二百三十一 小僧連足す一、矢弾尽き満身創痍と成る事
「やったか!?」
烈覇の巨体が白い極太レーザーに飲み込まれたのを見て、りーちが期待を込めた叫びを上げた。
……その台詞を彼が口にした時点で、残念ながらその一撃が決定打に成り得ぬ事を俺は確信する。
だが撃ち放たれた氣の奔流が収まり再び烈覇の巨体が姿を表すと、俺の予測に反して数えるのも面倒な程に生えていた棘は粗方へし折れ、黒く焼け焦げた甲羅が地響きを立てて大地へと落ちてきた。
真逆本当に今の一撃でケリは付いたのか? 疑念を抱き不用意に近づくのも危険と判断し取り敢えず発砲する。
銃弾は硬い甲羅の表面で甲高い音を立てて弾かれた、がそれを切っ掛けにしたかのようにぐらりと甲羅が大きく揺れ、その揺れの反動を利用してか小さく跳び上がると、中へと収納された四肢が、続いて頭と尾が飛び出した。
「……今ノ一撃ソノママ喰ラエバ然シモノ吾輩トテ只デハ済マナンダ、サレド吾輩ノ甲羅ヲ打チ砕クニハ今一ツ足リ無カッタ様ダナ……。トハ言エ、コレ以上ノ時間ヲ掛ケ援軍ガ来レバ、一矢報イル事モ儘ナラヌ……カ」
見た通り烈覇は甲羅の中に引っ込む事でダメージを最小限に抑える事に成功していた様だ。
「幼クシテコレ程ノ兵ガ居ル世界ダト知ッテイタ成ラバ、我輩達モモット別ノ選択ガ有ッタヤモ知レヌナ……」
そう寂しそうに悔しそうに口にした烈覇の言に拠れば、彼らが生まれた異世界では近年爆発的に亀口が増加し、その結果その世界だけでは支えきれず近隣の異世界への棄民政策が行われているのだそうだ。
烈覇はその世界の王族だったが捨てられる者達を見捨てる事が出来ず、継承権を捨て彼らを率いて新天地へとやって来たのだと言う。
この世界へとたどり着いた当初は拠点の森の奥から出る事も無く、稀に人間や他の鬼や妖怪と遭遇し戦う事は有ったが、今回の様に大規模な『合戦』を行うつもりは無かった。
森の奥で細々と生活するだけならば彼の方策は決して間違いでは無かっただろう、だが生活が安定すると元の世界から続々と食い詰めた者達が押し寄せて来る事になる。
小規模ながらも農耕を行う程度の知識の有った烈覇では有るが、この世界の先住民達の目に触れ無い範囲では、後から後から押し寄せる者達の生活を受け止めきる事は出来ず。
また世界を渡る際には『何か』犠牲にしなければならず、その結果獣同然の存在に成り下がった者達が決して少ない数では無かった。
そしてとうとう森の奥での生活が破綻する時が来たのだそうだ。
「座シテハ遠カラズ滅ビガ待ッテイル、故ニ成功スレバ一発逆転失敗シテモ間引クニハ十分……ト、コノ世界ヘノ侵略ヲ企テタ……ト言ウ訳ダ。此ノ地ニ住マウ者達ニハ何ノ関係モ無イ迷惑ナ話ヨナ」
そう己の背景を口にした烈覇だったがそれは自分語りに酔っている様な様子では無かった。
「ダガ、吾輩ノ目的ハ既ニ達スル事ハ出来タ。森ニ住ム鬼亀ハ人ノ食イ物ヲ奪ワズトモ生キレル程度ニハ数ヲ減ラシ、次代ヲ担ウ者達も森ヘト戻ッタ。後ハ吾輩が満足行ク死ニ様ヲ晒ス事が出来レバ上々ヨ……」
覚悟を決めた者特有の瞳で俺達を見回しそう言う、どうやら未だ無事だった配下の者達を逃がす為の時間稼ぎのつもりだった様だ。
「悪い待たせた!」
そして同時にぴんふが新たな得物を手にするには十分な時間的余裕を与える物だったらしい。
お花ちゃんの権太レーザーが放たれると殆ど同時に一旦離脱し、近所の農家から鍬を一本拝借してきた様だ。
「サテ……全員揃ッタナ。今度コソ吾輩ニ満足行ク勝負ヲ味ワワセテ呉レ!」
そう言うと一度大きく息を吸い高らかに咆哮した。
どれほどの時間が経っただろう、援軍が未だ来ない事を考えればきっと然程長い事では無かったに違いない。
