二十 志七郎、魔法を知り、家内動乱の火種を思う事
先日は体長を崩し、予定通りの投稿を行えず誠に申し訳有りませんでした。
無事回復し、投稿を再開致しました事をお知らせ致します。
ご心配をお掛けしましたこと深くお詫び申し上げます。
「しかし兄上、本当に良かったのですか?」
釣り上げた大量の得物を積み上げた大八車が進む後ろを歩きながら、俺は横を歩く兄上にそう問いかけた。
兄上は釣り上げた雷帝魚の一部部位と一切れの切り身についてのみ、権利を主張しそれ以外の全てを漁師達の取り分としたのだ。
もっとも一切れと言っても軽く10kgはありそうなので、一人前の切り身が200グラムだとすれば50人前になるわけで、決して少ないとも思わないが……。
「欲をかくて漁民の不興を買えば、次の釣りに協力してもらえぬようになるでおじゃる。それに死者は居らずとも怪我一つ無い者は居なかったでおじゃる。快癒の霊薬も安いものではないからの、明日の仕事に支障が出ては可哀想でおじゃる」
言う通り手間賃も取らずに荷運びを申し出てくれた、漁師達の感謝の気持は解りやすいほどだ。
切り身から考えられる可食部の量も相当だが、それ以外にも鱗や内臓など色々と使い道が有るらしい、それらを丸々に近い形で置いてきたのだ、漁師達も怪我に見合う以上の利益が得られたのだろう。
まぁ、他に釣り上げた魚の事も考えれば、兄上の得た利益も十分以上といえるかもしれない。
だが、今日の事ではそれ以上に気になることがある、
「それにしても、兄上は氣功だけでなく魔法も使えるんですね」
雷帝魚の電撃を潰しとどめ刺した最後の魔法のような一撃だ。
「魔法……まぁ、そうでおじゃるね、大きな括りで言えば魔法でも間違いでは無いでおじゃる。けれど麻呂が使うのは陰術と陽術、二種を合わせて陰陽術と呼ばれる、東大陸と火の国で特に発展した術でおじゃる」
兄上の弁では、魔法というのはこの世界に存在する様々な超常の術それらの総称で、この国とこの国に最も近い東大陸の魔法だけでも『忍術』『法術』『神通術』『陰術』『陽術』『仙術』『蠱術』と様々あり、他にも沢山の魔法があるとの事だ。
智香子姉上の使う『錬玉術』も大きな括りで見れば魔法の一種という事になるらしい。
「麻呂は術神である賢神様の加護を頂いておじゃるから、ちょいと書物で学ぶだけで数多の術を会得したでおじゃるが、普通はそれなりの格の師に弟子入りし年単位で修行をし、始めて身に付ける事が出来るものでおじゃるよ」
「それ程に加護の恩恵というのは大きい物なのですか?」
「うちの兄弟は皆加護持ちでおじゃるから、解りづらいでおじゃるが、加護持ちと言うのは下位の神でも数百人に一人、上位の神であれば一世代に一人居るか居ないかといった所でおじゃ。加護を持たずとも名を残す者、居らぬ訳では無いが稀でおじゃるな」
微妙に問いと回答が噛み合っていない気もするが、それでも加護というのが希少なものであり、歴史に名を残す様な人物の大半がそれを持つと言われれば、加護持ちと言うだけで色々と期待されるで有ろう事は想像に難くない。
折角ファンタジーな世界に生まれ変わったのだから、魔法を使ってみたいという欲求はあるが、俺が貰った死神さんの加護でも魔法習得に補正が得られたら良いが。
「術を学ぶにしても、武芸を鍛えるにしても、主は端から見ればまだまだ幼子でおじゃる。これから先、何を学ぶにせよまだ弟子入りも難しいでおじゃ。今はじっくりと基礎を固めるが良いでおじゃろう」
俺と違い前世の記憶が有るわけではないが、年齢の割に落ち着いた知的な考え方をしているのも、賢神の加護によるものなのだろうか……?
