二百二十三 小僧連、乳を語り魔法使いを知る事
鬼切り者の二つ名は、ただ人々の噂に上る様な功績を立てたからと簡単に語られる様になる物では無い。
俺や義二郎兄上の様に紐付の瓦版屋等を使って下駄を履かせる様な事をしても、継続的に話題に上がる様な功績を上げ続けねば、その名が定着する事は無く人々の記憶からはあっさりと消えていく物なのだ。
数が少なく、押し流されるまでに比較的時間が掛かる女鬼切りとて例外では無い。
使う者等殆ど居ない珍しい得物に、安い遊女など足元にも及ばぬ蠱惑的な肢体、男から見れば誘っているとしか思えぬ装い。
そしてそれらに似合わぬ穢れを知らぬ少女としか言いようの無い頑是無い顔立ちは、そのギャップが故にそういう方向での需要が高い事は想像に難く無い。
だがそれだけで二つ名が冠される程、この世界は甘い物では無いのだ。
「七首峠の七人ミサキ、首縊り島の鬼砦、深雪山の氷妖……他にも幾つか逸話は有るけれど、どれも共通しているのは大群を相手に幾人かの鬼切り者と共同で事に当たり結果を出している……と言う事よ」
お律様は瞳義姉上を一頻りからかった後、幕府高官の妻という肩書に見合う引き締まった表情を作り、そう話してくれた。
今回の様に彼女が集団を率いてというケースこそ無かった物の、ここ二年に有った大戦と呼べる様な戦いの幾つかに参戦し、目覚ましいと言うには十分な戦果を上げているのだと言う。
しかしソレならば他の女鬼切りと同様に『武者絵』の一枚も有って然るべきだと思うのだが。
「この娘の問題は、それだけの大戦にも関わらず戦っている姿に付いて全くと言って良い程噂に上がらないって事なのよねぇ」
これらの絵が売りだされる頃には瓦版やら巷の噂やらで、その名前を聞く事は多少なりとも有ったのだが、目撃者は決して少なく無い筈なのにその戦い振りに付いての噺が話題に上る事は皆無だったのだそうだ。
その事を不思議に思ったお律様が伝手を使って、実際に彼女と戦場を共にした者達を相手に聞き取り調査を行ったのだが、その結果は押し並べて『エロかった(意訳)』と言う感想だけだった。
では目線を変えてと、彼女の得物で有る『抱え大筒』に付いて調べてみると、幕府肝煎りの実験工房へと辿り着く。
一部の船や防衛拠点に据えられている『大筒』は随分と昔に国産化に成功して居るのに対し、現在でも輸入に頼っている『銃』の国産化試作品として作られた物の一つがソレだった。
コピー品程度の物は此の国の職人達も作り出す事事体は然程難しい事では無いのだそうだが、残念ながら氣功や術が一般的に存在しているこの国では余程の大口径で無ければ『金食い虫の豆鉄砲』に過ぎ無いのである。
その解決法の一つとして考案されたのが携行可能な大口径砲、即ち『抱え大筒』であった。
だが出来上がったソレは氣を纏わぬ者には重すぎ、それに加えて火薬や弾薬を運ぶ手間や代金を含めて考えると、全く割りに合わない失敗作と断じざるを得ない物として、何本かの試作品が作られただけで廃案に終わる。
それが何処をどう経由したのか、彼女の手に渡り何らかの問題解決の手段が講じられた上で彼女の手で運用され始めた、のがほんの二年前の事だそうだ。
「……という訳で、彼女の戦いに付いては殆ど何も解らないと言うのが現状なのよねぇ。本人に当たる事も考えたんだけれども、夫も問題視して居ない事を私が穿るのも憚られてねぇ?」
鬼切り奉行の妻が己の好奇心だけで勝手に動けば、色々と痛く無い腹を探られる原因とも成り兼ねない為、自重しているのだそうだ。
それ故に……
「という訳で、彼女の戦い振りに付いて土産話を期待していますからね!」
期待と興奮に目を輝かせてそう言う彼女は、完全に趣味人の類のそれだった。
「結局詳しい事ぁ、なーんも解ら無かったねぇ」
