二百二十五 小僧連、怪しげを目にし農地へと出向く事
抱え大筒とはその名の通り大筒を手持ちして使用出来る様に改装した大口径銃の事で有る。
前世に何処だったかの博物館に所蔵されている物を見たことが有るが、それは火縄銃をそのまま大きくした様な物で、決してそびえ立つ柱の様な物では無かった。
先日見た『武者絵()』でも確かに『銃』としては格別に太く大きく逞しい物として描かれて居たが、ソレにしたって目の前のコレと比べれば半分にすら満たない様な粗末な物に過ぎない。
長さにしておおよそ一丈太さも三尺程で、太さだけならば抱え込む事は不可能では無い程度に見えるが、その全てが鉄で鋳造された物だとすれば、その重さはまず間違いなく人が持って運用する事等出来る筈が無いのだ。
それは銃というにはあまりにも大きすぎた、大きく太く重くそして大雑把すぎた、それは正に鉄柱だった。
「「「「これの何処が抱え大筒だよ(ですか)!?」」」」
完全にどこかの城か砦若しくは船にでも据え付けられてる様な大砲をそのまま引剥してきた様なソレに、俺達は思わず声を揃えてそう突っ込んだ。
一応持ちやすくする為なのか、太い縄が注連縄の様に巻かれている。
「え~? でも、抱えられるよぉ~?」
対してお花ちゃんはそんな脳天気そうな声を上げ、万が一下敷きにでも成ろうものならば間違いなく肉煎餅が出来上がるであろうソレを、息む様子一つ無くヒョイッと音がしそうな程簡単に抱え上げた。
そしてそのあまりにも現実離れした姿を目にした時、俺の脳裏を一つの推測が過ぎった。
彼女の戦う姿に付いて噂程度ですら話題に上がらぬのは、この現実離れした武器の運用こそが原因なのではなかろうか?
これが筋骨隆々たる大男それこそ一郎翁や義二郎兄上が成しているのであれば、事実を口にしたとしても『多少の誇張』が入った話と、誰もが受け止めるだろう。
だが一寸……大分肉感的で婀娜やかではあるが手弱女と表現しても大きく間違っては居ないであろう彼女が、こんな化け物じみた得物を取り回す等と話しをした所で、見た事の無い者には一笑に付されるのがオチである。
きっと瓦版屋の記者達も、お律様の手の者達も情報としてこの姿には辿り着いたのだろうがそれを『ガセネタ』として扱ったのだろう。
恐らくは『益体もない噂』としては彼女のこの剛力……を通り越した怪力ぶりも人々の口に上って居たのではなかろうか?
「ね? 大丈夫でしょう?」
そんな俺の内心を知らず人懐っこい笑みを浮かべた彼女が、手にした大筒を再び地面へと無造作に下ろした、すると……まるで豚面が氣を込めて四股を踏んだ時の様な、地響きと衝撃が辺りに走った。
「……あの、参考までに伺いたいのですが……それ、どれ位の重さが有るんですか?」
……思わず敬語でそう問いかけてしまったのも無理がない事だろう。
「えーと? 確か六百貫って言ってたかなぁ?」
一貫は確か3.75kgだから……2tを超えていると言う事に成るのだから。
指定された農村までは遠駆要石を使う事で一瞬でやって来る事が出来た。
どういう理由が有るのかは知らないが、遠駆要石では個人が携帯出来る以上の大量の荷物を運ぶ事は出来ない。
その為『大筒』と言う火薬や弾薬と言った大量の消耗品が必要と成るだろうお花ちゃんが居る為、今回は徒歩での移動が必須だと思ったのだが、彼女は担いだ大筒と小さな風呂敷包みだけしか持って来て居なかったのだ。
俺やりーちの持つ銃の弾はそれぞれが身に付けたウエストポーチの様な物に入るだけでも結構な量に成るが、彼女の『砲』はその砲口の大きさからして砲丸投げの玉と同じくらいの物が必要に成るはずである。
