表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大江戸? 転生録 ~ファンタジー世界に生まれ変わったと思ったら、大名の子供!? え? 話が違わない? と思ったらやっぱりファンタジーだったで御座候~  作者: 鳳飛鳥
伊達と酔狂の町人達 の巻

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

216/1256

二百十四 志七郎、角力を知り翁を思う事

「連れが御迷惑をブッコキやがりましてほんに申し訳有りもうさん、あの方々も決して悪いお方達では無いのでごわすが……」


 男達が捨て台詞を残して逃げていくのを尻目に一人残った、悪五郎あくごろうと呼ばれていた力士は膝こそ屈しては居ないものの、深々と頭を下げながら酷く恐縮した様子で謝罪の言葉を口にした。


 その様子を見て、事が収まったと判断したのだろう御用聞きとその手下達は、野次馬を蹴散らす様にして辺りへと散って行った、あの男達から銭を貰ったので、必要以上に事の顛末が広まらない様にと言う意図も有るのだろう。


 とそんな周りの様子はさて置いて、目の前の力士はただ謝り倒すだけで無いようで更に言葉を続ける。


「こんな事言うても言い訳にもならんこたぁわかっちょりもうすが……オイが夏場所を勝ち越し大関昇進が本決まりに成った祝いに昨夜から通しで呑み続けておったけん、尋常な判断ば出来んようなっとったでごわす」


 ……今の時期は日が長くなっているので、まだ夕暮れと言うには大分早い時間では有るが、それでもそろそろ夕飯の支度を始める頃合いだ。


 昨夜から通して呑んで居たと言うのが本当ならば、その酒量は一体如何程の物か……。


「大関昇進って……そらまぁ、大騒ぎするにゃぁ十分な慶事やわなぁ……。仁様、そ~言う事らしいし、此方のお角力すもうさんに免じてホンマに何も無かったって事で良えんちゃう?」


 未だ怒りの炎が燻っているらしく、普段ですら表情に乏しい仁一郎兄上の表情はまさに能面の様なと言う形容がしっくりと来る物だった。


 だが、それも千代女義姉上がそう執り成しの言葉を掛けると、一つ深い溜息を付きながら、


「……慶事には恩赦を出すのが通例、其方が悪い訳では無いがあの慮外者共の振る舞いを忘れる事で、祝の代わりとさせて頂こう」


 と、そう口にし険の篭った瞳を和らげる。


「それにしても大関でござるか。なればあのまま争えば、それがし達も危なかったかもしれぬでござるな。両の腕が有れば兎も角、利き腕を失った今ではな……」


 大関と言えば、横綱に次ぐ番付で力士でもトップクラスの実力者だったはずだ、此の世界の力士がどれほどの強さを秘めているかは、実物を見るのが初めてなのではっきりとは解らないが、それでも体軸のブレの無さや着物の下の筋肉を見れば、弱いと言う事はあり得ないのが解る。


「……大関昇進って、お前さんもしかして西の毒島ぶすじま悪五郎かい? てこたぁ『看板』じゃなくて本物の大関じゃないか! そりゃぁ確かに相手が悪いやね、あの連中の気が大きく成るのもしょうが無いってもんさね」


 と、彼の素性を多少なりとも知っていたらしい瞳義姉上が驚きと呆れ、そして納得の入り混じった様な、それでいて興奮を隠せない……そんな複雑な表情でそう口にした。


 義姉上の言に拠れば『大関』は番付表の最高位であり、通常は体格が大きく見栄えのする『看板大関』と呼ばれる者が据えられ、必ずしも番付通りの実力とは限らないのだと言う。


 だが毒島悪五郎というこの力士、義二郎兄上にも引けを取らない体格の大男で『力強く逞しい』と言う意味での醜男(しこお)と呼ぶに相応しいが、その面構えは決して見栄えのする物とはいえず『容姿のみにくい男』と言う意味での醜男(ぶおとこ)と言う言葉もピッタリと来るそんな容貌である。


 敢えて形容するならば潰れたブルドックとでも言えば伝わるだろうか? そんなルックスの彼では『看板』を張るのは確かに難しいだろう。


 そんな彼が成る『本物の大関』と言うのはこの江戸……いや火元国全土でもトップクラスの実力者と言っても間違いは無いと言う事だそうだ。


 健康な男ならばその大半が鬼切りを経験するこの火元国で、武士とはまた違った方向では有るが力を誇示する事を生業とする力士も当然ながら強くなる為には実戦の場へと出る必要が有る。