「分かったのは兄上がおっぱい好きー、だと言う事位ですかね」
桂邸を辞した後、帰り掛けの路上でぴんふがぼやく様に口にした言葉に、りーちが悪戯っぽい表情を浮かべて茶々を入れた。
ちなみに兄上達は別件で行く所が有るらしく、帰りは同道して居ない。
「男はみんなおっぱい好きーなんだし! 家安公だって『おっぱいに貴賎無し、されど大きい事は良い事だ』って言葉を残してるんだし!」
顔を真赤にしてそう言い返すが、
「兄上、語尾が清一兄上に成ってますよ。とは言えおっぱいが大好きと公言するとは、兄上もまだまだ子供ですねぇ……」
と完全に玩具を見つけた顔のりーちの方が随分と余裕が有る感じで有る。
「はん! おっぱいの良さが解らないりーちの方が子供だっての!」
武士として一人前とは言わずとも、普段の立ち振舞は年齢に見合わぬ物だと言うのに、このやり取りは完全に子供のソレだ。
とは言え……
「二人とも公衆の面前で声高にするやり取りじゃない。その手の事は秘め事なんて言葉の通り大っぴらにしちゃ駄目な物だ」
育ちが良いと言って間違いって居ないだろう歌に、その母がクリティカルな部分は隠れているとは言え『春画』を見せる、その位には性と言う物が前世よりも奔放なこの世界では有るが、ソレが秘される物で有る事は事実だ。
「そーいう七はどうなんだ? 君を知ってる大人はみんな子供とは思えないって言ってるし、さっきもどういう意図の物かは解る、なんて言ってたんだから、その辺も良く理解してるんだろ?」
「そーそー、一人だけ良い子の振りってのは頂け無いよ」
しまった! 藪を突いて蛇を出してしまったか……
弄られていたぴんふは、矛先を変える良い機会とばかりにこちらへと話を向け、そういう事の意味合い未だに本気では理解していないらしいりーちもそれに乗っかった。
「……まぁ、俺もりーちと同じで頭では解っているけれども、本当の意味でソレを理解しているとは良い難い……ってのが実情だ。そ~言う事はもう少し身体が育ってからの事さ!」
よし! 上手く切り返せた!
「身体が育ってからって……なんで解るんで?」
「銅鑼や父上が話して居た通り、過去世持ちって奴だからじゃね?」
「えっと……ああ、その辺聞いたんですね……」
この世界では前世の記憶を持っている者や、前世がはっきりしている者と言うのは決して多くは無いが、珍しいと言う程のものでは無い。
それを考えればわざわざ口止めをしている訳で無し、その事が彼らの耳に入るのも何ら不思議な話では無いだろう。
「なら、過去世の君ならどういう女が良かったんだい? やっぱりおっぱいが大きい方だよな!」
「いえいえ、歳の割に大人びていると言われる手前共よりも、ずっと落ち着いた大人っぽい立ち振舞が板についてる七の事、そんなおっぱいが恋しい子供の様な事は言わないでしょう」
……アカン、コレはアカン。
身体が子供だからと言うのも有るが、前世の俺も別の意味で魔法使いだった事も有り、その手の経験は皆無に等しい。
無論その手の事に興味が無かった訳では無いが、世にも不幸な物語を何度も目にし、美人局やハニー・トラップ紛いの相手に遭遇し続ければ、色々と諦め嫌に成ってもしょうが無いと思うのだ。
流石に今生に置いてもその感覚を引きずり続ける必要は無いだろうが、今の所そういう欲求事体が無いのだから深く考える必要は無い筈で有る。
そう考え、
「……おっぱいに貴賎は無い、おっぱいはおっぱいだというだけで尊いんだ!」
しっかりと溜めを作り、説得力が出る様力を込めてそう言った。
だが、二人はしらっとした目で俺を見定め……
「ああ、コレは……」
「うん、間違いないね……」
そう二人で何かに合意する様に頷き、
「「七は過去世でも、魔法使いだったんだね!」」
……おい家安、お前何要らん事を持ち込んでるんだ!




