二百三十五 志七郎、得物を失い獲物の始末に困る事
あの戦いで義二郎兄上から頂いた『狼牙刀』は大鬼烈覇の一撃を受け無残にも砕け散った。
日本刀――火元刀に使われている玉鋼は強い粘りを持っており、強い力が掛かっても大概の場合には折れずに曲がる。
そしてその性質は鬼や妖怪の素材を配合しても変わる事は無い。
あの一撃で刀を砕かれたのは俺の氣の扱いが未熟だった事も有るだろうが、やはりそれ以上に烈覇の一撃が強力だった事が何より原因だ。
なんにせよ主武装である刀を砕かれたのだ、刀は武士の魂それを砕かるという失態は母上なり兄上なりに叱責を受ける事になるだろうと思ったのだが。
「其方よりも格上の大鬼が相手だったのだ、それを討ち倒した代償とすれば刀の一本は安い物であろう」
「戦場で得物を砕かれる等日常茶飯事。その程度を失態等と気にしておったなら、片腕落とした拙者はとっくに腹を掻っ捌いて居らねばならんわ」
「しーちゃんも、新しい刀を作るには十分に銭も素材も溜まってるでしょう。丁度良い機会だと考えて、新しいのが出来るまでは芸事の方に力を入れなさいな」
と誰一人としてソレを問題視する事は無かった。
「刀は武士の魂……と言うのは決して間違った事ではござらん。が、それを声高に喧伝し刀を必要以上に大事にするのは戦場に出る事の無い腑抜け共よ。刀は使ってこその物、家伝の宝刀等と言う物はまた別の話ではござるがな」
むしろ義二郎兄上からは、そんな言葉まで頂戴した始末である。
「そうですね、鎧の方は殆ど傷も無いですが流石にキツくなってきたし、武器も鎧も纏めて新調する事にします。丁度先日の仕事で手に入れた鬼亀の甲羅が山ほど有りますし、鎧はコレで良いとして、刀はどうしましょうかね」
可能な限り躱す事を心掛けて居たし、そもそも何度も攻撃を受ける様な強敵を相手にする事も殆ど無かったので、多少の傷や汚れは有るものの性能が落ちるほどの状態ではない。
だが此の一年ちょっとの間で六寸ほど背が伸びた事も有り、紐で調整が付く範囲をそろそろ超過しそうなのだ。
無理をすれば着れない事も無いかも知れないが、良い材料も手に入った所だし大鬼亀討伐の報奨金で懐に余裕も有るのだから、母上の言う通り装備を更新するには丁度良い機会だろう。
「お前が狩った獲物の中で考える成らば、牙狼の牙や兎鬼の牙辺りが有るのではないか?」
前者成らば今まで使っていたのと同じ『狼牙刀』で比較的軽くバランスの良い性能に成る。
兎鬼の牙を用いれば『貫兎刀』と呼ばれる刀となり圧倒的な鋭さを付与する事が出来るが、下手に敵の攻撃を受け止めればあっさりと折れる様な脆い刀に成ると言う。
「石喰い鳥も一時期は良く狩っておったであろう? あの棘を使って石化を付与した刀と言うのも面白いのではござらんか?」
妖刀ほど強い効果では無いが特殊な能力を持つ妖怪の素材を配合する事で、元となった妖怪が持つ能力の一部を付与する事も出来るらしい。
その辺の配合を考えるのは装備更新の醍醐味だと、それ相応に自前の装備を注文してきたらしい兄上達は盛り上がっていた。
「男児が武具に様々な拘りと情熱を見せるのは、女児が着物や宝飾品にそうするのと同じく本能の様な物……と理解はしているけれども、付いて行く事は出来ないわね」
子供の様な顔で饒舌に語り合う二人に対して、母上は苦笑交じりにそう口にし、続けて
「自分の稼ぎをどう使おうと本人の自由、しーちゃんも二人の言う事は気にせず思った通りの物を仕立てれば良いわよ」
と言った。
だが彼らの気遣いを台無しにするであろう事実が有った、一応素材を仕舞う為に蔵の一部を与えられては居るが、そこには今回の鬼亀素材しか無いのだ。
