二十一 志七郎、三姉睦と、ネコミミ女中と交流を持つ事
昨日はランキング入りし、PVが1万を超えるという快挙を達成しましたので、そのお祝いでは無いですが、本日は2話投稿予定です。
先ずは1話目、2話目は深夜回りになると思います。
「おっはよー! ししちろー、早速台所で仕事だニャー!」
翌朝、いつも通り稽古に向かおうとする俺を、睦姉上がそう呼び止めた。
ああ、皆が朝稽古を終えれば直ぐに朝食な訳だし、この時間からもう働いているわけか。
今日は彼女の仕事に付き合う、そう決めていたのだから否は無く、素直に台所へと足を向けることにした。
台所では既に3人のネコミミ女中さんと、4人の家臣が朝食の準備を始めていた。
家臣の男達は朝稽古で見かけた事のある者達なので、必ずしも彼らが朝食を作っていると言うわけではないのだろうから、もしかしたら当番制なのかもしれない。
その堂に入った包丁使いから察するに『男子厨房に入らず』と言う事も無いのだろう。
今までも何度か台所に来たことはあるが、こうしてじっくりと中を見るのは始めてだ。
さすがは50人からの食事を一手に引き受ける場所だけあり、7人が作業していてもまだまだ広さに余裕がある。
ガスコンロや電化製品などは当然ないが、かまどや調理台、石造りの水場に井戸と思い浮かぶ台所の機能としては前世とあまり変わらないように思える。
包丁や鉄鍋、薬缶など有って当然の調理器具に混ざって、フライパンや中華鍋など少々場違いとも思える物もちらほらと見受けられた。
「志七郎様、今日は睦様とご一緒に手伝いをして下さると聞いてますニャ、早速ですがこちらで芋の皮むきをお願いしますニャ、あ、芽には毒があるからチョチョっと抉り取って下さいニャ」
台所を見回す俺に、そう言って木桶に入ったじゃがいもとT字髭剃りに似た皮むき器を手渡してきたのは、ネコミミ女中の一人おタマだ。
まぁじゃがいもが食卓に上がったことは何度もあるしこれについては今更どうこうと言う事では無いが、特にファンタジーな要素のない道具の類もかなり技術的発展を遂げているようだ……。
「殿方でも武士にとって料理は必要な教養の一つですニャ、戦場にせよ主君の使いで遠出をするにせよ銭で食事が手に入らないなんて事はザラですニャ。料理が全くでき無ければ、餓えて力が出せず鬼の餌に成っちまいますニャ」
台所の端、板間に腰を降ろしじゃがいもと格闘し始めると、手つきに不安が無いか確認していたのだろう、おタマが同様の作業を包丁でしながらそう言った。
前世では実家を出てからも食事の出る寮で生活し、交番勤務時代の当直などでも出前で済ませていた事もあり自炊の経験は殆ど無い。
それでも、さすがに皮むき位は出来ると思ったが、この小さな手に包丁を持たせる事に不安が有ることは十分に理解できた。
だからこそ、大人しく言われた通りの作業を淡々と進めているのだが、おタマと俺では明らかに速度が違う……。
俺が1個剥き終わる間に彼女は3から4は終わっているペースだ……。
ふと、睦姉上は何をしているのかと台所を見回してみれば、彼女は身の丈ほどもありそうな寸胴鍋の前で踏み台を足場に何かを煮込んでいる。
時折手にしたお玉で汁を掬っては味を見て、恐らくは調味料らしき何かを足したりしている、その動きに迷いらしきものは無く齢10歳にも成らぬのに熟練を感じさせる物だ。
そして俺とおタマが剥いたじゃがいもが、他の者の手で乱切りにされ姉上が作業している鍋にどんどん投入されていく。
芋の山がなくなった頃には、他の作業も概ね終わっていたようで、出来上がった料理が次々と配膳されていくが、その作業は、俺を除く8人が素早い連携で淀むこと無く進められており、正直俺が手伝える要素など無いように思えた。
「ししちろー、配膳が済んだ分からどんどん持っていくニャ!」
そう睦姉上に言われ慌てて、積み上がる御膳を広間へと運んでいく。
