二百二十九 小僧連足す一、花火見物し接敵する事
自信ありげに微笑んだお花ちゃんは、黒くて固く太い得物の砲尾を大地へと突き立てた。
ほぼほぼ垂直に天へと向かってそそり立つ鉄の兵器に、彼女はまるで愛おしい相手にするかの様に静かにだが力強く抱きしめる。
豊満な女性の証が逸物に押し潰され形を変え、ギリギリその姿を包み込んでいた彼女の着物は僅かに乱れただけだというのに、その膨らみの大半が白日の下に晒される事となった。
それでも見えては行けない一線だけは死守されているのは、きっと神々の加護に依るものなのだろう。
「ん……ぁ……」
その身を預けほんの少しだけ相棒を傾け角度を調整する、そして彼女の口からは甘く切なそうな吐息が漏れ始めた。
全身から玉の汗が滴り落ち、辛うじて重要な部分を覆ってる彼女の着物は徐々に濡れ身体に張り付き、その身体のラインを隠す事は無くなって居た。
端から見るだけならばその姿は闘いのそれでは無くただの痴態としか見え無いのだが、彼女の身体から湯気にも似た氣が立ち上っているのを視る事が出来れば、その行為の実態を見抜く事は容易だろう。
鉄肌に触れている彼女の柔肌を伝い物凄い勢いで氣が大筒の中へと流れ込んでいるのだ。
丸で一人遊びに耽溺している彼のような時間は決して長い物では無かった。
もしそれが鬼亀の大群が接敵するほどに時が経っていたならば、俺達は只では済またかった筈である。
最前衛を務め敵陣を最も警戒していなければ成らないぴんふは、彼女の姿から視線を逸らす事も無く軽く腰の引けた様子で生唾を飲み込む音が聞こえた。
その音に我に帰った俺が敵陣へと視線を移し、彼に向けて叱咤の声を上げようとしたその瞬間だった。
大筒に詰め込まれた氣の圧力が限界を突破し、地響きにも似た砲音を轟かせ白い氣の塊が天高く打ち上げられたのだ。
花火に仕込まれた笛の様な音を立てて飛んでいった氣の砲弾は、鬼亀達の上空へと差し掛かると下腹に響く低重音を立てて弾けた。
夕日の赤から宵の色へと変わりつつ有った空に白い大輪の花が咲き、花開いた無数の花弁は雨の様に鬼亀達の群れへと降り注いだ。
鬼亀の甲羅は物理攻撃に対して圧倒的な防御力を持つ、真上から降り注ぐ攻撃では甲羅に弾かれ大したダメージを与える事は出来ないのではないか、そう思えたが、ソレが誤りだと言う事は、彼女が二発目の氣花火を打ち上げるよりも早く理解出来た。
確かに甲羅へ当たった気弾の大半は弾かれていたのだが、彼らに直接当たらず地面へと着弾した物は小さな爆発を起こし、その衝撃と爆風に弾かれた鬼亀達が無防備な腹を晒して居たからだ。
二発、三発と降り注ぐ氣の雨が鬼亀の腹を穿ち、屍を弾き飛ばし、弾け飛んだ甲羅が他の鬼亀の甲羅とぶつかり合い連鎖的に被害を増やして行った。
「ふぃ~……、流石にそろそろ打ち止め~。でも、大分減らせたでしょ~?」
都合七発の氣弾を降らせ気怠そうな微笑みを浮かべたお花ちゃんが言った通り、見える範囲に居た鬼亀の軍団は既に物言わぬ肉と甲羅の塊に成り果てて居た。
「これ、私達が居る必要は無かったんじゃないですかねぇ……」
余りにも一方的な絨毯爆撃にも似た攻撃を目の当たりにし、情欲に腰を引いていたぴんふは、今では別の意味で腰が引けた様子でそう言った。
「いえ、まだ終わっては居ない様ですよ……。彼女が倒したのは言わば先兵の雑兵、鬼亀の鬼亀足る者達が残っているます……ソレに大鬼も……」
だが狙撃銃の望遠鏡を覗き込んでいたりーちがそう否定の言葉を口にする。
無論ただそれを報告しただけでは無い、恐らくは最後尾で未だ木々の奥に居ると思われる『大鬼』を確認した瞬間、彼は戸惑う事無く引き金を引いて居た。