「あの……盛り上がっている所申し訳無いのですが……今回の鬼亀以外は全部売却してましたので、素材の在庫は有りません」
四煌戌の食餌や日々の食事の為、食材を優先して確保しそれ以外の牙や毛皮を俺は今までずっと換金してきた事を口にすると、
「「何をやっとるんだ!! 此のバカタレが!!」」
普段二人が見せる事の無い怒りの形相を露わにし、声を揃えて怒鳴りつけられた。
「そー言う琴奈良、ミー共に魔貨せるのでアール!」
鬼亀と大鬼亀の素材は戦いに参加した五人で頭割りにしたのだが、一人頭でも大人用の鎧を五、六領作っても、まだ余るだけの量が有った。
そのままそれを売りに出せば、量が量だけに値崩れする可能性も有るとの事だったので、悪く成る恐れの有る肉類や内臓以外の素材は直ぐには売らない事にしたのだ。
だが新たな鎧を仕立てる分を取り分けたとしても、俺に与えられている素材置場には収まらない量が残る事に成るので、智香子姉上達錬玉術師ならば有効活用してくれるかと思い相談しに行った所、虎殿がそう吠えた。
「いやー、同格で別属性の素材がこんだけありゃぁ、禁断の四属錬成も出来そうなのね」
それを受けて望奴が目を輝かせて追従する。
「禁断の……ですか?」
その言葉に不穏な物を感じた俺がそう問いかけると、
「錬玉術では複数の属性を混ぜ合わせるにゃぁ、同じ位の力を秘めた物同士じゃなけりゃ成功しないのー。属性が増えれば増える程誤差すら許されなくなって、四属錬成を別の素材でやるのはお師匠様でも難しいの」
と姉上が答えてくれた。
彼女の話に拠れば、素材の『カテゴリ』と精霊魔法で言われる火水風土の四種の『エレメント』それらが錬玉術後進国で有る火元国では区別されず『属性』と一括りで言われているのだそうだ。
彼女の説明はエレメントを複合させる際の話で、複数のエレメント用いて融合錬成に成功すれば、精霊魔法同様に上位のエレメントを生み出す事が出来るのだと言う。
もし四属錬成に成功すれば、生み出された物には『時』のエレメントが宿る事に成る。
「とは言っても、刀の素材にすにゃぁ鋼材の属性値も計算に入れなきゃならねーから、まぁ先ず不可能なの」
肩を竦めそう断じる智香子姉上だったが、虎殿が舌を鳴らしながら人差し指を横に振る。
「雪車ゃ一発で野郎としたら不嘉納ネー。デーモン単エレメントのインゴットを四回作って殻、素練を当らめて錬成すりゃー重文化膿ネ!」
……聞き取りづらい虎殿の話を纏めると、同じ職人が同じ材料を使って一度に作った鋼材成らばその質に然程差は無く、それに赤青緑黄の鬼亀の甲羅を配合した単一属性の鋼材を錬成する。
その際に品質を限りなく同等に近づけるのは、手間は掛かる物の決して不可能な事では無く、そうして出来た四つ鋼材を用いて改めて四属錬成をすれば『時』の玉鋼を生み出す事は不可能では無いのだそうだ。
「……なるほど~。さっすがお師匠様なのねん! となりゃ早速頑張っちゃいますかね!」
新たな技術の習得に繋がりそうだと、目を輝かせる望奴。
「でも玉鋼は何処でも門外不出、素材の混ぜ込みだって鍛冶屋がやるのが普通なの。それに持ち込みの玉鋼で刀を打ってくれる鍛冶師なんて聞いた事もねーの……」
だが姉上が待ったを掛ける。
前世成らば玉鋼は有る企業が生産販売しているのだと、馴染みの刀剣店で聞いた覚えが有るのだが、此方では砂鉄をそれぞれの鍛冶場が独自の配合で精製して作る物らしい。
「魑魅魍魎に『時』のエレメントをドヤ顔したインゴットで、剣を愛でる火事屋は北大陸でも、ドワーフの銘香位ディース!」
……駄目じゃん!




