二百三十二 小僧連足す一、結末を迎え食と色を振る舞う事
太鼓が打ち鳴らされ無数の焚き火が爆ぜる音が響き渡る。
「いやぁ! 真逆! 真逆! あれだけの数を相手に食い止める所か、援軍が付く前に大鬼まで討ち果たすとは! 流石は鬼褌の紹介だけの事は有る! しかもその一人が桂様のご息女とは! ささ、貴殿も一献!」
上機嫌で酒を呷りながらそう言った勝然様が、徳利を差し出した先に居るのは、援軍を率いてやって来た桂様当人だった。
「ああ、忝のう御座る。しかしこれほどの数の鬼亀がこの時期に押し寄せるとは……、其方も運が良いのか悪いのか」
桂様はそう言葉を返すと盃に注がれた酒を零さぬ様に一口啜った。
秋の収穫を控えた時期に、作物を狙い鬼や妖怪の群れが里を襲う事は、火元国中で散発する事で有り、全体を見渡せば決して珍しい話ではない。
だが代官として赴任している間にソレが起こると言うのは、桂様の言う通り運が悪い事と言って良いだろう。
防衛の為に鬼切り者を雇い入れた所で必ずしも襲われるとは限らず、ソレを無駄な出費と嫌う者も少なく無いが、今回の様に実際に襲撃が有った際に鬼切り者が居なければ、先ず間違いなく集落全てが荒らされ食い尽くされる事に成る。
そんなことに成れば、該当地の責任者で有る代官本人が万が一生き残っていたとしても、責任を取らされ良くて切腹、悪けりゃ一族郎党打ち首獄門なんて事も有り得る事体だ。
とは言え今回の様な大規模な徒党が襲撃してくるケースは極めて稀で、しかも並の鬼切り者では遅滞戦闘も儘ならず、結局は蹂躙されるパターンで有る。
それを防衛し切れる戦力を雇い入れる事が出来た事は、やはり運が良かったと言う事だろう。
「結果だけを見れば運が良かったと言って良いのではないですか? 援軍の皆さんが居なけりゃアレだけの鬼亀を俺達だけじゃ処理出来なかったでしょうし」
焼いた鬼亀を突付きながら酒を呑む大人達の側で、生姜と味噌で煮込まれた烈覇のモツを飲み下し俺はそう口を挟んだ。
「そそ、おかげ様で手前共は大儲けさせてもらえました」
「新しい武器と防具を拵えるにも十分過ぎる素材も手に入って万々歳ですよ」
俺に同調しりーちとぴんふも相槌を打つ。
夜に成れば多少肌寒く感じる季節とは言っても、五百を優に超える鬼亀を全て悪く成る前に処理するのは地元の方々の手を借りても難しかっただろう。
肉や内臓は食材や薬種として、甲羅や骨は優れた武具の材料として常に一定の需要が有る、しかしそれも適切な処理がなされてこそなのだ。
傷んだ肉や内臓は当然商品価値は無く、処理が遅く腐った血肉に塗れた甲羅や骨は価値も強度も比べ物に成らない程に劣化する。
愛娘の危機に自ら援軍を率いて来た桂様は、俺達の手で無事大鬼を討ち取った事を知ると、直ぐに配下の者達に獲物の処理を手伝わせる様申し入れてくれた。
その対価として獲物の二割りを無償提供する様に言われたが、駄目にしてしまえば一割りの収入にも成らないと目算出来たのだから、ソレを断る理由は無い。
結果この集落の者達に援軍の方々全員に行き渡る量を残して肉や内臓は売り払い、甲羅や骨は下処理さえ済めば早々劣化する物ではないので、それぞれの取り分を持ち帰る事にした。
で、残した肉類は村の女性陣の手に依ってモツ鍋や焼き亀として、皆に饗されていると言う事である。
ちなみに歌とお花ちゃんは今此の場には居ない、返り血と汗に塗れた身体を洗う為に代官屋敷の風呂に入っているのだ。
なお歌は兎も角お花ちゃんの入浴と言う事で、ソレを覗こうとする輩が居なかった訳では無い。
だが歌が一緒に入っている以上、桂様がそれを許す筈が無い。
風呂の釜焚きを買って出た村の男衆もそしてぴんふも、そんな下心が透けて見えて居た為に桂様のとても良い笑顔でお礼を言われ冷や汗を流す事になった。
結果最終的には、先日俺達の飯を作ってくれたあの老婆が釜炊きをする事になったようだ。
