探しても今の所存在していないと言うのが定説だそうだ。
「一応弱点属性は他の部位に抵抗属性の防具を身に着ける事で相殺する事が出来るから、色々と組み合わせを考えて戦う相手に合わせて装備を選択するのが、ある程度の水準以上の冒険者達の常識よ」
そう言われれば、義二郎兄上が装備品を中古市場に流さず大量に溜め込んでいる事にも納得が出来るかも知れない。
「刀だけでも色々と考えなければ成らないのに、防具にもそれをとなると中々に頭が痛いですね……」
ため息と共にそう口にする。
「今回は特殊な効果の有る材料は無いのでしょう? 物によっては全身を覆わなければ効果が発動しない物とかも有るから、そういう物が手に入る様に成ればもっと面倒になるわよ。物によっては防具だけじゃなくて武器まで縛りが出るし……」
翼竜素材の防具一式に『翼竜の毒尾』と言う槍のセットが有名らしく、全てを身に着けると『毒属性に抵抗が無い魔物を一定確率で即死させる』と言う効果が発生すると言う。
当然それだけ強力な効果が有るのだから相応の弱点も有り、抵抗を付与していない全ての属性に対して『倍増』の弱点が付き、属性付与を施して相殺しても全ては相殺仕切れないのだそうだ。
しかも武器は毒属性のみが有効で、他の属性を付与するとセット効果は発生しないらしい。
「世界的な錬玉術の発展に伴い、日々様々な武器防具が新たに生まれて居る事から、今までは『使えない』とされていた装備が新たに有用性を見出されたりするのが、諸外国では日常に成りつつあるわ」
「此処でもやっぱり錬玉術ですか……」
火元国では錬玉術師の作った鋼材で刀を打つ鍛冶師は居ないと言われたが、錬玉術が市民権を得ている国では既に当たり前の事に成りつつ有るらしい。
「とは言っても、この国の鍛冶師は錬玉術に限りなく近い所まで踏み込んでいるから、出来上がる装備事体が遅れている訳では無いわ。そもそも錬玉術の始祖の一人はこの国の鍛冶神の弟子だしね」
うん……一度錬玉術の歴史に付いても勉強した方が良いかも知れない。