「おお! するとこのお頭付きは志七郎の釣果だというのか!」
夕食の席で俺が釣り上げた鯛を見た父上は、そう歓喜の声を上げた。
今夜の献立は『大根の葉の味噌汁』『春野菜の天ぷら』『雷帝魚の焼き物 大根おろし添え』『さつま揚げとひじきの煮物』である。
俺の釣り上げた鯛は、特に調理される訳でなくそのまま父上の前に取り置かれている、これは藩主である父上への献上品という事と、釣りたてを食べるよりある程度熟成させたほうが美味い、という両方の意味で置かれているらしい。
「はい信三郎兄上の指導の元釣り上げることが出来ました」
「で、その信三郎は丸腰の幼児を連れて外海へと釣りへ行ったと……」
俺がそう答えると喜びの表情を一転、怒りの表情を見せ信三郎兄上へと視線を走らせる。
「むしろ、丸腰だからこそ連れて行けたでおじゃる。下手に武装して居れば自重する事も漁民に止められる事もなく、大魚に突っかかって行った事は容易に想像できたでおじゃ」
そんな反応は既に予想していたと言わんばかりに、さらりと切り返し味噌汁を啜る兄上の姿に父上だけでなく、他の兄弟達もがさも呆れたと言わんばかりに肩を竦めため息をつく。
「信三郎、お主は本に肝が太いのう……。それがしですら丸腰の童子を戦場に連れ出すのは自重したというのに」
父上ですら二の句を継げぬという表情を浮かべる中、次に口を開いたのは義二郎兄上だ。
「義二郎は自重したのではなく、わしに言われたからじゃろう……」
「うむ! それがしには自分で自重するなどという事を考える頭はござらんからな」
「……威張って言うべき事では無いわ、このうつけ者が」
……ああそうか、今のやり取りでわかった。
義二郎兄上は武芸だけの脳筋馬鹿なんかじゃない、自らそう演じてるんだ。
武芸の腕が立ち、他人に配慮も出来るとなれば、寡黙で何を考えているか今ひとつ解りづらい仁一郎兄上よりも、義二郎兄上の方が藩主にふさわしいという声が出てもおかしく無い。
おそらくはそれが解っているから、脳筋で武骨な愚か者を演じて仁一郎兄上を立てているのだろう。
その推測からすれば、武芸の腕は兎も角、術者であり知恵の回る信三郎兄上を推す声が聞こえても不思議ではないと思うのだが、そういう話を聞いたことはない。
世界によっては魔法使いの類が忌避されている、なんて事もあるが昼間の漁師達の反応を見る限りそういうこともなさそうだ。
まぁ、家督争いなんてのは正直ごめんだし、前世の世界ではお家騒動を理由にお取り潰しなんて話も聞いたことは有る。
この世界の幕府――将軍家がそれほどの力を持っているのかどうかは知らないが、少なくとも大名家としては最下級であるらしいうちの力をこれ以上擦り減らすのは得策ではあるまい。
たぶん、それを誰もが解っているからこそ、余計なことをいう輩を見かけることが無いのだろう。
……だとすれば、義二郎兄上の気遣いは全く徒労としか言えないのだが。
そんなことを考えている内に大半の者が夕食を食べ終え、食後の茶を片手にくつろぎ始める。
「義二郎兄上は一先ず置いておくとして、あとは睦姉上の仕事を知れば一通り見たことになりますね」
茶を啜りながら、誰に言うでもなくそう呟いた時だ。
「みゅ? ニャーは皆と違って外の仕事とかしてニャーから、つまらにゃいと思うニャ?」
噂をすれば陰、ではないが丁度お茶のおかわりを注いで回っていた睦姉上がそう返事をした。
「それでも良いニャら、明日はニャーと一緒にミケ達のお手伝いするニャ?」
ミケというのは、三人居るネコミミ女中の一人だったはずだが睦姉上はよくその手伝いをしているようだ。
ちなみに、こんなしゃべり方ではあるが彼女にはネコミミなど生えていない。
というか、お茶の配膳とか女中の仕事じゃないのだろうか、さすがに家臣達の所へは行っていない様だが、兄上達は当たり前の様に湯のみを差し出している。
「……女中の手伝いって、大名ご令嬢のやる事ではないような気がするのですが、明日はよろしくお願いします」
「ニャー! おねーちゃんにおまかせなのニャ!」
フンスッ! っと音が聞こえるように胸を張った姉上にネコミミとしっぽが見えた気がしたのは多分気のせいだろう。




