二百三十 小僧連足す一、親玉出陣し得物を砕かれる事
ぴんふの大技で吹き飛ばされ宙を舞った二足達はそれだけで絶命した訳ではなかったが、固く重い甲羅を下にして仰向けに落ちた者達は、自力では起き上がる事が出来ないらしく、効果範囲内に居た敵は概ね無力化出来たと言って良いだろう。
大鬼が控える森の中にはまだまだ戦力となり得る者は居るが、二人の強力な大規模広範囲攻撃のお陰で圧倒的な物量差は覆された。
後は何時もの鬼切り程では無いが大した危険も無く終わる事が出来るのではなかろうか……等と、油断する者は俺達の中には誰一人として居ない。
各種鬼を統べる大鬼はその全てが稀代の軍師とまでは言わずとも、最低限の戦略、戦術を解すると言われている、それが居る以上このまま簡単に終わる等、西から日が出る事以上にあり得ない話だ。
無論そんな事はわざわざ声に出して忠告するまでも無く全員が理解している。
だからこそ唐突に放たれた大鬼の一手――あろうことか大鬼は直ぐ側に居た配下の一匹を掴み上げると、それをその巨体が持つ膂力に任せてぶん投げたのだ――に対応するのは然して難しい事では無い。
狙われたのはぴんふ、氣によって銃弾を見極める事が出来る程の動体視力を発動していなければ、投げ放たれた赤い甲羅の鬼亀によって死体も残らず無残な死を迎えた事は容易に想像出来る、それほどの一投であった。
油断していない氣功使いに何の工夫もないただの飛び道具が当たる筈も無い、当然ぴんふも投げ放たれたのを確認した上で射線から逃れる為に大きく横へと跳び躱す。
「ぴんふ! まだです!」
そう叫んだのは俺達よりも後ろから矢を射掛けていた歌だった。
彼女の言葉通り、後方へと飛んで行った筈の鬼亀が丸でブーメランか何かの様に空中で軌道を変え、再びぴんふへと襲いかかったのだ。
「ちょ!? っと!」
速度を落とす事無く後頭部目掛けて飛んで来るソレを、再度避けようと跳躍するが赤い甲羅はその動きを読んでいるかの如く追尾し飛翔する。
「いい加減にしろぃ!」
躱しても切りが無いと判断したらしいぴんふはそう悪態をつきながら、鍬を鬼亀へと叩きこんだ。
ぴんふの得物は鍬とは言えども大大名の子弟が持つに相応しく大業物と呼んで差し支え無いレベルの逸品で有る、対して鬼亀の甲羅も物理攻撃をほぼ受け付けないと言われる程の硬さを誇る。
それらが自動車事故をも軽く超える様な速度と衝撃でぶつかり合ったのだから只で済む筈が無い。
鬼亀の甲羅も流石に限界以上の衝撃が加わった様で鍬の刃が深々と突き刺さるが、それに耐えられなかったのは鍬の方も同じだったらしく柄がへし折れていた。
結果直撃こそ避ける事が出来た物の得物を砕かれたのは致命的だ。
「……ぴんふ、下がって代わりの得物を調達してこい。鍬術の利点は何処でも手に入る事だろ?」
ぴんふは無手の技術は歳相応で鍬を使う時程に戦力として期待出来ない。
素手で氣を扱う事は得物に氣を通す事よりも簡単な筈なのだが、何故かぴんふは鍬を手放すと途端に氣の扱いも滅茶苦茶になってしまうのだ。
「……悪い、皆。後は任せた」
俺の言葉に素直に頷き、後方へと下がろうとしたその時だった。
「女子供ト侮ッタ事、先ズハ謝罪シヨウ。此処マデ我輩ノ配下ヲ打チ倒シタノダ、貴公等ハ立派ナ兵ヨ。サレド我輩自ラノ手デ仇ヲ討タネバ捨テ石ニスラ成レナカッタ者達ガ浮カバレヌ」
森の奥に身を隠して居た大鬼がそう言いながらゆっくりとその姿を現したのだ。
「吾輩ハ亀光帝烈覇、亀帝国ノ覇王也。貴公等ヲ最早女子供トハ思ワヌ、全力デ討チ倒シソノ腸ヲ喰ライ尽クシテクレヨウゾ」