安物の鍬を早々に砕いたぴんふ、弾薬を使い果たしたりーち、氣を使い果たし大砲を持ち上げる事も出来無くなったお花ちゃん、と既に三人が戦力外と成り離脱していた。
歌も矢を使い果たし槍はへし折られ、最後に残った刀を手にしている。
そして俺の方は予備弾は残っては居る物の、再装填する余裕も無く愛刀を残すのみだった、せめてセバスさんの様に近接戦闘と魔法を併用出来る程、魔法戦闘に熟達していれば良かったのだが、今の俺では手を止めずに詠唱する練習が足りていない。
だが俺達だけが一方的に不利な状況と言う訳では無い。
烈覇はりーちの銃弾により両の目を潰され、ぴんふの一撃で右足の甲を打ち抜かれ、お花ちゃんの最後の氣力を絞った砲撃で左腕は焼け焦げ、歌の矢が何本も刺さった右肩もどうやら持ち上げる事すら出来ない様子だ。
数の暴力……と言ってしまえばそれまでだが、五人がかりでの戦いは完全に此方が有利な展開で進んで居り、両の目を潰されて以降は奴の攻撃が俺達に掠る事すら無かった。
既に勝負は付いたと言えるこの状況にも関わらず、俺達が戦いを続行しているのは単純に奴の耐久力が尋常では無いからだ。
満身創痍のその体だと言うのに、繰り出される噛み付きや唯一無事な左足を軸に身体を回転させ尻尾を振り回す攻撃は、まかり間違って食らいでもしたら俺や歌の鎧ですら致命傷を負いかねない、そんな重さを残していた。
しかしそれもそろそろ終わりを迎える時間である、大きな畑を挟んだ後ろから、結構な数の鬼切り者がやって来た事を知らせるには十分な、鎧や武器の音が聞こえて来たからだ。
「有象無象ニ此ノ首ヲクレテヤル心算ハ無イ、サレド諦メ只デ貴様等ニヤルノモ口惜シイ……、次ノ一合撃デ決着ダ。嗚呼、最後に吾輩ノ首ヲ取ル者達ノ名ヲ聞カセテ呉レ。冥土デ先ニ逝ッタ配下ニ教エテヤラネバ成ランカラナ」
全身から流れる血を拭いもせず、既に見えていない双眸を俺達へと向け、最後の力を絞って烈覇は堂々たる姿勢を崩す事無くそう言った。
相手は既に死に体で尚且つ援軍が迫る今、ただ待つだけでも俺達の勝ちは動かない。
だがそれは配下の者達を犬死させる事で統治者としての誇りを失い、彼に唯一最後まで残っていた武人としての誇りすらも汚す事に成るだろう。
それは武士として生きる以上、絶対にやっては成らない事の筈だ。
「猪山藩主猪河四十郎が七子、猪河志七郎!」
「鬼切奉行桂稲明が三女、桂歌江!」
故に俺と歌は烈覇に自らの位置がはっきりと解る様、腹の底から名乗りの声を上げた。
「我ラ亀族ハソノ血肉一片ニ至ルマデ余ス所無ク有用ト聞ク。吾輩ノ首ヲ取ッタ暁ニハ無駄ニスル事無ク貴殿ラノ血肉トセヨ!」
砕かれ立つことも儘ならぬであろう右足を踏み込み、焼け焦げ血すら流す事が出来ない左腕を俺達目掛けて振り下ろす。
それを避ける事は簡単だったが、俺は足を止め最後に残ったほんの僅かな氣すらも全てを絞り出し刀へと無理矢理押し込んで迎え打つ。
文字通り命を掛けた全身全霊の一撃だ、それを避けるのは失礼に値する、そう感じたからだ。
同時に攻撃対象と成らなかった歌が跳び上がり、手にした刃を前傾に成った烈覇の首へと振り下ろすのが見えた。
爪と刀が触れ合う、と諸共に全身を押し潰さんとする凄まじい力が襲い掛かる。
だが俺が潰れるよりも早く、歌の一撃がその首を叩き落としていた。
「見事……也」
地に落ち転がった首は間違いなくそう言い、そしてニヤリと口角を歪め……ソレが最期だった。
「敵将! 大鬼、大将。亀光帝烈覇、猪山藩主、猪河四十郎が七子、志七郎が!」
「鬼切奉行、桂稲明が三女、桂歌江が!」
「「討ち取ったり!!」」
二人で声を合わせて勝ち名乗りを上げたその時、硬い物が静かに砕ける音が俺の手元から聞こえたのだ。
見れば俺の刀は烈覇の爪を受け止めた所から罅が走り、そして静かに砕け散っていた。