 前世まえの世界でも妖怪と角力を取ったと言うような昔話は幾つも有った、代表的なのはやはり河童だ、河童といえば黄瓜と角力と言うのは切っても切れないキーワードだった。


 此方では河童だけで無く多くの鬼や妖怪が角力を好み、大鬼や大妖と命を賭けて角力で勝負を付けた……と言う逸話は枚挙に暇がないらしい。


 瞳義姉上が知るだけでも三体の大鬼討伐を成し遂げて居るこの毒島悪五郎ですら、当代随一の大力士……とまでは言い切れないというのだから、此の世界の土俵というのは正に超人達の頂上決戦の場と言えるだろう。


 ではなぜそんな場所に『看板大関』などと言う物が存在するのか。


 それは唯でさえ強靭な力士達が氣脈を交えてぶつかり合う『本当の角力』は、素人が見物するには余りにも危険過ぎて、興行として成立しないから……だそうだ。


 それ故に素人――この場合は氣も術も扱えない町人や女、子供――向けの興行と、玄人――武士や高位の鬼切り者――向けの興行とが分けられているのだと言う話である。


 それ故、前者は銭さえ出せば誰でも見られるが、後者はその場に立ち入る事の出来る力士の後援者(タニマチ)で無ければ見る事は出来ない為、角力ファンらしい瞳義姉上も今まで『本物』を目にした事は無いのだそうだ。


 居酒屋やかわら版等で見る事の出来る『番付表』はそれら二種類の力士が混在して表記されているのだと言う、それは銭を払って見に来る『ド素人』が本物を見せろとか無茶を言い出す事を避ける為……らしい。


「大関でそれほどならば、横綱ともなれば最早超人所の話じゃ無さそうですねぇ……」


 興奮冷めやらぬ様子で説明してくれた瞳義姉上の言葉を聞き、俺はそんな感想を漏らした。


「そらぁ、横綱を締める事が許されるのは神にも等しき者だけでごわすからな。オイではまだまだ届きはせんでごわす。というか、此処百年は横綱に手が届いた力士は居りもうさん。『あの一郎』様が力士に専従して居れば届いたやも知れぬが……」


 すると悪五郎がそう返答した。


 どうやらこの世界では横綱と言うのは力士でも、更に隔絶した存在らしい。


 彼の言葉に拠れば、武士階級出身者で無くとも力士として番付に乗った時点で準武士とでも言うべき立場となり、苗字帯刀と言った武士の特権の一部が認められる様に成る。


 そして番付上位へと入り『本物』となった時点で、世襲権こそ無いものの公的には武士と同等の立場として扱われ、横綱とも成ればそれは文字通り『神に等しい存在』として、人間の枠から外されるのだそうだ。


 ちなみにその横綱を選定するのは義二郎兄上に加護を与えている武神 誉田ほんだ様で、百年前に横綱を締める事を許された力士は彼の神に挑みそして散っていった……と伝えられているらしい。


 ……所で先ほど彼は聞き捨て成らない名を口にしていた。


「お師匠様で有れば、今からでも十分横綱を目指す事が出来ようが……その気は無いでござろうなぁ……」


 どうやら義二郎兄上も聞き逃しては居なかったらしく、つぶやく様にそう言った。


「ああ、貴殿らはあの一郎様縁の方々でごわしたか……。とは言え一郎様は彼の横綱とも勝負したことが有ると言う程のご高齢と聞く。幾ら氣脈奥伝に通ずれば不老長寿に至るとは言え流石にそれは年寄りの冷や水と言うものでごわすよ」


 先日初めて会った御祖父様は見た目だけならば父上より少し上程度に見えたが、それが氣脈の奥伝に通じているが故の不老長寿という奴らしい。


 対して一郎翁は長命種族である森人エルフの血を引居ている。


 その事を知ら無ければ、百歳を軽く超えて居る筈の老人が未だに二十~三十代程度の肉体年齢を保っている筈も無く、彼の様な感想を持つのが普通だろう。


 とは言え我が家には更にそれを軽く上回る六百歳を越えるおミヤも居るのだ、二十歳はたちにも届かぬ娘にしか見えないおタマですら還暦(六十歳)を軽く回っているのだから、年齢云々は家の者にとっては本当に今更の話である。


 そして我が家に親しい間柄の者達はそれをよく知っているので、見なくても彼らが俺と同じ様な苦笑を浮かべているのは解った。


 それを目にした悪五郎が怪訝そうに片眉を上げたその時、


「おやなんだいこんな所で……随分と長く立ち話をしてた見たいだねぇ、それなら役者に会いに来れば良かっただろうに……」


 と、母上達が声を掛けてきたのであった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