そんな物を相当数持ち込むとなれば彼女が幾ら化物じみた怪力の持ち主でも、遠駆要石を使える『携帯品』の枠を超えるだろうし、目的地が解っているのだから事前に馬車を立てる等して発送しているのだと、そう考え深く突っ込む事は無かった。
「おお、お前さん達が防衛の鬼切り者達か? 金太の奴め高い銭を取って置きながらこんな女子供達を寄越すとは……とは言えお主等の責ではないの。拙者はこの地を任されて居る代官で勝然環七郎だ、宜しく頼むぞ」
転移場所から少し進んだ所でそう声を上げ俺達を迎えてくれたのは、如何にも役人らしい黒羽織を纏った三十歳そこそこの男だった。
「一応地元の若い衆を物見に立てておるが、連中では大物が出たり小物でも徒党を組んで掛かって来たりすれば危うい。其方らは屯所に詰め事が有れば何時でも直ちに打って出られる様に待機しておれ」
彼はお花ちゃんや俺を見るなり、ため息を一つ付いたものの直ぐに気を取り直した様に表情を引き締め、そう命令を口にする。
ぱっと見る限りに置いては其程出来る男には見えず、典型的なうだつの上がらぬ下っ端役人と言った風情だったのだが、彼のその態度に俺は評価を改める必要を感じていた。
女子供で有る事を侮るような素振りを見せたのは一瞬だけで、お花ちゃんのその姿を見ても鼻の下を伸ばす事も無く、更にはその背中に担ぎ上げられたモノを見ても腰を抜かす事無く(むしろ見なかった事にはしたようだが……)直ぐに頭を切り替えて見せたからだ。
「お出迎え~有難う御座いますぅ。私はぁ……」
「ああ良い良い、其方の氏姓等に興味は無い。金太が送り込んだのだ、その腕前に間違いないのだろう。さ、詰め所に案内しよう……」
彼は名乗ろうとするお花ちゃんの言葉に割って入り、それ以上言わせる事無く踵を返し、その後此方をちらりと振り返り付いてくる様に促した。
俺達が口入れ屋の金太に雇われた鬼切り者と言う事だけ判れば、それ以上の情報は必要ないと言う事の様だ。
「……あれはきっと私達が何処の者か知らない方が良いと言う判断なんでしょうねぇ」
その背中に届かぬ様、声を潜めてぴんふがそうつぶやいた。
通常、口入れ屋に武士が出入りする事は無い。
だがそれはあくまでも原則論で有り、武家の者でも次男や三男と言った部屋住みの者が小遣い稼ぎや、分家独立の準備の為に身分を隠して利用する事が絶対に無いとは言い切れないのだ。
その中には俺達の様な大名家の子弟や、歌の様に高官の子弟が居ないとも限らない。
依頼主が相手とは言え自分より格下の者に命令を出された事で、面子を潰されたと騒ぎ立てる馬鹿の話は至極稀にでは有るが聞かない話では無いのだ。
それを考えれば、配下の者では無くわざわざ代官本人が出向いた事にも納得が行く。
ある程度大きな都市を預かる代官で有れば兎も角、こうした小さな集落を預かる代官は小普請の幕臣が務めている事が多く、その下に居るのは武士階級の者では無く現地で一時的に雇い入れた地元の農民で、そう言う細やかな配慮が出来ない可能性が高いのだ。
『オラ達の年貢で雇った者』と口で言わずとも態度に出てしまえば、その場で無礼討ち云々の刃傷沙汰が起こったり、そこまで行かずとも後々面倒事に発展してしまうのは火を見るよりも明らかで有る。
もしそんな事に成れば代官としての地位も立場も危うくなり、最悪の場合には切腹なんて事にも成り兼ねない。
とそんな事を考えている内に、どうやら目的地へと付いた様だ。
「さ、此処が其方等の詰め所と言う事に成る。とは言っても拙者が借り受けている代官屋敷だがな、鰥暮しでは有るが地元の女衆が手伝いに来てくれて居る故、まぁ不自由はせんだろう」
そう言って指し示されたのは農民の家で有れば豪農が住むだろうが、武士の屋敷と言うには少々貧相な藁葺屋根の建物だった。