乾いた発砲音を響かせて打ち出された銃弾を、俺は反射的に氣を込めた瞳で追いかける。
その先に居たのは明らかにこの群れの統率者であろう者だった、甲羅に無数の棘を持ちその頭には大鬼で有る事を主張するかの様な大きな角を持つ、むしろ怪獣と表現するほうが相応しいそんな姿である。
りーちが放った銃弾は狙い過たず彼の大鬼の頭へと真っ直ぐに直撃する……筈だった。
だが有ろうことか、あの大鬼は無数の鋭い牙が生えた口を小さく開き、迫る銃弾をその歯で齧り止めたのである。
そして銃弾を噛み締めたまま大鬼の口角が持ち上がり、その視線が俺達を舐め回す様に走り抜けた。
『おいおい、舐めたマネしてくれるじゃねぇか』
ほんの一瞬目が合っただけなのだが、その視線に篭った意思を読み違えたとは思えない。
噛み締めた銃弾をそのまま噛み砕き、大鬼は天地を震わせる様な咆哮を轟かせると、お花ちゃんの砲撃に尻込みをしていたらしい配下の鬼亀達が覚悟を決めた表情で再び前進を始めた。
「数は大分減った様ですが、一体一体の格は明らかに上がって居ます! 皆さんお気を付けて!」
歌が叫びを上げながら矢を放つ、今度の狙いは配下の二足歩行の内の一体だ。
手にした武器は同族の甲羅と骨を組み合わせ加工したと思われる槌で、見る限りに於いて取り回しの良い武器には見えない。
体格も他の鬼亀達よりも一回り大きいが、何方かと言えば鈍重そうに見えた。
だがソイツは超高速で飛来する矢が己の頭を貫く直前、首を甲羅の中へと素早く引っ込める事で躱し、何事も無かったかの様に再びゆっくりと歩き出す。
「立っている奴を相手に頭を狙う必要は無い、腹を撃て! 四煌、前へ出るぞ!」
俺はそう指示を口にしながら、ぴんふと四煌戌と共に前衛として、迫る敵を食い止める立ち位置へと上がる事にした。
「心得た!」
「「「うぉん」」」
ある程度数が減ったとは言え、まだ向こうのほうが数が多いこの状況では、ぴんふだけに前衛を任せるのは少々厳しい物が有るだろう。
俺達のチームは何方かと言えば、接敵前に遠距離攻撃で撃破してしまう事が多く、くぐり抜けて来た相手に近接戦闘を行う場合でも、相手の方が多いという事は殆ど無い。
「七、牽制を優先。俺達で倒す必要は無いぞ!」
こういう状況に慣れている訳では無い筈のぴんふだったが、流石に前衛専門だけ有ってどう立ち回れば良いのかは十分に心得ているらしい。
お花ちゃんの砲撃で荒れた地面と、無数に転がっている四足鬼亀の死体に足を取られそうに成りつつも、一歩一歩を大きく飛ぶ事で素早く敵前衛へと接敵する。
相手は歌が狙った一回り大きな槌持ちの鬼亀だ。
体格差を利用して足元へと飛び込み、抜きざまの一撃で膝を斬りつける。
断ち切る事こそ出来なかったが、大きな体格が災いしたようで身体を支えられず崩れ落ち……る前にその腹を下から上へと切り裂いた。
内臓をぶちまけるよりも早く後方へと大きく飛び退ると、その巨体が小さく土煙を上げて倒れこむ。
即座に次の獲物を探す俺の視線の端には、胸元から矢を生やして倒れこむ鬼亀や、腕を引っ込める事で銃弾を躱そうとして手にした得物を引っ掛け結局腕を撃ちぬかれる鬼亀の姿が有った。
四煌戌はそれら遠距離組の攻撃で倒れた者達に止めを刺して回っている様だ。
「どっせーいぁぁぁぁぁぁぁ!」
高らかな雄叫びと共に高々と飛び上がったぴんふが手にした鍬を大地へと突き立てる。
その一撃は決して狙いを外した物では無かった、全身全霊の力を込めて振り下ろした鍬は深々と地面へと突き刺さり……そして爆発した。
砲撃で荒れた地面が弾け飛び、その効果範囲に居た鬼亀達が宙を舞う。
「大根流鍬術、爆耕破!」
土煙が収まるとそこは丸で耕したばかりの畑の様な状態に成っていた。




