二百二十一 小僧連、仕事話を持ち込まれる事
あれから暫くが経ち、七夕――この世界に於いては牽牛と織姫は実在の神様だそうだ――が過ぎ、御盆――節分同様鬼や妖怪が大暴れする危険時期だった――も無事に終わり、夏はあっという間に終わりを迎えた。
どうやら此方の江戸では酷い残暑と言う事はまず無いらしく、御盆が過ぎれば実りと収穫の秋まで秒読み段階と言うのが一般的な感覚の様だ。
前世の日本ならば、農作物だろうとなんだろうと大概の物は年中通して手に入ったが、それは流通や保存そして温室等の技術発達に拠る物だった。
この世界でも銭さえ有れば似たような事は不可能では無い、北国から取り寄せる真夏の氷や、逆に南国から取り寄せる真冬の夏野菜など、大枚を叩けばそれらを手に入れる事自体は可能なのである。
だが氷を除けば、季節を外れた食材はどれも値が張るばかりで味は一段も二段も落ちる物で有り、それをわざわざ取り寄せて口にするのは余程の酔狂人位な物だった。
となれば大半の者はその時々で旬の物を口にすると言う事に成るのだが、此処で問題と成るのが冬場で有る。
江戸あたりは真冬でも雪が降り積もる事こそ極めて稀では有る物の、農作物を効率よく育てるには気温も日照時間も足りず、それが雪国とも成れば当然農作業など出来ようはずも無い。
かと言って南国で取れた冬作物が火元国中の需要を満たす程取れるならば、前述した様な高額食材扱いを受ける訳が無く、その大半は地元で消費されるに留まるのだ。
ではそれ以外の地域ではどうするかといえば、秋に大量に収穫した野菜類を漬物にして保存し、それと米や麦、稗や粟、蕎麦等など保存の効く穀類が主な食事と成る。
鬼切りや狩りで得られる肉類や漁業に拠る魚介類もある程度は流通するが、冬場は危険度が跳ね上がる為、どうしても供給量は少なく値が張る様になる為、生産者と富裕層以外の口に入る事は少ないらしい。
さて、冒頭から何故こんな食糧事情に付いて言及するかといえば……
「……ちゅー訳で、件の妖刀使いの所為で収穫前の畑の守り手が足りねぇんだわ。依頼人からも御足は弾むから腕利きを頼むってぇ言われてるからな……どうにか引き受けちゃぁ貰えやせんかね」
と、智香子姉上が贔屓にしている口入れ屋『魂潰しの金太』から依頼の話が有ったからだ。
節分や御盆の大規模な間引きこそ江戸に居る大名に割り振られる仕事と成っているが、農村を護るのはその地を治める大名や代官の重要な御役目で、収穫前の作物を狙う鬼や妖怪、盗賊山賊の類からそれらを護るのは統治者の仕事だ。
大名ならば普段から領地を護るだけの手勢を抱えているのが当たり前なのだが代官は違う、彼らは飽く迄も本来の領主から依頼を受けて代行で統治している雇われの身なのだ、決して高いとは言えぬ給料から自腹を切って私兵を飼う余裕等無い。
それ故に必要な時には口入れ屋を通して、荒事慣れした鬼切り者達を雇い入れるのだが、事はあの妖刀使いの所為で力のある鬼切り者が幾人も命を落としており、需要に対して人数がどうしても足りないと言う状況らしい。
提示された報酬は『現場で二泊三日』『三食昼寝付き』『一人頭一両、討伐報酬、素材報酬別』と破格とまでは言わずとも、十分に割の良い仕事と言える内容だ。
「俺個人としては受けても良いとは思うが、流石に泊まりがけの仕事に歌を連れて行くのはどうかと……」
俺達四人揃って鬼切小僧連と江戸界隈の鬼切り関係者には認識されているらしく、今回の依頼も『小僧連』の四人揃って雇いたいと言う話だった。
ぴんふやりーちもそして俺も未だ元服前の子供で、保護者の許可無く泊まりの仕事と言うのは少々問題に成るだろう。
だが俺達三人についてはそれぞれの親にさえ話を通せば許可が出る公算が高い、武士として男としてそれだけの『信頼』を受けられるだけの『結果』を出して来たからだ。
しかし問題は俺が口にした通り歌で有る。
幾ら鬼切りの際には男装しているとは言っても、やはり女の子なのだ。