「それにしても……面倒を嫌って聞かなんだのは拙者で御座るが、真逆かの鬼斬童子率いる鬼切り小僧連とはの。噂に違わぬ武辺ぶりよ!」
盃を満たした酒を飲み下し、勝然様はこれ以上無い程の喜色を顕にした表情で、俺達に賞賛の言葉を浴びせた。
「いえ、流石にあれだけの数を馬鹿正直に相手にしたならば、俺達だけではどうにも出来ませんでしたよ」
「そう、そう。大鬼は兎も角、あれだけの数を仕留めたのは間違いなくお花さんの手柄ですね」
「彼女の手柄を手前共が掠め取る様な真似をしては野火の名が廃ります。今回の一番手柄は間違いなく『抱え大筒』殿の物でしょう」
だが俺達全員が揃ってソレを否定する言葉を口にする。
実際彼女が居らず俺達『小僧連』と呼ばれる四人だけならば、あの膨大な数の四つ足達を殲滅しきる事は出来ず横を抜かれて作物に被害を出し、それらを相手に疲れきった所で得物持ちに討ち取られていただろう。
まかり間違って得物持ちを倒すことが出来たとしても、烈覇を打ち取れたのは俺達が十全な状態だったからだ、彼が出張ってくれば全滅は必至だった。
「ほほぅ……抱え大筒は其程の力を持つか。数字としては知っておったが一体如何なる戦いぶりだったのだ?」
桂様は俺達の言葉に興味深そうに盃を置いて聞く体勢を取った。
「「「え!?」」」
思わず俺達は驚きの声を上げ顔を見合わせる。
鬼切奉行と言う立場なのだから、彼女の実力に付いて少なからず知っていると思っていた。
だが彼の言葉に拠れば、どの様な戦場でどんな敵をどれだけの数倒し、現在の格は幾つかと言った『数字』は知っているが、その戦闘スタイル等の情報は何故か彼の元まで上がって来ていないのだそうだ。
無論報告が上がっていない訳では無い、しかしそのどれもが同じ様な使えない内容で、そろそろ本気で密偵なり御庭番なりを放って確認する必要性を感じていた所で、俺達と言うある程度信頼出来る者が彼女と行動を共にした……のだと言う。
故に彼女が如何なる戦い振りだったのか、直接見た俺達に聞きたいらしい。
再び顔を見合わせ一瞬のアイコンタクトの後、
「「「エロかった!」」」
声を揃えてそう言う。
「ああ、うん、そう言うと思うたわ。ソレはソレで本当なのだろうが、私が聞きたい事とは違う、それくらいお前達なら解っておるだろうに」
だが残念ながらそれは桂様に取って予想できた言葉だった様で、そう冷静に返されてしまった。
ネタが不発だった事に俺とりーちは苦笑を浮かべ、改めて彼女の二種類の砲撃に付いて言及する。
その間ぴんふの腰が引けて居たのを誰もが気付かない振りをしたのは武士の情けと言う奴だろう。
「ほほぅ。花火の様な氣孔砲に、高威力の直線砲……氣翔撃とはまた別の妙技か……。其程の技を彼女の様な若い娘が編み出したのか……。それとも他の誰かが編み出しそれを彼女に伝授したか……」
どうやら彼女の技は一般的な物では無く、火元国中の鬼切り者を統括する桂様ですら、前例を知らない物だったらしい。
「ふぅ……良いお湯でした……」
「あ~、皆美味しそうなの食べてる~。私もほしぃ~」
とそんな声が聞こえ振り返ると、湯上がりの洗い髪を真新しい手拭いで拭きながら此方へとやって来る歌とお花ちゃんの姿が有った。
白い肌襦袢の上に紺の地に黄金の稲穂をあしらった浴衣を纏った歌は、風呂上がりの上気した頬と相まって歳の頃よりも随分艶っぽく見える。
しかし彼女に注目する男は誰も居なかった、俺達ですらも一瞥しただけでその視線は彼女の横へと向けられたのだ。
そこには湯上がりの瑞々しい肢体を、見えては行けない一線だけはギリギリ覆っては居るが、隠れているからこそ想像を掻き立て劣情を催す、そんなお花ちゃんが居たからで有る。
その姿を魅せつけられた男達の殆ど全員の腰が引けている、そうなって居ないのは俺やりーちの様に未だ幼くそういう衝動自体が薄い者か、若しくは男色家の何方かだろう。
……うん、あんな姿を魅せられたらマトモな報告なんか上がって来ないわな。