朝食の献立は、『卵の味噌汁』『鶏の照り焼き』『きゅうりと白菜の浅漬』『ほうれん草の胡麻和え』と、俺が剥いたじゃがいもは使われていない様子だ。
「ししちろーが剥いた芋は夕飯の肉じゃがに使うニャ、煮物はしっかりと味を染み込ませるために朝から仕込むのニャ」
大人ならば兎も角、まだまだ子供と言える睦姉上にまで表情を読まれるとは……。
地味に凹みながら朝食を摂り終えると、今度は台所仕事ではなく雑巾とバケツを手に屋敷の掃除をすることになった。
バケツと言ってももちろんプラスチック製のあれではなく、木製なので手桶と言った方が正しいかもしれない。
それらを使い廊下を雑巾がけしながら走り抜けていくのは、前世でもこの時代でも変わらない様だ。
俺と睦姉上に比較的障害物の少ない奥向きが割り当てられているのは、万が一にも高価な品々を引っ掛けたりしないように気を使われたということだろうか。
流石に掃除くらいはしたこともあるので、料理と違い足手まといになることは無いと思う。
事実、姉上と肩を並べて拭き掃除をして行くも、拭き残しなども殆どなく作業速度にもそれ程差は無い。
「んー、大体綺麗になったニャ。部屋の掃除はニャー達じゃ背が足りニャいから、ニャー達は台所仕事しに行くにゃ」
1時間が経ち一通りの廊下を拭き終わった頃、後ろを見渡し姉上がそう言った。
汚れた雑巾を濯ぐ以外、殆ど走りっぱなしだったのだが姉上は軽く息を弾ませる程度にしか疲労の様子は無い。それに引きかえ俺はゼェゼェと荒い息をついている。
「次の作業をする前に取り敢えず一服するニャ」
台所に着くとそんな俺を気遣ってか、姉上が茶杯を差し出してくれた。
「え!? 冷たい?」
それを手に取るとひんやりと冷たく、中にはいって居るのはよく冷えた麦茶だった。
冷蔵庫も無いのに、どうやって冷やしているのか?
「ニャハハ~、智香姉ちゃんが作った物を冷やす術具があるニャ。沢山の物は入らニャいから飲み物を冷やす位にしか使えニャーけどニャー」
イタズラが成功したと言わんばかりに楽しそうな笑い声を上げる姉上、その表情は歳相応以上に幼く見えた。
そうしている内に、他の場所の掃除が終わったのだろう、女中さん達も台所へとやって来る。
どうも、この冷たい麦茶は女中さん達の役得ということらしく、皆が茶杯を手に一息付いている。
いつもは、大体母上と一緒に居るのでこうして女中の皆と一緒に居るのは初めてだが、おタマは俺が小さい頃に良く面倒を見てくれた事を覚えている。
その他の――『おミケ』と『おトラ』――二人とはほぼ接点が無かったので、彼女たちについてはよく知らないが、三人共15~16歳位で同年代に見える。
ちょっとタレ目でのんびりとした感じに見えるおタマは世話好きなお姉さんという感じで、イタズラっぽい笑みを浮かべるおミケは睦姉上へ与えている影響が大きいように見える。
気の強そうなおトラはそんな二人のまとめ役らしく、朝食を作るときにも掃除を始めるときにも指示を出していたのは彼女だ。
……ん?
そういえば、おタマは俺が産まれたばかりの頃から、母上が別の用事にかかる時には面倒を見てくれていたと思うが、その頃と容姿が殆ど変わっていない気がする……。
少なくとも3年が経っているのに、成長期であろう彼女たちの年齢で変化が無いのはちょっと変ではないだろうか?
「……女性に年齢を聞くのは不躾だとは思うのですが、皆さんお幾つなんですか?」
女性に年齢を聞くのは見えてる地雷を踏みに行くような物であることは、前世でよく知っているのだが、如何せん彼女たちはネコミミの有るようなファンタジー生物だ、俺の常識では推し量れない物が有るだろう。
「ニャ? んーたぶん還暦くらい? 猫又になる前に何年生きたかなんて覚えてないから、ハッキリはわからないニャア」
三人は顔を見合わせ、一瞬考えこむような表情を見せた後、まとめ役らしくおトラがそう言った。
……還暦の猫又、って事は彼女たちも妖怪の類なのか。