例え二次性徴を迎える前の子供とは言え……いや、結婚適齢期が前世よりも大分早いこの世界では、もう十分の恋愛適齢期と言える年頃と言えるだろう事を考えれば、男達と連れ立って泊まりがけの仕事へ行くと言うのは問題しか無いだろう。
「流石にガキだけで行って貰うような事ぁねぇやな。ちゃんと引率する大人の鬼切りが居るさね。てか、その引率に問題が有るからおめぇさん達小僧連に頼みたいんだがね……」
火の入っていない煙管をペン回しの要領でくるくると回しながら、そう言う金太の話に拠ると、そこそこ腕の立つ女鬼切りが一人手空きだったので、彼女の下に何人か付けて……と差配しようとしたのだが、
『女の下でなんか仕事が出来るか』
『女の命令なんか聞いてられるか』
と、実力が無い者に限ってそんな事をほざいたのだそうで、かと言ってその辺が理解出来るレベルの者は別の場所の責任者と成っている為動かせない……と言う状況なのだと言う話だった。
金太は言葉を濁しては居たが、恐らくはもっと下品で聞くに堪えない言葉も並んで居たであろう事は想像に難くない。
「……女性が一緒ならお父様も許可してくれるかも知れませんね。とは言っても一度持ち帰らないと結論は出せない話ですね」
鬼切奉行と言う役職を担う桂様の娘である、一般的な鬼切り者の気質は少なからず知っているのだろう、彼女は色々と悟った顔でそう口にした。
「女鬼切りで責任者を任せられると言うのは珍しいですねぇ」
「そうですねぇ……あまりおっかない人じゃなけりゃぁ良いですが……」
歌の反応とは別にぴんふとりーちの二人も件の女鬼切りに興味を示す。
公称百万都市で有る江戸は男女比が7:3と人口構成がかなり偏っており、しかもその数少ない女性の多くが『吉原』を始めとする色街の住人で有る。
歌や姉上達の様に武家所属であれば氣功使いである可能性も高く、武家の子女の嗜みとして鬼切りを経験する者も決して少なくは無いが、『家』と言う後ろ盾が有れば鬼切り者達が『女如き』と侮る事は無い。
その為、殊更『女鬼切り』と称する場合は特定の家に所属して居ない女丈夫の事を指すのだ。
ただ女鬼切りと言うだけならば江戸州全体でならば両手の指を十倍した程度には居るのだが、その中でも人を率いる事が出来るレベルの者と成れば片手で数えられる程度にまで減るのだと、二人の反応に対して金太は言った。
「二つ名持ちの女鬼切りですか……『岩砕きのおドウ』『風乗りおフウ』『剛力おシズ』『猫騙しのおタエ』後は……『抱え大筒のおハナ』『不意打ちおキョウ』それくらいですかねぇ? 引退してる人も数えるならもう何人か居ますけど……」
指折り数えながら歌が名前を上げていく……と彼女が知るだけでも片手の指の数は超えて6人も居るらしい。
「現役だってんなら、それで間違っちゃいねぇなぁ……しっかし良く知ってんなぁ、特におキョウとおタエは最近じゃぁ錦絵も殆ど出回ってねぇし、お前さんの年頃じゃぁ彼奴等が話題に成った頃にゃぁまだ生まれても居ねぇだろうよ」
鬼切り者を統括する鬼切奉行で有る桂家では、そういった者の名前が話題に上がる事も有るのだろう。
しかしそれ以上に、男の二つ名持ちは毎年毎年幾人も現れ噂話もどんどん上書きされて行くのに対して、女鬼切りは一度話題に上ると次が出てくるまで長く語られる事が多いらしい。
「御母様が女鬼切りの錦絵を集める事を趣味としてますから、名前だけならここ百年の二つ名持ちは全員諳んじる事が出来ますよ」
軽く胸を張り得意そうに鼻で息をしながらそう答える。
「……おめぇさん達に同行を頼みてぇのは、今も名前が上がった『抱え大筒』の嬢ちゃんだ。他の奴らは単独でも十分に強いが、あの嬢ちゃんはどうしても前衛が居なけりゃ防衛戦にゃぁ向かねぇからな」
その後詳しいスケジュールを聞いた俺達がそれぞれの家へと話を通すと、思った通り許可は下りこの仕事を受ける事になった。