深緑の甲羅に金色の棘が無数に並び、鋼ですら切り裂けそうに見える手足の鋭い爪、炎のような赤い鬣の間から生えた棘と同質の大きな二本の角、身の丈も優に十尺を超えるその姿は、亀と言うよりは完全に怪獣のそれだ。
「今更一騎打チ等ト都合ノ良イ事ハ言ワヌ。五人ト一匹纏メテ掛カッテ参レ!」
地響きを立てて更に一歩踏み込みそう言うと、大きく口を開き咆哮を響かせる。
別段示し合わせた訳では無いが、その声を切っ掛けに戦いの火蓋は切って落とされた。
最初に動いたのは現状最前列に立って居た俺である、得物を失ったぴんふを下げる為にも、俺が引き付ける必要があるだろう、と判断したが故だ。
「せぁ!」
烈帛の気合と共に可能な限り身を低くして踏み込み横薙ぎに一閃。
体格差から狙えるのは当然足だ。それだけで致命傷に至る事は無いだろうが、あの体格を支える足を傷つける事で動きを止められれば御の字だ。
十分に氣を練り込んだ刃は例え相手が鋼の鎧に覆われていようとも、断ち切るだけの力が篭っている……筈だった、しかし結果はほんの数ミリ食い込んだだけでそれ以上切る事は出来ず、表層の皮一枚を傷つけた程度である。
不幸中の幸いと言えるのは筋肉にまで達して居ないが故に刺さったまま抜けない、と言う風にはならなかった事だろうか?
そのままその場に留まれば危険なのは言うまでも無い、直ぐに刀を引いて後方へと飛び退る。
振り下ろされた丸太よりも太い前足が前髪に触れた。
ほんの一瞬でも遅かったならば地面を割る程の一撃を食らっていただろう。
間に合ったのは俺だけの力では無い、振り下ろされた右肩に突き刺さった一本の矢と、右の瞳を撃ち抜いた銃弾が有ったからこそ躱せたのだ。
そしてそれらの結果を見れば、俺の攻撃が全く通らない訳では無い事も理解できた。
恐らくは俺の一撃に合わせ右足に氣を集中する事で防いだのだろう、そして氣を纏わせて居なかった肩と瞳を狙った歌とりーちの攻撃は十分な痛手となり得たと言う事だ。
「同時攻撃なら十分通る! 皆合わせろ!」
とは言うものの、あの体格から繰り出される一撃をまともに貰えば一溜りも無く、先ほどの様に不用意に踏み込むのは余りにも危険過ぎる、次も二人の援護が間に合うとは限らないのだ。
と成れば、俺に出来るもう一つの攻撃……
「古の契約に基きて、我猪河志七郎が命ず……」
魔法だ!
今の所四煌戌の成長具合的にも俺の魔法への習熟度的にも複合属性の魔法は成功した事が無い、確実に使えるのは火水風土の単独属性だけだ。
亀は一般的に水属性を宿す存在で鬼亀も例外では無い、と成れば水属性は大きな効果は無いだろう、反属性が効果的なケースは稀だとお花さんの授業で習った。
と成れば選ぶべきは風か土、何方を選ぶべきかは半ば賭けでしか無い。
「自由なる翠の力……集い集いて万物を切り裂く刃を成せ……」
土の魔法で俺が確実に発動出来るのは、拘束の魔法と小さな土の塊をぶつける程度の物で、大したダメージを与えられるとは考えづらい。
風の刃とて威力その物は対して違いは無いが、打撃よりは斬撃のほうが通った時に大きなダメージに成りやすい、とその程度の判断だ。
「銃弾に続いて……放て斬風刃!」
狙うは先程同様に右の膝、俺が引き金を引くのと前後して後方から発砲音が聞こえた、恐らくは矢も放たれた事だろう。
「甘イワ! モウコレ以上ノ油断ハセン!」
どうやら先程の一合撃で二人の射撃が通ったのは、烈覇の中に俺達に対する侮りが残っていたが故の事だった様で、奴は大きく跳び上がり俺達の攻撃を回避する。
だがその選択は誤りだったと言えるだろう。
「ん~、残念だけど。もう一人居るんだよねぇ~」
そんな声と共に先程の花火弾とは違う、レーザービームの様な氣の奔流が打ち出されたのだった。




